12.偽りの信徒③(挿絵あり)
クイヴルを出てはいたが、ビャクグンは用心のため、シンにオスキュラの宮廷で流行っているベルベットとレースを使った服を着せた。
肌の色も少し黒っぽくして、さらにオスキュラ風の縁の広い帽子を被せる。
「どこから見ても巡礼のためにパシパを訪れたご婦人の従者ですね」
宿の少年がまじまじとシンを見て言った。
「そうだろう? ビャクグン様の手にかかればこんなものさ」
ザキが笑う。
「立派なご婦人のお供が僕一人でいいのかい?」
ちらりと食堂の鏡を覗いたシンが疑わしそうに聞いた。
「心配いらないさ。たとえルーフスの雑踏でも、パシパのおひざ元だ。治安に問題はない。表向きは、な」
ザキが答える。
「じゃ、ね。さあ、シン、行くわよ」
「行ってらっしゃいませ」
慎ましやかに通りに出たビャクグンとその後に続くシンを、戸口に立ったザキと店の少年が見送った。
パシパの門前町ルーフス。所狭しと店が並び、その屋根がひしめき合って、青い空が断片的に切り取られている。
ここまでいろいろな町を目にしてきたシンも、ルーフスほど雑多な店が並ぶ界隈は初めてだ。
初めは従者然として歩いていたシンも、やがて通りに立ち並ぶ店に目を奪われ、人混みの中で響く露天商の呼び声にいちいち振り返っているうちに、いつの間にかビャクグンの姿を見失っていた。
(しまった)
ルーフスの雑踏には出身地はもちろん、様々な人間がいる。ザキからは治安はいいと聞いたばかりだが、こっそり人の様子を窺っているような者も見える。異国の言葉も聞こえる。
(そう言えば、ザキは治安がいいのは表向きだと言っていた。パシパは、つまりそれだけじゃないんだな。だけど……もしアイサがここにいたら、そんなことにはお構いなく、珍しいものに目を輝かせるだろうな。アイサはどうしているだろう……おっと、こんなところでアイサのことが懐かしくなるなんて情けないぞ。アイサはもっと大変な思いをしているだろうに)
シンは気を引き締め、辺りを見回した。
「おや?」
シンは旅の一座に気が付いた。演奏が終わったところらしく、取り巻いていた客たちがぞろぞろと帰っていく。
その楽器を片づけている男のそばにビャクグンはいた。
ビャクグンが手招きする。
(見失っていたのは、僕だけだったか)
シンはビャクグンのもとへ急いだ。
「この子がシンよ」
案の定ビャクグンは心配した様子もなく、一緒に話をしていた男に言った。
「なるほど。ようやく世の中を覗いた、といったところかな」
男が笑みを浮かべた。男の黒髪には白髪が交じっている。その顔は彫りが深く、精悍だった。
「と言うか、いきなり渦中に放り込まれた、と言った方がいいかもしれない」
ビャクグンは答え、シンはきょとんとした。
「彼は私の仲間なの」
「じゃあ、やはりクルドゥリの人?」
シンは声を潜めた。
「そうよ、でも、彼のお母様はススルニュアの人だけれどね」
(母親がススルニュア人? いくら気をつけいても、これだけ世界を飛び回っているんだ。クルドゥリの存在が知られるのも時間の問題だな)
おのずと難しい顔になったシンに男はニヤッと笑った。
「よろしくな、シン。俺はタルーだ。ところで、剣は使えるのか?」
「ええと、使えると思いますが……」
いきなり聞かれてシンは曖昧に答えた。
「いい線いってるんじゃないかしら? スオウが面倒を見ているわ」
ビャクグンが微笑む。
「スオウが? そりゃあ、羨ましい限りだ」
タルーは驚いた顔をした。
「なかなかのがんばり屋さんよ」
「楽しみだな」
いつの間にか、タルーの後ろには一座の仲間が集まっている。皆、シンのことを興味深そうに見ていた。
「タルー、面倒をかけるけど、よろしくね」
「面倒なものか。任せてくれ」
タルーは頷いた。
タルーと別れると、ビャクグンはシンを連れて一つ目の壁へ向かった。
「教団の施設を取り囲む壁には東西南北に門があるんだけど、一般の巡礼者が通るのは南門なのよ」
「こっちだ。巡礼の人たちが行く」
シンの声が弾んだ。
壁が近くなるにつれてルーフスの雑踏は広く立派な道になり、巡礼者の姿が目立ってきた。彼らの後について行くと、目の前に大きなブロンズ製の門が現れた。開かれた大きな門を巡礼にやって来た人々が立ち止まり見上げる。絡み合う花や樹木の間には僧や王族や商人や農夫の姿が見える。中央にはパシパの紋章である揚羽蝶があった。その前で門番が巡礼者の手形を確認している。
「行きましょう」
ビャクグンは門番に近づき、二言三言、言葉を交わして手形を見せた。すると門番は急に丁寧になり、二人はすぐに通された。
「ほんとにあなたって人は……」
感心しながら門をくぐったシンは、ここでまたびっくりした。
広々と整えられた緑。その中に教団の施設が点在しているのだが……静かなのだ。
「壁一つ隔てているだけで、これほど雰囲気が変わるなんて」
驚くシンにビャクグンは指差した。
「それに、ほら、ここからなら見える」
その指差す方向、第二の壁の向こうに大僧院の塔の一部が見える。
「あれがティノスの城」
全体の姿は見えなくても、その大きさだけは見当がつく。
「ティノスはパシの僧といっても別格なんだな」
シンは呟いた。
「シン、こっちよ」
ビャクグンはシンを呼び、木立の中へ入って行った。
「この手前の建物が一般信者用の宿泊棟。そして、この棟の奥に二つの大きな建物があるの。一つがここの僧たちの住まい、そして、もう一つが各国からやって来る賓客用の住まいになっているのよ。アイサはそこを使う事になっているわ」
「リョユウや他のクイヴル従者は?」
「賓客用の住まいに入る客は侍女を二人まで入れることを許されているけれど、アイサはクイヴルから同行した全員を返したそうよ。だから、アイサは一人でやってくるわ。アイサには好都合よ。私たちにもね」
ビャクグンがほんのりと笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「当面こちらでお世話する者が必要になるわ。アイサはここの僧が用向きを受けることになっているけれど、熱心な信徒がお手伝いすることもできるの。身の回りのお世話ですもの、私たちが向いているわ」
「ほんとに手回しがいいんだなあ」
シンはまた感心した。
sanpo様より頂きました、(変装した)シンとハビロです!
タロットカードをイメージして描いてくださったそうです。
こちらはsanpo様のイラストを結城様に加工していただいたものです。
クリックするとシンとハビロが瞬きます!
ちょっと違った表情の二枚です。
sanpo様、結城様、ありがとうございました!!




