2.シェキの洞窟①
大巫女に連れられ、シンは小型の潜水艇に乗ってゼフィロウの巨大ドームを離れ、シェキの洞窟に向かった。
潜水艇がゼフィロウに附属する大小様々なドームを通り過ぎる。
しばらく行くと、海底が落ち込んだところに小さなドームが見えた。
「あの中に我らの神殿がある」
大巫女は言った。
神殿のドームが暗黒の中に柔らかい光を放っている。
潜水艇がドームに近づくと、淡い光の中にごつごつとした岩山や、その間にある細い道といくつかの門、そして、森の間に白い神殿が垣間見えた。
(アイサのいた神殿だ)
シンはその神殿に目を凝らした。
潜水艇が海底に近づき、ライトが海底の岩地を照らすと、そこにぽっかりと口を開ける洞窟があった。
大巫女のシールドに守られて潜水艇から海の底に降り立つ。それから彼らは潜水艇のライトに照らされた岩場を歩いた。
洞窟の入り口で大巫女が祈りの言葉を唱え始める。間もなく、今まで何の変哲もなかった洞窟の入り口にレースのカーテンが下りたように細かな泡が現れた。
大巫女はシンを連れてその泡のカーテンを通り、シールドを消した。
「さあ、一つ目の門はくぐった。ここからは一人で行くがいい。だが、洞窟の中心部に入るためには、もう一つの門をくぐらなくてはならないぞ? それがこの洞窟の本当の門じゃ。その門は様々な形をとる。それは、お前にとっては別の世界への入り口といった方がいいのかもしれない。その向こうには、こちらのものではない風景が浮かぶからな。そういう場所が見えたら、迷わずそこへ飛び込め。お前が再びここへ戻ってきた時、迎えに来よう」
「ありがとうございます。それにしても……まるで雲をつかむような話ですが……」
(とにかく、二つ目の門の先へ行き、またここに戻って来なくてはならないんだな)
「ここへたどり着こうと考える必要はない。お前は自分の思うとおりの道を選択させられるのじゃ。それがお前をここへ導いてくれることを祈るよ」
大巫女はシンの心を読んだように言った。
「あの、どういうことでしょう?」
「今はここまでじゃ」
大巫女が答える気配はない。
「わかりました」
シンは頷き、大巫女ガルバヌムは泡の向こうに姿を消した。
一人になったシンは洞窟の中をあちこち見回した。
泡は光を放ち、おかげで入り口のあたりは明るい。奥に行くと、所々に苔のようなものが生えており、それもぼんやりと光を放っている。
目が慣れてくると少し先の様子がわかった。
シンはゆっくりと洞窟の奥へと歩いていった。しかし、大巫女の言うような別の世界はどこにも見つからない。
(もう少し注意して進んだ方がいいのか?)
改めて洞窟を見ると、シンはその壁にいくつもの割れ目があるのに気が付いた。中にはその先が道のようになっていて、ずっと奥まで続いているものもある。
(これを全て調べるとなると大変だ……何かヒントはないんだろうか?)
シンはそれを一つずつ注意深く覗き込みながら進んだ。
やがて、奥の方から地響きとともに生臭い匂いがしてきて、シンは咄嗟に岩の間に身を隠した。
(オオトカゲ……いや、竜なのか?)
シンの前に現れたのは古い城の紋章に見られるようなドラゴンだった。
(まさか、火は吹かないだろうな)
龍は何か獲物を探しているように、ゆっくりとやって来る。徐々に迫ってくるその体は洞窟を通るのがやっとなほど大きくて、蛇のような黄色い目が光っていた。時々開けるその口からはあの嫌な臭いがしてくる。
(戦うにしても、武器も何もない。あいつが行くのを待って、そっと奥へ進むしかないな)
シンは息を殺して岩陰から竜を見上げた。
(このまま行ってくれ)
目の前を竜が通り過ぎたと思ったときだった。
竜はシンに気づき、振り返った。
(仕方ない)
シンは岩陰から飛び出し、奥へと走り出した。すると、竜は思いがけない素早い動きで方向を変え、すぐにシンを追い始める。
シンが再び岩陰に身を隠し、竜をやり過ごそうとしたとき、今度は竜が大きく口を開いた。
シンは、そこにあるはずもない世界を見た。
広い草原に所々灌木が生えている。
遠くには山々が連なる。
そこには白い雲も見える。
(まさか……この竜の口が二つ目の門なのか?)
シンは自分の目と、自分の頭を疑った。
竜はあっけにとられているシンに向かってもう一度大きく口を開く。その先にはさっきと同じ景色が見えた。
(やっぱりそうだ。でも、絶対嘘であって欲しい。目前に迫る竜の口に飛び込む勇気はない)
そう思うと同時に『迷わず飛び込め』という大巫女の声が聞こえた気がした。
(どうにでもなれ)
シンは覚悟を決め、竜の前に立った。
竜が更に大きく口を開く。
シンはその先に見える景色の中に飛び込み、竜はシンを飲み込んだ。
生臭い。
そして体にはどろどろとする粘液がからみつく。
(本当にこれでよかったんだろうか?)
息が出来ず、シンは気が遠くなった。
気がつくとシンは見知らぬ土地に投げ出されていた。
息が出来る。
思い切り手足を伸ばし、息を吸い込むと草の香りがする。
体を転がして空を見上げた。
からりとした良い天気だ。
もう一度深呼吸をしようと大きく息を吸い込んだシンは、しかし、そこで愕然とした。
(ここはどこだ? 僕は、なぜここにいる? 僕は……誰だ?)
シンには一切の記憶がなくなっていた。




