1.ゼフィロウ城の緊急会議③
上司の無茶に慣れているグリンがアイサのみすぼらしい、風変わりな服をまじまじと見た。
「アイサ様、ご無事に戻られ何よりです。ですが、ラビスミーナ様のおっしゃる通り、大変お疲れのご様子です。皆様にお会いになる前に少しお休み下さい」
「大丈夫かしら?」
アイサはドアの向こうに消えて行くラビスミーナとハビロの気配を追いながら言った。
「ラビスミーナ様にかなう者など、おりませんよ」
「私が心配しているのはハビロの方よ。ハビロはオルクみたいにスピードの出るものに乗ったことなどないのだから」
「それにしてはシールドの中でも、あの獣は平気そうにしていたじゃありませんか?」
グリンは微笑んだ。
「あの時、あなたも姉様と一緒だったのね?」
アイサはグリンのグレーの瞳を見つめた。
「はい。こちらに向かうシールドを探知し、大急ぎで駆けつけると、予定外の方までご一緒ではありませんか? ラビスミーナ様はお戻りになられたのがアイサ様おひとりでないと知ると、迎えに出た我々全員に固く口止めし、緊急用のゲートの周りから人払いをしました。ヴァン様と一緒に呼ばれた医師も、ヴァン様のご友人です。あの時のラビスミーナ様のご判断は適切でした」
ラビスミーナの副官であるグリンは、アイサの事情を知っている数少ない人間のひとりのようだった。
「それでも……ハビロを連れ回したら、人目を引くわ」
心配するアイサにグリンはきっぱりと答えた。
「ラビスミーナ様が今更何をなさっても誰も驚きません。あの方の奇行には皆、慣れておりますから。それに、ああしてラビスミーナ様が連れて歩いても、あの獣がまさか地上から来たものとは誰も思いますまい」
「ご迷惑をおかけして」
アイサは姉の日々の所業と今回自分のしたことを思い、思わず小さくなった。
「いいえ、我々もゼフィロウの者です。それを誇りに思っているのです。それにファマシュ家の奇行にはそれなりの訳があることは承知しておりますので」
グリンはまた大らかに微笑んだ。さすがにラビスミーナの副官ともなると度量が大きいとアイサは密かに感心した。
グリンはアイサを部屋まで送った。
「わざわざ送ってくれなくても」
「いいえ、最後まで見届けないとラビスミーナ様とのお約束を守ったことになりません」
「はい」
こんなところは姉は厳しかったのだと懐かしく思い出す。
「失礼します。グルナ、アイサ様だ」
グリンはアイサの部屋のドアを開けた。そこは、アイサがここを出た時とまったく変わらずに整えられている。
「お帰りなさいませ、アイサ様。それにしても……まあ、まあ……ひどい格好ですこと」
遠慮のない、懐かしい声。
「グルナ」
アイサは物心がつく頃から自分の世話をしてくれていた女性に微笑んだ。
初老のはずだが若々しい、黒い髪をきちんと結い上げた、恰幅のいい女性だ。
「では、後はよろしくお願いします」
「はい」
グルナが頷くと、グリンはアイサに一礼して帰っていった。
「アイサ様、随分と急なお帰りで……大巫女様のもとで、その……お手伝いをなさっていらしゃった……のですよねえ?」
久しぶりにアイサを見るグルナの顔が喜びから当惑に変わる。グルナは呆れたように汚れたアイサを上から下までまじまじと眺めた。
(そういうことになっていたのだった……)
アイサは戸惑いを隠して頷いた。
「入浴の準備はできています。とにかくその格好で城をふらふらされたのでは、何と言われるかわかったものではありません」
神殿でのことをあまり話したがらないアイサに慣れているグルナは、気を取り直してきびきびと言った。
「入浴の後はカプセルにお入り下さい。お肌もいたんでおりますよ?」
グルナはアイサの服を脱がせ、部屋の浴室に放り込みながら言った。
「それにしても……さっきの格好はいったい何のおつもりだったんです? あれは、今までで一番ひどいものですわよ?」
グルナの声が聞こえる。
アイサは久しぶりにたっぷり湯を使い、湯船でくつろいだ。汗や埃とともに、動揺する気持ちが洗い流されるような気がする。
(とにかく、やれることはやった)
身体は疲れていたが、気力はあった。
だが……
「この服……ずいぶんとおかしなものですこと」
アイサが湯につかっている間に、グルナはアイサの服を調べ始めたようだ。
(グルナは鋭いところがあるから、ぼろが出る前に出かけよう)
浴室から出て無造作に髪を拭くと、アイサは手っ取り早く着替えをすませた。
「病人は医療棟へ移されたかしら? ちょっと行ってくるわ」
「その方が医療棟に入ったのであれば、アイサ様のできることはありますまい。先ほど申し上げました通り、アイサ様はまずはカプセルにお入りください」
グルナは頑固に浴室の隣に備え付けられたベッドを示した。
そのベッドは透明なカプセルで覆われている。そのカプセルの中には、様々な薬が霧状になって噴出され、皮膚を修復し、傷や傷跡を治す。
もちろん肌を活性化させ、美しさを保つという効果もある。
「確かにアイサ様の髪やお肌は美しくていらっしゃいますが、油断は大敵です。細かい傷跡もあるようですし」
「グルナ、また後にするわ。ちょっと様子を見てくるだけだから」
アイサはさりげなく部屋を出ようとした。
「こちらでお休みになるのでは?」
グルナがドアを背に立ちはだかる。
「休んでいられるわけないでしょ? 自分の連れてきた病人なのよ? 様子を確かめなくては」
とうとう、アイサはしびれを切らした。
「どうしてそんなに……?」
アイサがどこの誰とも知れない急病人を連れて緊急に戻ったと聞いていたグルナはアイサを見つめた。
「止めても無駄よ?」
アイサはきっぱりと言った。
「わかりました。でも、その髪は……せめて髪を梳かすぐらいのことはして下さい。まったく情けない」
アイサが言い出したら聞かないことを承知していたグルナは溜息をついた。アイサの方も、強引に言ったものの、口うるさいグルナにはこれ以上の口答えをしない方が得策であると骨身にしみている。
アイサはグルナの前に黙って座った。
グルナは慣れた手つきでアイサの髪を乾かし、それをきれいに梳かした。
「事情はわかりませんが、私も一緒に参りましょう。なるべく人目につかないように病人の容態を確認したら、ちゃんとお休みになるのですよ?」
「じゃ、急いで」
「あ、お待ちください」
すぐに立ち上がり部屋を出て行くアイサを、グルナは小走りに追いかけた。




