12.偽りの信徒④(挿絵あり)
「さあさあ、こっちよ」
ビャクグンはシンを連れて木立の先の礼拝堂に入り、慣れた様子で祈り始めた。
「ほら、シン」
ビャクグンに促されて、シンもまねて礼拝する。礼拝しながら、シンはちらちらと礼拝堂の内部に目をやった。
祭壇の中央にパシ教の神ギレの像がある。その左右にはその使いのザインとピリュラが立っていた。
また、別の一角には教祖ガシュガの像もあった。こちらは生誕祭が近いせいか、花で埋もれている。
「パシ教は本来、各自が厳しい修行を通してこの世の真理を求めるものですが、今は一般信徒の救済のためにも力を入れています」
後から僧に案内されて巡礼者の一団が礼拝堂に入って来た。
「ああ、これはこれは」
素早くビャクグンに目を止めた僧は、後を弟子に任せて、足早にビャクグンに近づいた。
「ブラキさん、お久しぶりです」
僧の顔は輝いている。
ビャクグンが顔を上げた。
「まあ、僧侶様。僧侶様もお元気そうで何よりですわ」
「それにしても、いつかお会いした時にもあなたの熱心な信仰ぶりには感銘を受けましたが、本当にここでお会いできるとは……」
僧は熱心に言った。
ビャクグンが優しく微笑む。
「ありがとうございます。ああ、この子は私の供の者ですわ」
シンは僧に深くお辞儀をしたが、僧はシンのことなど目に入っていなかった。
「あなたのような方がお手伝いを申し出て下さるとは、本当にありがたいことです」
「こちらこそ……夢にまで見たパシパでギレ神のためにお仕えできるなんて。セレン様には、心安らかにこちらでの日々を送っていただけるよう努めさせていただきますわ」
ビャクグンは頬を上気させて言った。
僧はそんなビャクグンをうっとりと見つめている。
シンはビャクグンの演技力に舌を巻いた。
「よろしければ、建物の案内をいたしましょう」
僧はビャクグンを誘い、三人はしたたるような緑の中に出た。
パシパは大陸の中央部から南に下った盆地にあり、昼夜の寒暖差が大きい。
ポン川が近くを流れてはいるが、そこから離れると乾燥して痩せた土地が続く。そのため、地中に深く根を下ろした木々の緑は有り難く、日中その木陰は気持ちの良い休憩場所になる。
このパシパの城壁内でも巡礼の人たちが思い思いに緑の下でくつろいでいた。
「思った以上に素晴らしいところですわね。心が洗われるようですわ。ぶしつけな申し出を受けてくださって本当に感謝いたしますわ」
「ああ、とんでもないことです。あなたのような女性がいらっしゃるとは……こちらこそ、何と言ったらいいか」
一回り施設を案内したところでビャクグンが礼を述べ、僧が満面に笑みを浮かべている……と、にわかにあたりの静寂が破られ、騒がしくなった。見れば、何人もの僧が一人の男を引きずっている。
「待ってくれ。私はただ珍しい本があったら買うと、そう言っただけだ。まさか、あいつが僧院に忍び込むなんて、思ってもいませんでしたよ」
男は訴えた。
「どうだかな」
「怪しいものだ」
引き立てる僧と引き立てられる男を集まった人々が見守る。
「私はパシの教えの素晴らしいさを広めたいからこそ、ルーフスで店を営んでいるというのに」
男は続けた。
「えっ、あれは……」
男を見ていたシンは自分の目を疑った。それはしばらくぶりに見るストーだったのだ。
「シン?」
「なんでこんなところにストー先生が……?」
「しっ、様子を見ましょう」
どうしたものかと落ち着かないシンに、ビャクグンは囁いた。
この騒ぎの中だったが、ストーも見物人たちの中に自分を心配そうに見つめるオスキュラの若い侍従に気が付いた。そして怪訝な思いでその侍従を見たストーは目を見張った。ストーもシンに気づいたのだ。
しかし、ストーはそのまま何事もなかったかのように訴え続けた。
「あいつには人に紹介されて何度か会ったことがあるだけだ。私は騙されていたんです」
「うるさい、忍び込んだ盗人がお前の店の証文を落として行ったのだ」
「私ははめられたんですよ。こっちこそ、いい迷惑だ」
「詳しいことは中でゆっくり聞く」
僧たちはそう言うと、ストーを引きずって行った。
「どういうことですの? 静かな祈りの場でこんな騒ぎとは」
ビャクグンがいかにも困惑したように案内の僧に聞いた。
「このところよく盗人が入り込んでくるのですが……きっと、その仲間でしょう」
僧は厳しい顔をした。
「まあ」
ビャクグンの顔色が変わる。
そんな気持ちの優しい女を安心させるように僧は続けた。
「いえ、大したものは盗まれていません。どうでもいいような、僧の身の回りの品や、置きっぱなしになっていた書物などですから」
「それをわざわざ盗むのですか?」
「そんなものでも、信者の間では高値が付くのですよ。しかし、なんと言っても不敬なことです。早く全員を捕らえて懲らしめてやらねば」
