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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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12.偽りの信徒②(挿絵あり)

 すぐに宿の主らしい男が扉を開いた。

「仲間から連絡が入っていた。そろそろ来る頃だろうと思っていたよ。荷物は部屋に運んでおくから楽にして。食堂のテーブルへどうぞ。何かご用意しますよ」

「ビャク」

「ビャクグン様」

「スオウ、久しぶりだな」

「ルリ、シャギルもいるのか」

 宿の主が一行を迎えているところへ、次々と客たちが集まって来た。訳知り顔でクルドゥリの四人を取り巻く客たちは男も女もいて、その年も容貌も様々だ。

 旅芸人風の者もいれば、商人のような者も、パシの僧らしい者までいる。

「この人たちは?」

 シンはスオウに聞いた。

「クルドゥリの仲間だ」

 スオウは笑みを浮かべた。

「ここはクルドゥリの宿。パシパが勢力を持ちだした頃から営業を始めているの。この宿はクルドゥリの情報収集のための一つの拠点で、宿の主は国から指示を受け、仲間の便宜を図ってくれるのよ」

 ルリが答えた。

「パシパにはそういった場所が他にもいくつかある」

 シャギルが笑みを浮かべる。

 一行を食堂に招いた主が奥から酒と料理を運んで来た。

「私はこの宿の主でザキと言います。あなたがクイヴルのシン様ですね?」

 ザキはテーブルに皿を置きながら興味深そうにシンを見た。

「シンでいいです、ザキさん」

「では、私のこともザキと呼んでください」

「ザキ……よろしく」

「シン、飲み物はいかがです?」

 ザキは人懐(ひとなつ)っこい笑みを浮かべた。

「はい、いただきます」

 シンはのどが渇いていたので炭酸水をもらって飲んだ。

 この地方で採れるものだそうだ。

 ハビロもさっきの少年からたっぷりと水と骨付き肉を分けてもらっている。シンは黙ってクルドゥリの人たちのやりとりを聞き、話をするザキを眺めた。

 この主は小柄で柔和な顔立ちをしていた。丸い鼻と下がり気味の目尻が、人の良さそうな印象を与える。

 一通り仲間との挨拶が終わったらしいビャクグン、スオウ、シャギル、ルリを見て、ザキはそこにいたクルドゥリの仲間の思いを代表するように聞いた。

「それで、ゲヘナを封じるという例の方は?」

「アイサは今パシパに向かう行列の中にいるわ。クイヴルのセレン殿の身代わりとしてね」

 ビャクグンが答えた。

「それは好都合だ。あなたの考えですか?」

 ザキはビャクグンを見た。

「いいえ、彼女が言いだしたことよ」

「しかし、まだ若い娘だと……本当にゲヘナを封じることができるのだろうか? それにその方の身が危ないのでは? その方はそれを承知で受けたのか?」

 ザキは厳しい顔で聞いた。

「彼女にはゲヘナの炎に近づいてもその影響を受けずに済む方法があるそうだ」

 シャギルが答えた。

 宿の客たちがどよめく。

「それでは、やはり……」

「まさか……」

「信じられないわ」

「だが、ビャクが連れてきたんだぞ?」

「その方は……海の国の人だと聞いたのだが……本当なのか?」

「俺も話を聞いた時は耳を疑った……海の国とは……よくもまあ、そんな方を見つけ出したものだ」

 宿の主ザキも、客たちも、口々に言った。

「希望の芽はアエル殿によってそっと育てられていたのだけれど……巡り会えたのは、幸運というべきでしょうね」

 ビャクグンが微笑む。

「幸運……? ビャク、俺は到底その一言で片づける気にはなれない……ゲヘナは滅ぼさなくてはならない。それは誰もがわかっていた。だが、実際にはゲヘナの炎は滅ぼすどころか、近づくだけでも命がけだったんだ」

 ザキは言った。

「オスキュラとパシパの兵に守られているだけじゃない。施設のある神殿内部はおろか、神殿に近づくだけでゲヘナの炎の影響を受けるのよ」

 旅芸人風の女が頷く。

「神殿の工事に携わった者の多くが病に倒れているし、内部を詳しく知った者は殺されるか、一カ所に集められ監視されている」

 パシの僧服を着た男も言った。

「ああ、ここに来る途中、俺たちを乗せた船頭も仲間が帰ってこないと言っていた」

 スオウが頷く。

「神殿の地下にはゲヘナを発射する装置があるからな。やつらもできるだけ秘密にしておきたいだろう」

 シャギルが肩をすくめた。

「アイサはゲヘナを発射させるコントロールルームも破壊したいと言っていたよ」

 少しでも神殿内部のことを知りたかったシンが話に加わった。

「だが、シン……その部屋は特殊な金属でできている。その上、古の技術によって機械を守るための仕組みが施されているんだ。我々さえ、爆破をあきらめたんだぞ? それをどうやって破壊するんだ?」

