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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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12.偽りの信徒⑨

 ストーと再会した翌朝、シンは宿の窓を大きく開いた。太陽は惜しげもなくその光をルーフスに注ぎ、夜の間に冷えた空気を暖めている。暑い一日になりそうだった。

(結局、ルリも、シャギルも、スオウも戻らなかった。兵が騒いでるってことは大丈夫だってことだと思うけど)

 シンが食堂に下りるとビャクグンがいた。宿の少年がシンの姿を見て食事を運び始める。ザキが奥から出てきた。

「シン、この騒ぎじゃ、眠れなかっただろう? だが、今日は僧院へお出かけだ。気を引き締めろよ。そうだ、昨日渡したお茶は忘れずに持って……」

 ザキがシンに声をかけ、それから急にその表情が変わった。苦しそうに何かを吐き出そうとしている。

「ザキ、どうしたんだ?」

 シンはザキに駆け寄った。

「無駄よ、シン。ザキが余計なおしゃべりをして人の楽しみを奪うから悪いのよ」

 ザキはシンに心配しないように手で合図して、口を(すす)ぎに奥へ走って行った。

「ビャク、いったい何をしたんだ?」

 シンはビャクグンを振り返った。

「クルドゥリのしびれ薬よ。今朝は何を食べてもろくな味がしないわ」

 ビャクグンは澄ましてシンに小さな丸薬を見せた。

「楽しみを奪うって……昨日の夜のことを言ってるの?」

「当然よ」

「ビャクを怒らせないようにするよ」

 シンは気の毒そうにザキの走って行った方を見た。

「是非そうしてちょうだい。それから、シン、食事がすんだら早速出かけるわよ。今日はアイサの部屋の用意を手伝うことになっているんだから……アイサの好きなものをたくさん持っていきましょう。ただ、長居はできないと思うわ。昨晩、あそこでちょっとした盗難騒ぎがあったから」

「今朝まで通りで人声がしていたけど……みんな無事かなあ?」

 心配するシンにビャクグンは頷いた。

「もちろんよ。そしてね、昨晩はあの本を奪いに来たストー殿たちと鉢合わせしたそうよ」

 ビャクグンは微笑んだ。

「利用したな?」

 シンはビャクグンを見た。

「ふふ、少しね。ストー殿には気の毒だけど、あの本は今クルドゥリに向かっているわ。ああ、スオウもストー殿に挨拶したそうよ」

「クルドゥリって大したもんだな」

「感心してくれるのは有り難いけれど、肝心なのはこれからよ。あの火については私たちにも何が起こるかわからないんだから」

「わかってる。でも、アイサはどうしても助けなくては」

 シンの声に力がこもった。


 宿を出るとルーフスは物々しかった。一つ目の壁にある門の前にはいつもの倍以上の兵がおり、巡礼の立ち入りは禁止となっている。

 ビャクグンは警備の兵に事情を話し、花や香料やお茶やお菓子を渡してアイサの部屋に届けてもらうことにした。

「じゃあね」

 門を離れるとビャクグンは人ごみに消えた。取り残されたシンは急いで宿に戻ってみたが、スオウも、シャギルも、ルリもまだ帰っていなかった。

 ザキも姿が見えない。宿の少年も忙しそうだ。ハビロだけが所在なさそうに庭の隅につながれている。

 シンはハビロの頭をなでた。

「ハビロ、明日にはアイサに会えるよ。この先どうなるのか僕にはわからないけど、先のことは今は考えないことにするよ。多分、誰にもわからないんだから」

 オスキュラの厳しい夏にうんざりしていたハビロは、シンを見上げると嬉しそうにシンの顔をなめた。

「来い、ハビロ」

 シンはハビロを放し、じゃれかかるハビロの相手をした。

 アイサと同様、シンも動物好きなのだ。

 ハビロの前足をかわし、牙を避け、押さえ込む。

 ハビロも俊敏な動きを見せた。シンの手から逃れると、距離を置いてシンの隙を見て飛びかかる。

 しばらくするとシンは汗びっしょりになった。

「水を浴びよう」

 シンは中庭の井戸で汗を流し、ハビロにもたっぷり水をやった。


「シン」

 スオウが姿を見せた。

「ああ、スオウ、よかった、無事だったんだね。ルリとシャギルは?」

「そろそろ戻るだろう」

「本を手に入れたんだって?」

 ほっとしたシンの声が弾む。

「まあな。一つ仕事が片づいた。後はゲヘナを封じた後のお前たちのことだ」

「僕は何をすればいい?」

「お前が焦る気持ちはわかる。だが、まず落ち着け。俺たちを信じろ」

「信じている。だけど……」

「シン」

 スオウは宿の庭にあるベンチに腰かけ、シンを誘った。シンが黙って隣に座る。

「ストー殿から自分の素性を聞かされたそうだな?」

 スオウは言った。

「ああ……スオウもストー先生に会ったんだってね」

 シンは青い空を見上げた。

「兄上も……僕がこんなところにいると知ったら、さぞ驚くだろうな。ゲヘナが封じられたら、オスキュラの脅威が減る。王統派が息を吹き返してクイヴルは内戦状態になるとストー先生は言った。そのクイヴルで王家の生き残りとして、僕は兄上と戦わなくてはならないと……」

「確かに、ゲヘナがなくなれば、今までエモンに押さえられていた勢力が勢いづく。エモンは反対派を押さえるために、これまで以上に武力を使わなくてはならなくなるだろう。だが、それはアイサが無事にゲヘナを封じてからのことだろう?」

「そうだね」

 ゲヘナを封じて神の雷の脅威が取り除かれても、クイヴルがもとに戻るわけではないとシンにもはっきりとわかった。

 スオウもゆっくりと空を見上げた。

「人の力ではどうにもできないことがある。動き始めてしまったうねりは、決着がつくまで収らないものだ」

 ハビロがシンの側に寄った。

「僕は、やはり……クイヴルから離れられないのかなあ」

 この時の、暗く沈んだシンの声は、いつまでもスオウの耳から離れなかった。


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