第九十七話「お尋ね者と、水浴びと、あと跡取り」
言うべきか。
言わざるべきか。
それが問題だ。
アルドは腕を組んで考えていた。
ファスタ城に現れた勇者アルド。
肉体は本物。
だが、中身は四天王デモンレイア。
メイトの話が本当なら、アルドの肉体はいいように使われている。
つまり……。
勇者は悪くない。
勇者は被害者。
圧倒的被害者。
かわいそうな勇者アルドさんである。
アルドが裏切ったのではなく、身体を奪われただけだと分かれば、少なくともジェイルは納得するだろう。
ヴァルデマールも、可能性としては受け止めるはずだ。
アルドが、言葉を選ぼうとしたその時だった。
「……もし」
ジェイルが、低く呟いた。
全員の視線が向く。
「もし、仮にその話が本当だとしても、何か理由があるはずだ」
ジェイルは拳を、強く強く握っていた。
「ジェイル殿」
ヴァルデマールが静かに名を呼ぶ。
だが、ジェイルは止まらなかった。
「勇者が魔王の配下に入ったなんて、俺は信じない」
ジェイル。
お前……。
「俺は!俺が!勇者の無実を証明してみせる!」
ジェイルは、はっきりと言い切った。
アルドは感激した。
さすが違いの分かる男。
素敵。
この世界に、まだこんな男が残っていたとは。
捨てたもんじゃないぜ!
今度、肉を奢ってやってもいいぞ。
しかし。
ヴァルデマールは、大きく息を吐いた。
深く重い、疲れたような溜息だった。
「それは、やめた方がいい」
「なぜ!」
声が硬い。
今にもヴァルデマールに踏み出しそうな勢いだった。
「勇者が無実かどうか、調べることすら許さいと?」
「そうではないのだ」
ヴァルデマールは首を横に振った。
「今それを公然と口にすれば、君が危うい」
「俺が?」
「ああ。ファスタ王の命令なのだ」
ジェイルの表情が強張る。
「勇者アルド、およびその関係者と思われる者は即刻処刑。さらに、それに与する者も重罪である、と」
ジェイルは言葉を失った。
アルドもぶったまげた。
え、何それコワイ。
即刻処刑?
関係者も?
与する者も重罪?
俺、いつの間にそんなことになってんの?
なんとファスタでは、勇者アルドは指名手配されていたのだ。
しかも、処刑前提で。
逃げ場なし。
弁明の余地なし。
情状酌量も、なし!
勇者だぞ。
人類の希望だぞ。
少しは事情を聞け。
「ファスタだけではない」
ヴァルデマールは続けた。
「大陸諸王会議でも、すでに通達されたらしい」
「大陸諸王会議……」
セレスティアが呟く。
大陸の諸王国、軍事都市国家、神殿勢力が参加する非常時の連絡会議。
魔王軍への対応と勇者支援を目的に結成された、国境を越えた連合。
そこに、勇者アルドへの処分が通達された。
その意味は重い。
「現存しているすべての国で、勇者アルドは、お尋ね者となっている」
がつんと来た。
かつては、アルドを支援していた国々。
食料をくれた。
金を出してくれた。
物資を用意してくれた。
そのすべてが、今は敵。
なんだそれは。
手のひらが回転しすぎて、もはや風車並みだろ。
ヴァルデマールは付け加えた。
「この件は、あくまで極秘裏に進められている」
「極秘裏に?」
ジェイルが眉を寄せる。
「公表すれば、国の権威が失墜しかねないからな」
ヴァルデマールの声は苦い。
「人類の希望として送り出した勇者が、魔王に寝返った。そんなことが公になれば、民は動揺する。兵の士気も落ちる。各国の責任問題にもなる」
「だから、隠しているのですか?」
セレスティアが静かに言う。
「そういうことだ」
ヴァルデマールは頷いた。
「私は、その動きに懐疑的だった。勇者アルドが本当に裏切ったとは思えなかった。何かの策か、罠か、誤認だと考えていた」