「ザキ、アイサはそれを破壊できる爆薬を持っていると言っていたよ」

「我々の知らない威力を持ち、しかも、アイサが地下から出てから爆発するそうだ」

 スオウが付け加えた。

「地下を出てから爆発する、か。そこまではいいな……」

 ザキは呟いた。

「地下から出て来るアイサはシールドを張ったまま、しかも、海の国のベールで姿を消しているだろう。こっちはアイサとうまく合流して、このパシパから抜け出せればいい」

 シャギルが言った。

「とりあえずナッドとは連絡がついているわ」

 ビャクグンは言い、目を伏せた。

「ビャク、僕にも何か手伝わせてほしい」

「ええ、そうねえ……でも、シン、お尋ね者のあなたにできることがあるかしら?」

 ビャクグンは顔を上げ、意地悪く笑った。スオウが困ったように溜息をつく。

 その時、宿に別の客が訪れた。

 宿の少年が中に迎え入れる。

 やって来た客は無言でビャクグンに書状を渡し、書状に目を通したビャクグンはほっとした表情を浮かべた。

「ご苦労様。どうやら間に合ったわね」

「良い知らせで何よりでした」

 ビャクグンに書状を渡した客が微笑む。

「ビャク、それは?」

 スオウが書状を覗いた。

「長老からよ。アイサの脱出のためにあらゆる手段を使うことを許す、と」

「長老が?」

 シャギルとルリは思わず顔を見合わせた。

「長老もお偉いさんたちも決断が早かったな」

 ザキが言う。居合わせた客たちが戸惑い、彼らの心中を察してスオウが聞いた。

「ビャク、このパシパからアイサを助け出すためにクルドゥリがあらゆる手段を使うということは……それは、下手をすれば、クルドゥリの存在を知られるばかりか、俺たちはオスキュラとパシパを敵に回すことになるということだぞ?」

 ビャクグンはスオウを見返した。

「ゲヘナがある限り、クルドゥリは喉元(のどもと)に剣を突き付けられているのと同じこと。今更、危険にさらすも何も……それに、ゲヘナを封じることができれば、アイサは私たちにとって大変な恩人ってことになるわ」

「だが、クルドゥリが国を開くかどうかは、まだ議論の最中のはずだ……ビャク、お前、どうやって長老をうんと言わせた?」

 スオウは聞いたが、ビャクグンはそれ以上何も言わなかった。

「まあ、いいじゃないか? さっさと用を済ませてここから出て行こうぜ? 先のことはその時考えよう」

 シャギルが張り切って言うと、ザキが意味ありげに笑った。

「シャギル、それは結構なんだが、その前に仕事の話だ。パシ教の大主教ティノスがゲヘナを見つけた時に持ち帰った書物の場所が特定できた」

「その書物にゲヘナのことや、機械の操作の仕方が書いてあるというわけね?」

 古い言語に詳しいルリが身を乗り出し、機械の操作と聞いたシンの目が輝いた。

「ははん、それを取って来いと? 人使いが荒いな」

 シャギルが笑った。

「長老はアイサを信じてパシパに挑む気か……ザキ、その書物はどこにある?」

 スオウがザキを見た。

「ティノスがその手元に置いている。ティノスの僧院の書斎だ。ここの連中が手を貸す」

 ザキはすぐに答えた。

「書物の方は任せたわ」

 ビャクグンはスオウ、シャギル、ルリに言った。

 これは誰が見ても大仕事だと思われたが、三人はすぐに承知した。

「それで、アイサがゲヘナの炎の前に行くのはいつかしら?」

 ビャクグンがザキに聞いた。

「教祖の生誕祭の当日になる」

「そう……ぐずぐずできないわね。シン、あなたは明日私と出かけるのよ」

 ビャクグンはほんのりと笑みを浮かべた。


 宿の客たちが引き上げ、シンも部屋に案内された。シンが案内された部屋は、一見したところ、どこも変わったところはなかった。

 しかし、注意して見ると壁が厚く、窓からの見通しがいい。キャビネットの後ろには脱出のための通路もついていた。

「ちょっと混みあっているので、スオウと一緒でお願いします。必要なものがあったら何でも言って下さい。準備のできないものはありませんよ」

 ザキは自信ありげに言った。


 一人になると、シンは大きく息を吐いた。

 ラダティスの城から逃れ、旅を続けて、とうとうパシパに着いたのだ。

(クルドゥリが脱出に力を貸してくれる。ゲヘナさえ封じることができたら、アイサは無事に海の国に帰れるだろう……僕もいっしょに行けたらいいのに)

