母の言葉
【呼びかけ】
私は廊下の真ん中で立ち止まる。アウレリアを見ながら。
「あの……会長。」
彼女の左肩に、そっと手を置く。
「少しリナ・クロツキのところへ行くよ。少し話したい。彼女と話すことがある気がする。」
アウレリアは体全体を私に向ける。紅の瞳が見開かれる。ほんの一瞬。声を上げる。
「何?リナ・クロツキと話すの?」
私の顔が赤くなる。両手を前に上げる。
「そうじゃなくて。ただ彼女と話したかった。何か理解できるかもしれない。すごく気になったから。」
アウレリアの視線が決定的になる。しかし声は静かだ。どこか軽い挑戦を含んで。
「ふうん……力?力だけに興味があるの?」
私は手を顔に当てる。
「そうじゃない。力じゃない。ただ……彼女の技術に驚いた。」
アウレリアは大きく息を吸う。言葉を返す。
「わかった。行って話してきなさい。でも早く戻って。私は宮殿で待ってる。少し遅れたら、夕食全部をゴミ箱に捨てるから。」
私は息を呑む。
「わかったわかった。大丈夫。すぐ行ってすぐ戻る。約束する。」
私は振り返る。走る。廊下を。訓練場へ戻りながら。
彼女を見る。
リナ・クロツキ。
彼女はまだそこにいた。障害物エリアに。地面に座っている。背中を石の柱に預けて。両脚を前に伸ばして。両手を脚の上に。頭を少し下げて。
近づく。止まる。彼女の前に。
「こんにちは。」
彼女は答えない。ただ沈黙。
「リナ・クロツキ。だよね?」
彼女は動く。顔を上げる。私を見る。瞳は深く暗い。訊く。
「何の用?」
私は頭をかく。
「あの……ただ話したかったんだ。戦いのこと。君が呼び出そうとしたもののこと。何だったのかわからなかった。誰もわからなかった。アウレリアでさえ。」
リナは黙る。一瞬。長い。私を見つめる。呟く。静かな声で。どこか軽い皮肉を含んで。
「なぜ気にするの?」
私は正直に答える。
「なぜなら。君の瞳に何かを見たから。他の誰の目にも見たことのない何かを。決意のような。意志のような。君がすべての笑みの後ろに隠している何かを。」
リナは凍りつく。瞳が揺れる。ほんの一瞬。告げる。低い声で。震えながら。しかし冷たく。
「あなたは何も知らない。」
私は言葉を続ける。
「そう。知らない。何も知らない。君が誰かわからない。どこから来たかわからない。しかし知っている。一つだけ。君の瞳に何かを見た。苦しみのような。喪失のような。君がすべての笑みの後ろに隠している何かを。」
リナは黙る。長い一瞬。口を開く。低い声で。しかし冷たくはない。中に何かがある。
「あなた。本当に奇妙ね。ジャワド・タナカ。とても奇妙。」
彼女は顔を上げる。空を見る。告げる。
「すべてを話せない。今は。ここでは。でも一つだけ言う。あれ。私が呼び出そうとしたもの。それは雷の槍。母の武器。彼女はいつも呼び出していた。しかし私は呼び出せない。なぜかわからない。毎日試す。しかし毎回失敗する。」
彼女は視線を私に固定する。
「私は強くない。あなたが思うほど。ただ強くなろうとしている。誰も必要としないように。誰も私のために苦しまないように。もう一度。」
私も黙る。答える。
「誰も君のために苦しまない。リナ・クロツキ。誰も。君は一人じゃない。この世界で。」
彼女は私を見る。瞳が揺れる。ほんの一瞬。呟く。震えながら。
「あなたにはわからない。誰にもわからない。」
彼女は立つ。私を見る。長い視線。一つ。告げる。静かな声で。どこか隠れた感謝を含んで。
「ありがとう。あなたの言葉。でも行かなきゃ。今。」
彼女は振り返る。歩く。門へ。遠ざかる。やがて完全に消える。
私は立ち尽くし、心の中で呟く。
「リナ・クロツキ。何を隠しているの?」
リナが廊下の終わりに消えた後。私は体全体を起こす。素早く顔を上げる。叫ぶ。大きな声で。空の訓練場を満たす。
「でも覚えておいて!」
私は胸を膨らませる。続ける。
「もしあの力を呼び出したいなら。真実を認めるしかない。嘘の後ろに隠れるのをやめて。嘘は君の力を引き出さないから!」
