13.パシパ脱出⑥
気を失ったアイサは暗闇の中にいた。足下には何もないが、落ちていくわけでもない。時の流れもないこの場所は、ただ静かで、アイサの心は穏やかだった。
闇の中を漂い、闇に身をゆだねる。
この闇に同調すると、アイサは自分自身が膨張して薄く拡散し、闇に溶けていくような気がした。永遠に続く幸せな時間。だが、静かだった闇がざわめき始めた。まどろみの名残惜しさで闇にすがろうとするが、静かな水面に投げ込まれた小石が水文を作るように、アイサの心にさざ波が立つ。やがてその小さなさざ波が、今度は大きな胸騒ぎとなってアイサの心に広がった。
(何が起こっているの?)
深い闇の淵から、アイサはぼんやりとした光の方向を目指した。
目を開いたアイサの周りは薄暗く、その上ひどく揺れていた。
「アイサ、気がついたの?」
アイサを支え、馬をとばしていたルリが喜びの声を上げた。
「やれやれ、助かったぞ」
シャギルの声も明るさを取り戻した。
追いついてきたビャクグンが馬を寄せる。
「気分はどう?」
アイサはゲヘナを封じ、地下の階段を駆け上がり、北門に向かって走ったことを遙か昔のことのように思い出した。
「気を失ったのね」
ルリの操る馬に揺られながら、アイサはゆっくりと言った。
「そうよ。私たちは街を抜けて、今ポン川に向かっているところよ。追われている最中なの。しっかりつかまっていてちょうだい」
ルリが答えた。
アイサを支えていたルリの手から重さが消える。
(さっきの……あの胸騒ぎは何だったんだろう)
荒れ地に暗い太陽が沈んでいく。アイサははっとしてシンの姿を探した。その目にスオウに抱えられ、ぐったりとしているシンが映る。アイサの胸が急に早鐘のように打ち出した。
「ルリ、シンはどうしたの?」
「毒の塗ってあった矢が肩をかすめたの。解毒剤が効いていないわ。一刻も早く、クルドゥリに連れて行かなくては」
「アイサ」
ルリは身を乗り出すアイサを押さえた。
「アイサ、しっかりしなさい。今は逃げ切る事だけを考えて」
ビャクグンの声がどこか遠い。