彼は続ける。
「皮肉にも、今回の一件で裏付ける情報が出てしまった」
アルドは冷や汗をかいた。
メイトから出た情報。
トール。
カナ。
ファスタ侵攻。
勇者パーティが魔王軍側にいる。
ファスタ攻略に関わっている。
勇者アルドの姿をした者も現れていた。
アルドの報告が、疑惑の裏付けになってしまった。
皮肉にも、その情報を引き出したのはアルド自身。
自分の活躍で、自分の首が締まっている。
高度な自傷行為だろうか。
さらに悪い状況は続く。
「大陸諸王会議は、勇者機関を通じて、新たな勇者の選定を進めた」
「新たな勇者……」
「人々の心の拠り所が必要だったのだ」
ヴァルデマールは言った。
「勇者アルドが裏切った。その事実が明るみに出る前に、新たな勇者を立てることにしたらしい」
「そんな簡単に……」
ジェイルが小さく言った。
「勇者機関には候補者の記録がある。各国、神殿、騎士団、魔術学院から集めた才能ある者たちだ。その中から、適性の高い者を選び、勇者として認定する」
勇者機関。
懐かしい名だ。
当然アルドも所属していた。
アルドにとって、便利な場所ではあった。
「今回は人格を重視したそうだ」
アルドの目が逆三角形になった。
おい。
何だ、その言い方は。
まるで俺が人格そっちのけで選ばれたみたいじゃねぇか。
実際、そうだった。
類まれなる才能。
ほぼそれだけで選ばれた。
人格?知らん。勝てばいいだろの精神。
「つまり……もう、新しい旗印がいるってことか」
「そうだ」
ならば。
ここで勇者アルドが現れれば、どうなるか。
邪魔である。
ものすごく邪魔である。
裏切っていようが、いまいが関係ない。
すでに新しい勇者を立てた。
各国は、その体制で動き始めている。
民にも、いずれその威を示すだろう。
そこへ、旧勇者アルドが現れる。
しかも、オークの姿で。
私は本物の勇者アルドです。
魂を抜かれてオークに入れられました。
今、私の身体には四天王が入っています。
処刑である。
即処刑。
喜び勇んで殺しにくる。
危なかった。
本当に危なかった。
言わなくてよかった。
もう二度と、正体がバレるわけにはいかない。
アルドは強く思った。
「そんな馬鹿な……」
ジェイルが、力なく椅子に腰かけた。
肩が落ちている。
「勇者の無実を証明することすら、罪を着せられるっていうのかよ」
「現状ではな。少なくとも、軽々しく口にすべきことではない」
「……くそ」
うなだれるのは、アルドも同じだった。
トホホ。
俺、完全に詰んでない?
元気がなくなったアルドを見て、セレスティアが何かに気づいたように顔を上げた。
そして、リアに向き直る。
「リア殿」
「はい?」
「トンソクが疲れているようなのです」
「え?そうかなー」
一応リアはアルドを見る。
アルドは、げんなりした顔で座っていた。
疲れてはいるようだ。
「水浴びでもさせてみてはどうでしょう?」
「水浴び?」
「ええ。綺麗になれば、元気になるかもしれません」
セレスティアの声は、やけに柔らかい。
そして、なぜか目が輝いていた。
「よろしければ、私がやっておきますが?」
「えっと……」
断ろうとしたのだろう。
だが、セレスティアの目力に気圧される。
リアは少し迷ったあと、苦笑した。
「じゃあ、お願いできますか?」
「承知しました!」
返事が早い。
セレスティアは、いそいそと立ち上がる。
「では、参りましょうか」
「ぶひ?」
セレスティアは、当然のようにアルドの手を引く。
アルドはずるずると連れていかれる。
「きゅきゅーん!」
(アニキ!俺っちも行くぜ!)