沈黙。空の訓練場。私も歩く。門へ。出る。学院から。向かう。ローゼンフィル家の宮殿へ。
【家族の夕食】
夕食の席。長いテーブルに豪華な皿が並ぶ。金色のシャンデリアが全てを照らし、銀のカトラリーが光を反射する。ローストした肉の香り、焼きたてのパン、赤ワインの匂いが混ざり合う。大きな窓の外では、夜の闇がゆっくりと広がり始めていた。
カシアンとロゼリアが広間に入り、席に着く。カシアンは椅子を引く音を立て、ゆっくりと座る。右手にワイングラスを持ち、一口含んでから、視線を私に向ける。紅の瞳がわずかに細められる。
「ふむ。戻ったようだな。何があった?」
ロゼリアはカシアンの隣に座り、ナプキンを膝の上に広げる。口元に、狡猾な微笑みが浮かぶ。青い瞳が、私とアウレリアの間を行き来する。
「何かたくさんあったようね。」
エヴェリアがコーヒーカップを手に加わる。彼女の足音は静かで、床に吸い込まれるようだった。カップがテーブルに置かれる、小さな音。ピンクの瞳が私を一瞬見て、それからアウレリアに移る。
「物事が続いていると疑うわ。」
私は口を開かない。テーブルの下で、アウレリアの指が私の右腕をつねる。痛みが走る。だから黙る。彼女は私が話すことを望んでいない。私が話せば、今日のすべてが明らかになるからだ。リナ・クロツキとの対話、あの奇妙な雷、私が彼女に叫んだ言葉。全部。
アウレリアが静かに告げる。声は低く、しかし確信に満ちている。
「何も重要じゃない。普通の一日だった。訓練と友好的な対戦だけ。」
カシアンはワイングラスを置く。皿の上の肉を一口切り、口に運ぶ。咀嚼しながら、彼は私を見る。
「友好的な対戦、か。で、お前は何をしていた?」
アウレリアが答える。私が答える前に。
「彼は観客だった。私とリナ・クロツキの戦いを見ていた。」
ロゼリアが小さく笑う。声は柔らかいが、その中に隠れた皮肉がある。
「観客?まあ。なんて小さな子供。」
カシアンはフォークを置く。体を少し前に倒し、私をじっと見る。紅の瞳が、炎のように揺れる。
「観客。疲れていた。戦わなかった。しかし次は、戦うだろう。そうだな?」
私はうなずく。声は低いが、正直に。
「はい。次は戦います。」
カシアンは満足そうに頷く。再びフォークを取る。
「それでいい。ローゼンフィルの従者は、戦えなければならない。守るべきものがあるのだから。」
エヴェリアがカップを置く。音は静かだが、その場に響く。彼女は私を見る。ピンクの瞳は、何かを探るように細められている。
「ジャワド・タナカ。今日、何か感じたか?体に変化は?」
私は少し考える。正直に答える。
「疲れはあります。でも、それだけです。エネルギーが暴走することはありませんでした。」
エヴェリアは頷く。しかしその瞳は、まだ何かを探している。
「そう。ならいい。しかし忘れるな。何かあれば、私に言いなさい。私個人に。」
アウレリアが口を挟む。声は少し急いている。
「おばあさま。彼は大丈夫です。私がついています。」
エヴェリアはアウレリアを見る。小さく笑う。笑みは温かいが、どこか寂しげでもある。
「わかっているわ。だからこそ、言っているの。」
沈黙が一瞬訪れる。フォークとナイフの音だけが、広間に響く。私は皿の上の肉を切る。手が少し震える。今日の出来事が、まだ体に残っているからだ。
ロゼリアがワイングラスを傾ける。私に話しかける。声は柔らかい。
「それで、ジャワド。リナ・クロツキという娘は、どんな子だった?」
私は顔を上げる。ロゼリアの青い瞳が、好奇心で輝いている。彼女は本当に知りたいのだろう。しかし、どこまで話せばいいのか。アウレリアが私を見る。その瞳は、「話すな」と言っている。
私は慎重に言葉を選ぶ。
「強い意志を持った子です。それに、何かを抱えている。でも、私にはそれを解き明かすことはできません。」
ロゼリアは頷く。何かを考えるように、ワイングラスを回す。
「なるほど。意志の強い子、ね。それはいいことよ。ローゼンフィル家にも、かつてそういう娘がいたから。」
