13.パシパ脱出⑦
夏の日はすっかり暮れていた。
じっとりと汗をかいた顔や首や腕に乾いた砂が張り付き、風がそれをなでていく。
ポン川に沿って続く林に差し掛かかった頃、星々の姿が見え始めた。
ビャクグン、ルリ、アイサ、シャギル、そしてシンを抱えたスオウが馬を下り、木々の間に身を隠す。
追いかけてきた兵たちが馬を下り、見失った一行を探して林のあたりを行き来し始めた。しかし、彼らは松明を持っているのでその居場所を教えているようなものだ。
林に潜んだタルーたちが一行に合流する。そこへ一人の男がやって来てビャクグンに言った。
「ルクルは無事クルドゥリに向かいました。この先でザキが待っています」
ビャクグンは無表情で頷いた。
「俺たちを追ってうろうろしているのはオスキュラとパシパの兵だ。さっきの奴らじゃないな」
シャギルがビャクグンをちらっと見た。
「そうね」
「行くぞ」
スオウが林を歩き出した。
林を横切り、川が近くなると今度は川辺にアシが生い茂る。
(こんなところで待つ小舟を見つけるのは困難だ)
そう思ったアイサが気配を探ろうとした時、風変わりな鳥の鳴き声が聞こえた。
「こっちよ」
ルリが鳴き声の方に手招きする。少し行くと、アシの間からザキが姿を現した。
ハビロも一緒だ。
ハビロが嬉しそうに尻尾を振ってアイサに飛びつき、アイサはしっかりとハビロの首を抱きしめた。
「アイサ様ですね? 利口なオオカミです。半日ここにいても、鳴き声一つたてない」
温かい笑みを浮かべてザキが声をかけた。
「シンが」
アイサはそれだけ言った。
「えっ?」
後からスオウに抱えられて来たシンを見てザキは顔色を変えた。
「シンはどうしたんだ?」
「毒だ」
スオウは短く答えた。
「船着き場にグランへ向かう商船が待っています。急ぎましょう」
ザキは物音ひとつ立てず、生い茂るアシの陰に隠しておいた小舟に急いだ。川辺には点々と追っ手の灯りが見える。
「じきに奴らも小舟を出してポン川の警戒に当たるだろう」
シャギルが言った。
「今のうちならまだ彼らの灯りは届かない」
ザキが慣れた手つきで櫂を握る。
「俺たちはもうしばらく彼らを引き付けておこう」
タルーがちらつく追っ手の明かりを振り返って言った。タルーの周りにはクルドゥリの男たちがいる。
「ありがとう、助かったわ」
「タルー、油断するなよ」
ビャクグンとスオウが言った。二人に頷くと、タル―は小舟に乗せられたシンを気がかりそうに見、それからアイサに向かって深くお辞儀をして仲間とともに闇に姿を消した。
ザキが静かに舟を操る。
アイサに抱えられたシンは苦しそうだった。
意識はとぎれとぎれで、夢を見ているようだ。
(シンは、助かるだろうか?)
スオウは今まで人が命を落とすところを数え切れないほど見てきた。人の命を奪うこともしてきたスオウだが、守りたい命を奪われたこともある。
命は、時にあっけないほど簡単にスオウの手から滑り落ちていく。どんなに未練を感じようと、どうすることもできない時がある。
その感覚は、既にスオウにとって自分の一部になっている。
(だが……この痛みには慣れることができない)
スオウはウィウィップの森からここまで共に旅をしてきたシンを見つめた。




