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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
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1.ゼフィロウ城の緊急会議⑤

(シンは大丈夫だ。よかった……しかし、これからのことを考えると……ほっとしてもいられないか)

 アイサは懐かしいゼフィロウ城の自室の窓から人工の月を見上げた。

(なかなかよくできているわ)

 本物の月が持つ力はないが、ドームの中の夜を優しく照らしている。それがアイサに地上を思い起こさせた。

(短い間にいろいろなことがあった、そして多くの人に出会った。だけど、これで終わりじゃない。シンの道はこれから始まる)

 アイサは目を閉じた。


「アイサ様、よろしかったら、これを召し上がってください」

 お茶とお菓子が()った盆をグルナがそっと部屋のテーブルの上に置いた。金彩(きんさい)の皿の上に載っていたのは、こってりとしたクリームが添えられた、懐かしいグルナお得意のケーキだ。

 グルナの思いやりがアイサに染みた。

 アイサは窓から離れて、素直にテーブルに着いた。

「私は多くの人に支えられて……幸せだったのね。グルナ、ありがとう」

 グルナはアイサの思いもよらない言葉に面食らった。グルナの知るアイサは、ごく小さい時から人の心を鋭く見抜き、その心の憂いを払うことができたが、人一倍気ままで、人の思惑に捕らわれなかったはずだった。

 アイサはケーキを口に入れた。余分な香料は使わず、しっかりとした素材を几帳面に焼き上げてある。そんなところが、いかにもグルナらしい。

「どうかなさったのですか? アイサ様がそんなことおっしゃるなんて」

 グルナは恐る恐る聞いた。

「何でもないわ。ここのところの修行の成果かもしれない」

 アイサは小さく笑った。


 翌朝、アイサは久しぶりにゼフィロウで朝を迎えた。

 アイサの部屋の窓から見える景色は穏やかなものだ。ゼフィロウ城の庭は野趣に富んだ風情を好むエアの城らしく、大木が威厳ある姿を見せ、よく見るとその足元や窓近くには可憐な花が咲き競っていた。

 人工のものとはいえ、暖かい朝日がその花々を輝かせる。

 開け放たれた窓からは時折風が入った。

 人の気配に続いてノックの音がし、若い娘がきびきびとした態度で入ってきた。

「おはようございます、アイサ様。朝食のご用意が出来ております」

「父上はまだお帰りにならないの?」

「はい。ですが、既にレンを出られたという知らせが入っておりますので、間もなくお戻りになられるかと」

 軽い布地でできた動きやすいワンピースに同色のエプロン。優しい顔立ちをした娘の顔に笑みが(こぼ)れる。

「私が一人で帰って来たのだったら、こんな騒ぎにはならなかったろうに」

 アイサの口から漏れた言葉に彼女は怪訝な顔をした。

「騒ぎ……ですか?」

「あ、何でもない。姉様はいらっしゃる?」

「早朝からお出かけになりましたが、エア様のお帰りに合わせてヴァン様とご一緒にこちらにお戻りになるそうです。今日はご家族水入らずでございますね?」

 彼女は明るく言った。

(それだけだったら、ほんとうにいいのだけれどね)

 アイサは難しい顔で食堂に向かった。


 アイサが一人で席に着き、食事を始めると、すぐにラビスミーナとヴァンが入ってきた。

「ハビロ」

 ハビロはアイサを見て走り寄り、嬉しそうにその手をなめた。

「やあ、おはよう、アイサ。ハビロは最高だ。もう、すっかり私の友だ」

「その割には、あちこち傷があるようだが?」

 ヴァンは笑い、それからアイサを見た。

「アイサ、そろそろエア様がお着きになる。いよいよだな?」

「父上の他にあのばば様と、おまけにリョサル王まで来るそうだ」

 ラビスミーナはこう言いながら、食事のテーブルに着いた。

「リョサル王まで?」

「そういう話だ。正式なご訪問ではない。お立場を明かさず、こちらにいらっしゃる。警備の者も大変だな」

「姉様はそっちに行かなくていいの?」

 何しろ、ラビスミーナはゼフィロウの警備の要なのだ。アイサが不思議に思うのも無理はない。

「警備の方はグリンに任せてきた。私はそれどころではない」

 ラビスミーナは素っ気なく答え、お茶を飲み、食事を始めた。

「朝食はまだだったの?」

「そうなんだ。警備を任せるのに多少の打ち合わせが必要だった」

「お前がいれば問題ないのだろうが……」

 ラビスミーナの隣に座り、食事に手を付け始めたヴァンが笑った。

「馬鹿を言うな。私はそれどころではない。何しろあの三人がそろってお前に会うというのだ」

 ラビスミーナは何か言いたそうにアイサを見ると、その視線をそらせた。

「なかなか可愛らしい坊やだったが……さて、どんな運命が待っている事やら」

「ラビス、それは言い過ぎだ。アイサ、あいつの体調はもう十分回復している。そっちの心配はいらないよ」

 ヴァンが囁く。

 ラビスミーナはあきれ返ってヴァンを見た。

「ヴァン、おまえの言っていることと、私の言っていることは、そう違わないと思うのだがな? アイサ、私はお前の口から地上でのいきさつを聞きたい。そうしなければ、助けにもなれない」

「そう、ね」

 アイサがラビスミーナに頷いたときだった。

 エアの侍従がやって来た。

「エア様がお戻りになられました。只今、エア様のお部屋でお客様方とご一緒にアイサ様をお待ちでございます。ラビスミーナ様、ヴァン様も是非に、とのことでございます」

「よし、すぐ行く。良かった。どうやら一緒にお前の話を聞かせてもらえるらしい」

「ラビスを呼ばなかったら、あとが怖い。エア様もよくわかっていらしゃる」

 さらりと言ったヴァンを軽く睨んでラビスミーナは呟いた。

「父上が自室に客を通すとは珍しいな」

「あの部屋は客の安全と秘密を守るには申し分ない。どの部屋よりもエア様が工夫を凝らしている」

 ヴァンは保証した。


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