1.ゼフィロウ城の緊急会議①
指輪の力で瞬時に張られたシールドの中で、アイサはシンをかかえて座った。ハビロが落ち着かない様子でアイサに寄り添う。
ポン川は大河だ。
その流れは緩やかだが、指輪の生み出すシールドはアイサの思念に応えて、どんどん速度を上げていく。オスキュラを通り、ススルニュアに入って海に出、そこから沖へと進むと、二人と一匹を包み込んだシールドは一気に下降し始めた。
シンは熱のために朦朧としていたが、それでも懸命に目を開き、シールドの行く先を見つめている。
「何も見えないでしょ、真っ暗で。たとえ昼間でも、深く潜れば光が届かなくなるわ」
アイサは言った。
それに応えるように、シンは熱のある手でアイサの手を握った。
海の国セジュは九つの核からできており、互いの核がそれぞれ独立している。
指輪の作りだしたシールドはアイサの思念の向かう先、セジュの九つ目の核、ゼフィロウへ向かった。
(太陽も月もない。肌に触れる風もない。時間が止まったような海底。それでも私の世界はそこにある)
アイサはシールドが潜り続ける先を見つめた。
深い藍色が重なる、その先は暗黒……だが、そこに幾つもの光の点が見え始めた。それが光を増しながらアイサ達を運ぶシールドに向かって来る。
その中の一つが急速にスピードを上げた。
「あ……」
シンがかすかに声を出した。
セジュ最速の乗り物、シャチに似た形のオルクがシールドに寄る。
「ラビス姉様!」
アイサは声を上げたが、シールドに近づいたラビスミーナはその中を覗き込み、シンに気づくと、たちまち近づいてきた以上のスピードで引き返していった。幾つもの光が急旋回してその後を追う。
その光に導かれるように、アイサのシールドが進んだ。
光の点が導く先がぼんやりと明るくなる。
近づくにつれてそれは光を増し、やがて闇に慣れた目には宝石箱をひっくり返したように見えるまでになった。
暗黒の中に奇跡のように存在するもう一つの世界、美しいドーム都市ゼフィロウだ。
ウミヘビのような列車が優雅にドームを出入りしている。さらに下降すると、ゼフィロウの立派な潜水艇用ゲートが見えてきた。大小さまざまな潜水艇が、そこに吸い込まれ、また飛び出している。
ラビスミーナは、しかし、そこを素通りして、アイサを別のゲート、ゼフィロウ城の緊急用ゲートへと導いた。
城のゲートに入ると、アイサのシールドが消えた。
無機質の金属で覆われたゲートの床が動き出し、アイサたちは更に厳重な区画へ送り込まれる。
「到着したけど……とても和やかな雰囲気とは言えないわね」
アイサは意識の遠のいたシンに囁いた。
すぐに、スクリーンにラビスミーナの姿が映った。
その横にはヴァンがいる。
「姉様、ヴァン、ただいま」
「ただいま、じゃない。お前一人じゃないのか? 何だ、そのおまけは? ゲヘナは封じたのか?」
久しぶりの再会が台無しだった。だが、アイサも引くわけにはいかなかった。
「ゲヘナの炎は封じたわ。でも、のんびりしている暇はないのよ。シンを助けて。毒がまわっていて、時間がないの」
「なるほど。それで、その目つきの悪い犬は何だ?」
「これは狼よ。ハビロっていうの」
狼と聞いて、ラビスミーナの目が輝いた。
「それはすてきだ」
「というより、今はそいつが先だろう、ラビス? 毒の特定を急がなくては。すぐ用意しよう。だが、もうしばらくそこにいてもらう。地上の厄介なウイルスや菌を持ち込まれると、それこそ、この国にとって命取りになるからな。調べさせてもらうよ」
「ありがとう、ヴァン」
「ああ」
ヴァンが頷く。
「アイサ、よく帰ってきたな」
ラビスミーナは朗らかに笑った。
アイサも嬉しかったが、問題はこれからだ。
アイサは意識を失ったシンを見た。
(ハビロは、すんなりと受け入れられた。だけど、シンはどうなるのだろう? セジュから返したくない。たとえ、ここで命をとりとめても、地上に戻ればシンは……)
アイサは、自分を見るハビロに気がついた。
「わかってる。私だって自分のしたいことと、しなくてはならないことの区別はつく」
(問題は、それが許されるかどうかだ……)