メイトも、骨を咥えたままとことこついてきた。
奇妙な一行が、食堂を出ていく。
その後ろ姿を、リアとジェイルは不思議そうに見送った。
「セレスティアさん、トンソクのこと、気に入ったのかなー」
リアが、ぽつりと言う。
びくり。
ジェイルの肩が跳ねた。
ヴァルデマールの眉も動いた。
リアの発言は無邪気だった。
だからこそ、破壊力があった。
こほん。
ヴァルデマールが咳払いを一つ。
「あー……話は変わるのだが」
ジェイルは嫌な予感がした。
今の流れで変わる話題など、一つしかない。
「セレスには、夫もいなければ婚約者もおらん」
ヴァルデマールは、妙に重々しく口を開いた。
何を言い出すのだろう、この親父は。
ジェイルは真顔になった。
戦場よりも危険な話が始まった気がする。
「でもセレスティアさんの年齢だったら、普通じゃないんですか?」
リアは、きょとんとしていた。
ジェイルは小さく身を寄せ、リアに耳打ちする。
「貴族は結婚が早いんだ」
「そうなの?」
「ああ。十二、三で婚約が決まることも珍しくない。十六で成人すれば、そのまま結婚って流れも多い」
「えー、早い」
「俺たちとは住む世界が違うんだよ」
「へぇー」
リアは感心したように頷いた。
ヴァルデマールは、遠い目をした。
「父親の私が言うのも何だが、あの子はあの器量だ。結婚の申し込みは、あとを絶たなかった」
「でしょうね」
ジェイルは気のない返事をした。
実際、セレスティアは美しい。
剣の腕も立つ。
家柄もある。
普通なら、縁談が殺到して当然だ。
「だが」
ヴァルデマールは額に手を当てる。
「あれは早くに母を亡くしていてな。それ以来、男手一つで育ててきた」
「そうだったんですか」
リアが興味なさそうに答える。
「うむ。そのせいか、父親っ子でな」
ヴァルデマールは苦笑する。
「幼い頃は、何かにつけて私の後ろをついてきたものだ。剣の稽古にも、政務にも、兵の訓練にもだ」
「かわいいですね」
「かわいかった」
親馬鹿である。
「だが、問題はそこではない」
「はぁ」
ジェイルの返事は薄い。
本当に何の話をしているのだろう。
「セレスは昔、よく言っていた。『私は、お父様のような人と結婚します』、と」
ヴァルデマールは、遠い目のまま続ける。
「いい話じゃないですか」
「最初は、私もそう思っていた」
ヴァルデマールは重く頷いた。
「娘とは可愛いものだと。父を慕ってくれているのだと。笑って聞いていた」
「違ったんですか?」
「違った」
ヴァルデマールは、真剣な顔になった。
「あれは、本気だった!」
ジェイルは黙った。
嫌な予感が、さらに濃くなる。
「セレスは言ったのだ。『少なくとも、お父様より強い者にしか興味はありません』と」
「……なるほど」
ジェイルは、思わず頬を引きつらせた。
「そして、本当に、すべての縁談を断ってしまったのだ!」
「全部ですか?」
「一つ残らず……全部だ!」
ヴァルデマールの顔が曇る。
「今年で、二十二になる」
貴族令嬢としては、確かに適齢期を過ぎている。
しかも領主家の娘である。
婚姻は個人の問題ではなく、家と領地の問題にもなる。
「このままでは、生涯ひとり身になってしまう!」
「はぁ」
返事のしようがない。
他人の娘の結婚事情など、今はどうでもいいではないか。
だが、ヴァルデマールは真剣だった。
「そんな中、アレだ」
「アレ」
「あの子が、あんなに楽しそうに誰かの世話を焼く姿など、私は初めて見た」
ジェイルの嫌な予感が、確信に変わっていく。
「喜ばしいことだとは思うのだ」
「……そうですか」
「そうだ」
だが、ヴァルデマールの、その顔はなぜか引きつっていた。
セレスティアの理想は父親。
おっさん好き。
そのうえ、ヴァルデマールより強い剣士が好み。
条件を並べる。
そして、いま該当しそうな存在を思い浮かべる。
刹那姿のトンソク。
ヴァルデマールは、顔を引きつらせたまま、ぽつりと言った。
「ジェイル殿」
「はい」
「オークが跡取りというのは、どう思う?」