 シンは部屋の窓からパシパの街を眺めた。

「アイサは予定通りパシパに向かっているそうだ。身代わりになったこともばれていない。順調だな」

 部屋に入って来たスオウが言った。

「ゲヘナを封じる技術については、アイサは絶対の自信があるように見える」

 シンは二つあるベッドの一つに腰掛けた。

「ああ。だが、こればかりは何が起こるかわからない」

「うん……」

「長老の許可を得た。実際、これ以上のものはないさ」

 スオウは安心させるようにシンに言った。

「そうだね。クルドゥリ挙げての協力があれば心強い。だけど、明日出かけるってビャクは言ったけど、ビャクは何をする気かな? 少しぐらい話しておいてくれてもいいと思うんだけど」

「まあ、ビャクにへそを曲げられると面倒だ。黙って好きなようにさせておくんだな」

「スオウ、ティノスの書物の方は?」

「ああ、下準備はできているようだ」

 スオウは荷物から酒瓶を取り出して、ゆっくり飲み始めた。


 朝目覚めると、スオウはもういなかった。

 路地を行き来する人々の気配が感じられる。

 シンはベッドから起き上がって、部屋の窓から往来を見下ろした。

「シン、私たちも出かけるわよ」

 いきなり部屋のドアが開いてビャクグンが顔を出した。

 ビャクグンはすっかり外出の支度を整えている。黒っぽいドレスを着たビャクグンは落ち着いた貴婦人といった感じだ。

「下で待っているわ」

 ビャクグンはそう言って軽やかにドアを閉めた。


 シンが支度を済ませて食堂に下りていくと、ビャクグンは朝食を食べながらザキの話を聞いていた。

「やあ、シン。よく眠れたかい?」

「ありがとう、ザキ。ところで昨日の人たちは?」

 昨夜あれだけにぎやかだった食堂はがらんとしている。

「みんなもう出かけたよ」

「そうか。僕らもこれから出かけるんだ」

「だってな」

 ザキもビャクグンを見ながら頷いた。

「パシ教の僧侶様に会うのよ」

「ビャクの知っている人?」

「ええ、あちこちで寄進しているうちに知り合いになったの。連絡してみたら、いろいろ便宜を図ってくれるって」

「寄進するぐらいなら誰でもしているのに」

 シンは首をかしげ、ザキが笑い出す。

「ビャクグン様は口が上手いからな」

「ふざけないでよ、ザキ。額が違うの。ここぞと言うときはしっかり印象に残るように寄進したからなのよ」

「そういうことだそうだ」

 ザキは笑いをこらえながら立ち上がり、シンの食事を持ってくるとシンに噛んで含めるように言った。

「シン、ここを出たら、まずこのルーフスの地図を頭に入れるんだ」

「ルーフス?」

「そう、ここ、パシパの門前町のことを土地の人はそう呼ぶのよ」

 ビャクグンが頷いた。

「ルーフスは大通りを外れるとどこも迷路のようになっているから、目印になるものを見つけておくといい。一つ目の壁の向こうには教団の施設がある。そっちの方は整然としていて、目印になる大きな建物も多いから迷うこともないだろう。そして二つ目の壁だが、その先に行けるのは限られた者だけだ。そこにはたった一つ、大きな僧院がある。ティノスはそこにいる」

「アイサがパシパに着いたらどこに入るんだろう?」

「一つ目の壁の向こうよ。そこに特別な客人のための宿舎があるの。そして二つ目の壁の向こうは……今夜のスオウたちの仕事場だわ」

「今夜? もう?」

「こっちにはアイサがゲヘナの炎を封じたら、すぐにアイサをパシパから脱出させるっていう本業があるんだから、ぐずぐずしていられないでしょ? さっさとできることから片づけなくては」

「ところで、こいつは本物のオオカミかい?」

 ザキはのっそりと庭の方から現れてシンの足元にうずくまった灰色のオオカミを見て目を輝かせた。

「動物は好きなんだ。何なら、ここに置いてもいいんだが?」

「いいえ、ハビロはアイサについて行きたがるだろうから」

「そうか、じゃ、それまで大切に預かろう」

 ザキは少し残念な顔をした。

「ハビロ、大人しくしているんだよ」

 シンはハビロを撫でた。

「シン、ちょっとこっちに来て」

 ビャクグンが立ち上がる。

 ハビロは万事心得た様子で顔を上げると、庭に戻った。




    挿絵(By みてみん)

   


   sanpo様に描いていただきました、スオウです。

   タイトルは〈ビャクを待つスオウ〉だそうです。

   sanpo様、どうもありがとうございました!!

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