「パシパで盗みなんて……本当に何て卑しい行為なんでしょう」
「余計なご心配をおかけしてしまいました。なあに、盗人騒ぎもじき落ち着くでしょう」
僧が明るい声で言う。
「そう願っていますわ」
ビャクグンはそっとシンに目くばせして微笑んだ。
僧と別れると、ビャクグンとシンはしばらく無言のまま歩いた。
(懲らしめるって、どうする気だろう? 久しぶりに見るストー先生はなんだかとても年を取ったように見えたけれど……でも、なぜ、ストー先生がこんなところにいるのだろう? 確かにストー先生は貴重な本をたくさん持っていた。だけど、ストー先生は盗みをしたり、させたりするような人じゃない。それにしても珍しい本? 何だろう? いや、そんなことより、まずストー先生を助けないと)
シンとビャクグンは既に門を出てルーフスの雑踏に入っていた。
迷路のような通りをビャクグンはすっかり慣れた様子で歩いている。
「ねえ、シン、アイサの好きなものって何かしら?」
「えっ?」
ストーのことで頭がいっぱいだったシンは思わず立ち止まった。
「久しぶりにアイサに会いに行くんだもの、何か持っていってあげたいじゃない?」
ビャクグンは立ち止まったシンを振り返って、微笑んだ。
「ええと、バラの香料とか、お菓子かな?」
シンは覚束ない調子で答えた。
「お花を持っていくのもいいわね」
ビャクグンは楽しそうだ。
シンはいつか花畑に見とれていたアイサの姿を思い出した。
それから、ビャクグンがアイサにあげた髪飾り……
「後はビャクの好きなものを。買い物は得意でしょう?」
「あら、冷たいわね」
ビャクグンはすねたように言うと、また歩き出した。ビャクグンは歩きながら初めてパシパにやって来た信徒らしく、きょろきょろとルーフスの店を眺めている。それから通り沿いにあった古い香料の店を見つけてそこに寄り、熱心に物色し始めた。
「ビャク、今はアイサのことがあるけれど、僕はストー先生のことが気になる。引き返して様子だけでも見て来たい」
シンはビャクグンに囁いた。
「さっき引き立てられていった人のことね? あの人、シンのこと知っていたわね」
ビャクグンは何気ない様子で聞いた。
「ストー先生は、僕が小さいときから時々城を訪れていて、しばらくすると父の許可を得て、城の近くに一人で暮らし始めたんだ。僕はアイサに会うまで、そこで毎日のように先生から古い本の読み方や、城では習えない学問の手ほどきをしてもらった。それだけじゃない。城で習うものとは違った武術や、森での歩き方、簡単な薬の作り方から各国の様子までストー先生は教えてくれた。先生はよく旅にも出ていたよ」
シンは小声で答えた。
「ラダティス殿とストー先生というのは、知り合いだったの?」
ビャクグンは買い物の手を休めずに確認した。
「親しい間柄ではないけれど、面識はあったようだ。父上は僕が先生から物を教わることを喜んでいた。ストー先生のことを軽んじて眉をしかめる者にも、僕を行かせてやれと言っていたらしい」
「なるほどね」
「ビャク、いったいストー先生はどういう人なんだろう?」
シンは、今まで当然のように自分の近くにいたストーに、初めて疑問を持った。
「シン、武術って言っていたけど……あの人は数人の僧侶に押さえつけられて、逃げられないような人?」
「とんでもない。あんな僧侶たちなんか、先生にとってはどうということはないはずだ」
「ということは、何か考えがあるってことかしら?」
「そうかもしれない。でも、何を考えているんだろう?」
「これからわかるわ。私たちに話があるようね」
ビャクグンにつられてシンが振り向くと、そこには商人のなりをした若い男がいた。
「シン様ですね? ストー殿があなた様方とお話がしたいそうです」
「でも、ストー先生はさっきパシの僧たちに連れて行かれてしまったよ」
「ご心配なく。計画のうちですから」
「計画?」
「今夜、ここでお待ちしています」
若者はシンの問いに答えず、そっと一枚の紙切れを渡した。
「うかがいますと伝えておくれ」
ビャクグンが答えた。
「では、必ず」
軽くお辞儀をすると、若者は人混みの中に消えた。
「あの男に、ずっとつけられていたのか……」
「ええ」
「僕は気がつかなかったよ」
シンにとって、パシパまでの旅は自分の不甲斐なさを思い知らされ続ける旅とも言えた。
そしてそれはパシパへ来ても変わらなかった。
「いろいろな思いが心を占めていたからよ。雑踏でつけられるのも初めてだったでしょ? でも、これからは気をつけた方がいいわ。思いに捕らわれているあなたは隙だらけよ」
シンは頷いた。悔しくても……どう考えてもビャクグンの言う通りだと思ったのだ。
結城様より頂きました、背景違いのビャクです。
背景はSALOM様のフリー素材だそうです。
どうもありがとうございました!!




