入学式と悪役令嬢
俺は笑顔のまま現実逃避をしていた。入学式、つまり乙女ゲーム本編開始日だからだ。
ヒロインであるミレイユ・アクターが学園へ入学し、攻略対象達と出会う、そして悪役令嬢の運命も動き出す日。
俺は、全ルート攻略していない。そんな自分を悔やんだ。
どうせなら可愛いセレナ・ノワールを目に焼き付けて全部シナリオを頭にインプットしてからここへきたかった!
知っているのは、自分が最後まで攻略したルートだけ。まてよ、知らないイベントが起きても気付けない可能性が高い。詰んでないか?
「ディル様、お加減でも悪いのですか?」
サラの声で我に返る。
気付けば、制服に着替えさせられながら虚空を見つめていた。
「あー……いや、大丈夫」
内心は全然大丈夫じゃない。でも転生初日で心配されても困る。
俺はなるべく自然に振る舞いながら制服を整え、鏡の前まで行った。うん、やっぱり顔がいい。
まだ、混乱とか色々あるけど、これはちょっとテンション上がる。
普段の俺だったら絶対似合わない服なのに、普通に着こなしてる。すごいな、攻略対象。
鏡の前で軽く横を向いてみる。いや、ほんとかっこいいな。
「ディル様?」
「ごめん」
危ない、ナルシストみたいになってた。
支度を終え、今から乙女ゲームの舞台であるメンダスク学園へ向かう。本物の馬車に少しだけ興奮したが、なんとか衝動は抑えた。
窓の外を流れる景色を眺めながら、頭の中で知識を整理した。
今日の流れは何回かプレーしたから覚えてる。入学式、軽い顔合わせ、攻略対象達との出会い。
大きなイベントはまだ先になるが、今日のところは冷静に考える時間も無かったからな。とりあえず、変なことしなければ何とかなる。はずだ
余計なことはしない。目立たない、流れに乗る。
それでいい。
馬車が止まり、扉が開いた。外へ出た瞬間、思わず足を止めた。でっかい、ゲーム画面じゃ伝わらなかったけど、学園広すぎるだろ。
建物も庭園も噴水も全部豪華だ、こんなところ毎日通うのか。やばい、ワクワクしてきた。
周囲にはすでに新入生達が集まっていた。同じ制服の生徒や、付き添いらしき使用人。
あちこちから聞こえる楽しそうな声。
そして、なんか視線多くない?ちらちら見られてる。まあ攻略対象だしな、人気キャラだったし。俺だって何度も鏡でポーズをとったからな。と心の中でたくさん頷いた。
人混みを避けながら歩いていると、不意に少し先がざわついた。何だ?と思って視線を向けると、人の輪の向こうから、こちらへ一人の女子生徒が歩いてくる。
空気が変わった気がした。
「あの方って」
「相変わらず綺麗」
「でも少し怖いかも」
聞こえてきた声に、俺は自然とそちらを見る。
そして俺は目を見開いた、そこにはゲームで何度も見た姿のセレナ・ノワールが居た。でも、実際見ると印象が違う。
もっとこう偉そうというか、周囲を見下して歩いてる感じだと思ってた。
でも、目の前を歩く彼女は背筋を伸ばし、淑女そのものであり、表情は柔らかくないものの、俺と同じ綺麗な黒髪を持つ、妙に真面目そうな感じに見えた。
セレナは誰とも話さず、そのまま校舎へ向かって行った。その途中、前を歩いていた女子生徒が本を落とした。
セレナは立ち止まると、スカートを抑えながら、可憐にしゃがむと落とした女子生徒へ
「落としましたよ」
手渡しながら短く言って歩き出す。
受け取った女子生徒は慌てて頭を下げた。それを見た周囲がひそひそ話す。
「怖かった……」
「やっぱり近寄り難い……」
え?いや待って。何かした?俺、全部見てたけど、普通じゃない?てか、むしろ親切だったよな?
そこでふと、ゲームをやっていた時の感覚を思い出した。
あれ、やっぱり俺、この人そんな悪いやつだと思ったことなかったかもしれない。
セレナは周りのひそひそ声など聞こえてないようで、そのまま人混みへ消えていった。
俺はしばらく、その背中を見送っていた。