カシアンが彼女を見る。少し驚いたように。静かに告げる。
「ロゼリア。」
彼女は軽く肩をすくめる。話題を変える。
「さて。デザートにしようか。」
エヴェリアが立ち上がる。彼女の動きは優雅で、まるで若い女性のようだ。実際、彼女は百歳を超えているのに。
「私が持ってくるわ。今日は特別な日だから。」
アウレリアが私を見る。その瞳は、少し和らいでいる。彼女は私の腕をつねるのをやめ、代わりに、そっと私の手に触れる。一瞬だけ。すぐに離す。
「食べなさい。明日も早いのだから。」
私は頷く。皿の上の肉を最後の一口まで食べる。味はよくわからない。しかし、温かさだけは感じる。
デザートが運ばれてくる。甘い香りが広間を満たす。私はそれを口に運ぶ。甘さが広がる。今日の疲れが、少しだけ消える気がした。
カシアンがワイングラスを上げる。告げる。
「明日からも、頼むぞ。ジャワド・タナカ。」
私はうなずく。心の中で思う。明日も、また何かが起きるのだろう。リナ・クロツキ。彼女の抱える闇。私が感じたあの奇妙な力。すべてが、これから始まる。
私はフォークを置く。静かに言う。
「ごちそうさまでした。」
【眠る前に】
夕食を終える。私は告げる。
「部屋に行きます。」
カシアンは短く答える。
「うむ。行け。」
ロゼリアの声は柔らかい。
「おやすみなさい。」
アウレリアの視線が私を捉える。紅の瞳がわずかに細まる。
「早起きして。寝坊しないで。早起きしなかったら、来て水をかけるから。」
私は抗議する。
「でも明日は土曜で明後日は日曜。休むよ。」
アウレリアの視線が強くなる。逃げる獲物を見るかのように。
「早起きしなさいと言ったの。起きなかったら、自分で来て起こすから。土曜でも日曜でも。気にしないわ。わかった?」
私は緊張を感じる。
「わかった。」
私は立ち上がる。椅子を引く。大広間を出る。廊下を走る。自分の部屋へ。ベッドに身を投げる。眠る。深い眠り。悪夢なし。夢なし。ただ暖かい闇。ただ休息。
【母の言葉】
同じ頃。部屋番号百六。
リナ・クロツキはベッドに座っていた。母からもらった包みを握る。開ける。母の手書き。ライメイア。雷の女神。最後のページの終わりに、小さな言葉。母から娘への言葉。
リナは読む。低い声で。震えながら。
「私はあなたと共にいる。どこにいても。雷の火花があなたの体で燃えている限り。私はいつもあなたと共に現れる。」
彼女は黙る。長い一瞬。心の中で呟く。
「希望の言葉。あの紙に書かれた。」
包みを巻く。胸に置く。強く抱きしめる。まるで母自身を抱きしめるかのように。ベッドに横たわる。天井を見る。
告げる。静かな声で。しかし暖かく。久しぶりに。
「今日は。今までで一番良い日だった。」
彼女は付け加える。
「アウレリア・ローゼンフィルに会った。動きが優れていた。負けた。それでも。彼女は私を少し評価してくれた。」
思い出す。アウレリアが手を伸ばしたことを。彼女に告げたことを。「あなた。素晴らしいわ。」負けたにもかかわらず。
呟く。低い声で。しかしどこか暖かさを含んで。
「ジャワド・タナカに会った。彼の愚かさと騙しやすさにもかかわらず。しかしとても優しい。」
彼女は少し笑う。両目をゆっくりと閉じる。眠る。深い眠り。悪夢なし。夢なし。ただ暖かい闇。ただ休息。そして母が共に。どこにいても。雷の火花が彼女の体で燃えている限り。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第四話「母の言葉」でした。
今回はジャワドとリナの初めての会話を通じて、
リナの内面と彼女が抱える孤独を描きました。
そして最後に、母ライメイアが残した言葉が明らかになります。
次回、第五話では、物語は新たな局面へと進みます。
リナの秘めた決意、そしてアカデミーに訪れる新たな影。
【AIの使用について】
この作品の執筆にあたり、翻訳および文章整理の補助としてDeepSeekを使用しています。
物語の構成、キャラクター、展開はすべて作者自身によるものです。




