第九十六話「本物と、中身と、あとアニキ」
アルドは、ヴァルデマールの話を考えていた。
勇者が魔王の配下で、忠実なる僕ときたもんだ。
おまけに、粛清されるべきは人類、と。
まったく。
誰だ、そんな物騒な台詞を俺の顔で吐いた奴は。
アルドは、口元についた肉汁を拭われながら考える。
可能性はいくつかある。
まず、自分には直近の記憶がない。
一年ほど、丸っと抜け落ちている。
その間に、何かされていた可能性はある。
洗脳。
精神操作。
記憶改竄。
あり得ない話ではない。
だが、アルドは、その可能性は薄いと判断した。
勇者だった時の最後の記憶。
デモンレイアは確かに言っていた。
俺をモンスターにする、と。
あれは夢や幻ではない。
少なくとも、アルドにとっては本物の記憶。
ならば、方針が変わったのか?
勇者アルドを魔王軍の象徴として使うために、いったん中止にした?
それなら、なぜ今の自分はオークなのだ。
洗脳できたのなら、そのままにしておけばいい。
アルドの食事の手は止まっていた。
もっとも、深刻に考え込んでいるからではない。
単純に、腹が膨れてきたのだ。
ホムンクルス。
という線もある。
勇者アルドの肉体を模した人造生命体。
あるいは、姿を真似るモンスター。
人間に化けられるモンスターは存在する。
スライムオークもそのひとつ。
なら、勇者の姿を模したモンスターがいても不思議ではない。
ただし、問題がある。
知能だ。
そういったモンスターは、人間のように会話できない。
少なくとも、王を相手に降伏勧告を行い、政治的な脅しをかけるなど無理。
あの場に現れた偽アルドは、ただ姿を真似ただけではない。
魔王の使いを演じている。
奇妙だ。
そして。
最後に、アルドはとんでもない考えに至った。
全身から血の気が引く。
まさか。
まさかとは思うが。
俺は勇者だと思い込んでいるだけの、ただのオークでした。
そんなオチじゃないだろうな。
いやいやいやいや。
駄目だろ、それは。
物語は、意外性を持たせればいいというものではない。
伏線が足りない。
読者が怒るって。
俺は勇者アルドだ。
人類の希望であり、魔王討伐の切り札。
歴代最強の呼び声高き、至高の勇者。
今は首輪つきオークだが。
「勇者……まさか本物なのか?」
思わず、声が漏れた。
「ああ!正真正銘、本物だぜ!」
メイトが、床からアルドを見上げて反応した。
アルドは、ぎょっとした。
腰が抜けるかと思った。
しかし。
次に飛んできた爆弾は、その程度では済まなかった。
「もっとも、中身はデモンレイア様だけどな!」
抜けたのは、腰ではない。
魂だった。
アルドの魂が、口から半分出ていた。
こいつ。
こいつ!
マジでとんでもねぇな!
アルドは、ぱくぱくと口を動かす。
外から見ると、オークが食べすぎて苦しんでいるようにしか見えない。
「トンソク?本当に大丈夫?」
リアが心配そうに覗き込む。
大丈夫なわけがない。
デモンレイア。
魔王四天王。
俺をオークにした張本人。
そして今、俺の身体に入っていると?
アルドの中で、点と点が繋がっていく。
魂を抜く。
抜いた魂をオークに移す。
空になった勇者アルドの身体に、デモンレイアが入り込む。
つまり。
ファスタ王の前に現れた「勇者アルド」は、偽物ではない。
肉体だけなら本物。
だが中身は別人。
四天王デモンレイア。
そういうことか!
アルドは奥歯を噛みしめた。
ふざけやがって!
返せ。
今すぐ俺の身体返せ。
「それより、旨そうだな。俺っちにも分けてくれ」
メイトが、ふとテーブルの上を見る。
空気を読まないにも程がある。
こいつは本当に、今何を言ったのか分かっているのか。
俺の世界をひっくり返しておいて、飯の話か。
メイトは、テーブル上の料理を見てよだれを垂らしていた。
「こいつはお前の仲間の成れの果てだぞ。共食いするのか?」
思わず聞いた。
メイトは、心底馬鹿にした顔をする。
「はっ。お前の目は節穴か?いや、オーク穴か?」
何だ、オーク穴って。
「パラスワイバーンは俺っちだけだったろうが。なんで共食いになんだよ」
「?モンスター同士は、種族が違ったら仲間じゃないのか?一緒に暮らしていたのに」
「人間だってそうだろうが!」
メイトは当然のように言った。
「牛とか豚とか鶏とか!一緒に暮らしていても食うじゃねーか!」
「なるほど。そういう考えなのか。分かるような、分からないような」
たしかに人間も、家畜を食う。
モンスターから見れば、人間も家畜も大した違いはないのだろう。
妙に筋は通っている。
「いいからくれ。昨日から何も食ってねぇんだよ!」
メイトが催促する。
小さい身体で、ぎゃあぎゃあと喚く。
あまりにうるさいので、アルドはテーブルにあった骨付き肉を皿ごと取った。
そして、床へ置く。
メイトは、慌てて骨付き肉へかじりついた。
がぶり。
むしゃ。
がじがじ。
小さな顎で、意外なほど豪快に、骨ごと肉を食いちぎっていく。
「うめええええええ!」
メイトが叫んだ。
人間には「きゅいいいい!」と聞こえた。
「トンソク。メイトにご飯あげたの?」
「きゅいきゅい!」
メイトは狂喜乱舞していた。
いや、本当に踊っていた。
小型ドラゴン、喜びの舞。
腹立たしいが、見た目は可愛い。
「なんだこれ!なんだこれ!人間より旨いんじゃねーのか!」
「そうなのか?」
アルドは首を傾げる。
人間を食ったことはないから知らんが。
しかし、これは調味料も時間も足りない即席料理だ。
「俺の料理の足元にも及ばんけどな、ふんっ」
アルドは、自慢げに鼻を鳴らした。
「お前……」
メイトの動きが止まった。
大きな目が、きらりと輝く。
「お前これより旨いもん作れるのか!」
「ふはは!当然だ。俺の料理は、はるか上よ!」
アルドは天井を指した。
メイトは衝撃を受けた。
骨付き肉を咥えたまま、固まっている。
「俺っちは……俺っちは、井戸の中の蛙だったのか!」
いや、ワイバーンだろ。
いや、トカゲか?
そしてメイトは、急に姿勢を正した。
「アニキ!」
アルドは眉を寄せた。
「アニキ?誰だ?」
「今日からあんたは、俺っちのアニキだ!」
何か言い出した。
「俺っちはアンタについていくぜ。アニキの飯のため、いや、アニキのためなら誠心誠意働くぜ!」
怪しい。
非常に怪しい。
「見てくれよ、俺っちの純真無垢な目を!」
くりっとした目である。
確かに素直そうではある。
見た目だけなら。
なんだこいつ、突然。
調子のいい奴だな。
昨日まで魔王のために暴れまわっていたくせに、飯を食った途端これかよ。
それより問題は、今の情報をどうするかだ。
メイトは言った。
ファスタ城に現れた勇者アルドは本物。
だが、中身はデモンレイア。
これを伝えるべきか。
伝えれば、状況が変わる可能性はある。
しかし残念なことに、そうは問屋が卸さなかった。




