1.ゼフィロウ城の緊急会議⑥
アイサ、ラビスミーナ、そしてヴァンは、この城の主エアの自室の重厚な扉の前で立ち止まった。
(開け)
アイサの思念に応じて扉が開く。
一同が中に入ると、扉が閉じた。
「アイサ、よく戻った」
懐かしい父がいた。その父に並ぶ二人の客、セジュ王リョサルと大巫女ガルバヌムにアイサ、ラビスミーナ、ヴァンがそれぞれ礼をとる。
早速、大巫女ガルバヌムが言った。
「皆、顔を上げよ。王とて、ここへは私人として来ておる。気にすることはない」
大巫女の言葉に白髪の王が頷く。
穏健派で知られたセジュ王リョサルは穏やかな気性で、その背筋はピンと伸び、かくしゃくとしていた。
セジュの、九つある核の領主たちを束ねていくのは並大抵のことではあるまいに、うまくバランスをとっているその力量は誰もが認めている。
だが、それには背後にある大巫女ガルバヌムの力添えも大きいはずだ。
その王は好奇心を抑えられない様子でアイサを見た。
「このセジュと地上とを結ぶ娘アイサよ、ゲヘナの炎は封じたそうだな? よく成し遂げられた。そして無事にこの地に戻られたこと、まずは何よりだ」
「ありがとうございます。地上へ行くお力添えをいただけたこと、感謝いたします」
アイサは役目を終えた二つの指輪を王に差し出した。
「今日は地上でのアイサ殿の働きと……連れてきた者のことをお聞かせいただきたくてな」
セジュ王リョサルは指輪を受け取りながら、当惑と興味をない交ぜにした顔をした。
アイサは語り始めた。
シンとの出会い、世話になったファニの城での謀反と大国オスキュラの脅威、ウィウィップの里、クルドゥリの人たちとの旅、ゲヘナのある宗教都市パシパ、ゲヘナを封じたものの闇に捕らわれ、意識をなくしたアイサをパシパから逃す時にシンが敵の矢を受けたこと……
アイサの話が終っても、しばらく口をきく者はいなかった。
「ゲヘナを封じた直後にそのような形で呪縛が解けるとはな」
やっとガルバヌムが言った。
その目は緩く閉じられている。
「おばば様の手落ちだ」
ラビスミーナは腕を組み、厳しい口調で言った。
「だが、そのために身を守る銀の指輪がある」
ヴァンが言った。
「確かに……闇に捕らわれながらシールドを解くなど、お前の判断が甘かったということもあるな」
ラビスミーナはアイサを睨んだ。
「甘い、か……。とにかくじゃ、あの者がこの子にとっての恩人であるということはわかったわけじゃ」
ガルバヌムはゆっくりと目を開いた。
「そうなると、アエル殿のようにその地上人にもこの地にとどまる権利を与えるべきだろう。アエル殿の遺志とはいえ、我々の後押しがあって地上での大任を果たしたアイサ殿の恩人だ。皆も納得するだろう」
セジュ王リョサルは重々しく言った。
「ありがたいお言葉ですが、その必要はありません」
「アイサ殿?」
きっぱりと答えたアイサを見て、リョサルは不思議そうな顔をした。ラビスミーナ、そして父エアの視線が痛いようだ。だが、アイサは集まった視線に挑むように言った。
「なぜなら、シンはここで暮らすことを望んでいないからです。ファニ領主ラダティスの息子として、クイヴル王族の生き残りとして、シンは自分がクイヴルから逃げ出すことは出来ないことを承知しています。だから、どうかシンが回復したら、そのままシンを地上に返して下さい」
今やアイサの瞳は輝き、一歩も引かない構えだった。
「しかし……それは、更に前例のないことだ。どうしたものか……それに、アイサ殿、あの者の今後の道を思うと、地上に返しても不憫ではないか?」
リョサルは考え深げに聞いた。
「そうじゃな。人を殺し、殺される道じゃ。そうと知った上で、あの者は戻りたいと言うのだろうか?」
ガルバヌムがアイサを見つめる。
「それで……お前の言いたいことは、これで全てか?」
エアが口を開いた。
ガルバヌムは目を細め、リョサルは怪訝そうに美しいゼフィロウの父と娘を見た。
「いいえ、もう一つお願いがあります。私をもう一度、シンと一緒に地上にやって下さい」
「アイサ」
ラビスミーナは乱暴にアイサの肩をつかんだ。
「アイサ、お前はまだ地上でやり残したことがある、というのだな?」
ガルバヌムが聞いた。
「はい」
「何故またそんなことを? 確かにアイサ殿の話を聞けば、アイサ殿が如何にあの者に助けられたのかわかる。だが。今、あの者の命を救ったのもアイサ殿だ。これであいこだろう。あなたには何の負い目もないはずだ。何も好き好んでそんな危険な地へ戻ることなどないではないか?」
アエルの面影の残る娘にリョサルは諭すように言った。
「王よ、お忘れになるでない。この子はエアの子じゃ。そんな中途半端な常識が通用するわけがなかろう?」
「常識が通用しないとは、おばばの考え違いだ。だが、とにかく一つ聞いておく。お前はあの者をどう思っているのだ? 端的に言えば、お前にとってあの者は生死をともにしたい程の存在なのか?」
エアの言葉にラビスミーナの眉が跳ね上がる。
エアは続けた。
「アイサ、お前はあの者と一緒に地上に行って、何をしてやるつもりなのだ? あの者は、内からは仲間や部下の思惑に苦しめられ、外からは強敵に狙われることになるだろう。それは、お前があの者と一緒に地上に行ったところで、何ら変わらない。むしろ、お前はあの者の枷になるだけかもしれないぞ?」
リョサルはエアに深く頷いてアイサを見たが、アイサはまっすぐにエアを見返していた。
「特別なことができるとは思っていません。ですが、だからといって、シンを一人でそんな中に置き去りにすることはできません」
「馬鹿者」
ついにラビスミーナが叫んだ。
「お前には、残される者の気持ちがちっともわかっていない」
「ラビスミーナ殿」
王は今まで勇猛果敢で不敵な姿しか見たことのなかったラビスミーナが妹のために動揺するのを見て、胸が詰まる思いをしていた。その間もアイサを見つめていたエアは言った。
「アイサ、お前の話はわかった」
「父上、それでは、私たちを地上へやってくださるのですね?」
「それを決める前に、あの者の話を聞こうではないか? もう回復しているはずだ。ここへ」
「承知いたしました」
事の成り行きを固唾をのんで見守っていたエアの侍従が飛ぶように部屋を出て行った。




