第九十二話「報告と、仲間入りと、あと非常食」
「ねぇねぇトンソク、大丈夫?」
リアは、床に倒れたアルドのそばへ近寄った。
つんと、丸い腹をつつく。
「トンソク?」
つんつん。
アルドは、白目をむいたまま天井を見ていた。
まったく大丈夫ではない。
何なんだ、こいつは。
パラスワイバーン。
口を開くたびに、何かしら面倒くさい情報が飛び出してくる。
聞く側の身にもなれってんだ。
アルドは、むくりと起き上がった。
「ぶひ……」
あまりいじっちゃダメな気がする。
こいつは危険物だ。
何が出てくるか分からない。
不用意にイジると爆発する危険物。
当のパラスワイバーンは、青い光の鎖に縛られたまま、くりっとした目でこちらを見ていた。
「きゅい?」
きょとんとしている。
口の汚さの割に、見た目は可愛い。
黒い鱗に小さな身体。
不釣り合いに大きな翼。
鳴き声にも、妙な愛嬌がある。
一見すれば、愛玩動物で通るかもしれない。
中身は非常に口の悪いチンピラだが。
さて、それはさておき。
問題は、得られた情報をどうするかだ。
アルドは、腕を組んだ。
こいつの話をすべて伝える必要はない。
いや、伝えてはいけない。
情報は使い方を間違えれば、毒になる。
特に、アルドの正体に繋がる話。
そこまで正直に話す義理はない。
アルドは、自分に有利になる事柄だけを厳選した。
「ぶひ」
「うん」
リアが真剣な顔で頷く。
「ぶひぶひ」
「ふんふん」
「ぶひっ」
「なるほど!」
本当に分かっているのかは不明である。
だが、リアも最近ではトンソク語の理解度が上がっている。
身振り手振りと、表情。
それから謎の勘。
そのあたりで、だいたいの意味を拾っているらしい。
アルドは、伝えた情報は。
一つ。
ガルディアスの事件は、ファスタ侵攻作戦の一部であること。
二つ。
この作戦を計画したのは、元勇者パーティのトールであること。
三つ。
元勇者パーティのカナが、この地で指揮を執っている可能性が高いこと。
とりあえず、こんなところだ。
余計なことは言わない。
「つまり……」
リアは、眉を寄せながら言った。
「悪い人がいて、その人がこの国を攻めようとしていて、その人が勇者の仲間だった人かもしれないってこと?」
「ぶひ」
まぁだいたい合っている。
驚くほど雑だが、報告としては十分だろう。
細部はジェイルが勝手に補うはず。
そういえば、王都は籠城に入ったと言っていた。
王都の籠城。
ファスタ攻略。
カナがこの地で指揮。
偶然とは思えない。
関係あり、アルドは、そう睨んでいた。
王都へ行けば、カナに会えるかもしれない。
いや、会うことになる可能性が高い。
カナ……あの裏切り者。
腐った性根を叩き直してやる。
尻の心配でもしてやがれっ!
アルドは、カナを見つけたら、尻を百回は叩いてやるつもりだった。
「それで……情報は聞けたけど、この子どうしよう?」
リアは、床に転がるパラスワイバーンを見た。
「きゅい?」
パラスワイバーンは首を傾げる。
「ぶひ」
とりあえず、テイムしたんだから仲間に加えておけ。
珍しく冷静な意見だった。
殺して食うより、今は生かしておいた方がいい。
こいつは口が軽い。
そして情報を握っている。
素直に喋るとは思えないが、カナの居場所を知っている可能性は高い。
利用できそうなものは何でも利用する。
それが勇者アルド流だ。
食べるのは後でもできる。
「うーん」
リアは珍しく悩んでいた。
普段なら、あっさり決めるところだが。
トンソクが言うならそうする。
可愛いから助ける。
何となく連れていく。
だいたいそんな感じである。
だが、今回は少し違った。
「何か、嫌な感じがするんだよねー」
意外と鋭い。
実際、このパラスワイバーンは見た目に反して、中身がろくでもない。
リアはしばらくパラスワイバーンを見つめていた。
パラスワイバーンは、可愛らしく目をぱちぱちさせている。
完全に媚びている。
反省している小動物に見えなくもない。
中身はまったく反省する素振りはないが。
「……じゃあ、仲間にしてあげる」
リアは小さく息を吐いた。
「きゅきゅーい!」
パラスワイバーンは、目を輝かせ、翼をぱたぱたさせる。
尻尾を揺らし、全身で喜びを表現している。
だが内心は、こうだった。
馬鹿な子供だぜ。
隙を見せたら、操り人形にしてやる。
そうすりゃテイムされてても関係ねぇ。
首輪に命令を出す前に、こっちが神経を乗っ取ればいいんだからな。
見てろや。
顔は可愛い。
心は汚い。
三者三様の思惑が、地下牢に交差した。
「あ、そうだ」
リアが手を打った。
「名前を付けないと」
アルドはパラスワイバーンを見た。
「お前、名前はあるのか?」
「パラスワイバーンだっつってんだろ!」
パラスワイバーンがキレていた。
「それは種族名だろうが。個別に名前はないのかよ」
「はん?そんなもんねぇよ」
「ないのか?」
「何で一体ずつ名前なんか付けるんだよ。面倒くせぇだろ!」
アルドは眉を寄せた。
おかしい。
「でも四天王のデモンレイアには名前があっただろ」
その瞬間、パラスワイバーンの目が吊り上がった。
「四天王様を呼び捨てにすんじゃねぇ!このすっとこどっこい!デモンレイア様のお名前は、魔王様が付けたんだ。人間の習慣を参考にしてな!」
アルドの目が半眼になる。
また爆弾発言である。
何なの、こいつ。
「俺らには、そんな奇妙な風習はねーつーの!」
魔王が、『人間の習慣を参考にして』、四天王に名前を付けた。
つまり、魔王は人間文化を理解し取り入れている。
何なのだ、魔王は。
こいつが喋るたびに、魔王像が変な方向へ歪んでいく。
アルドは、頭が痛くなってきた。
もういい。
名前なんて、パラスワイバーンでいいんじゃないか。
いや、長いか。
パラス。
アスパラ。
うん。
アスパラでいい。
どうでもいいだろ、こんな奴。
そう思った時だった。
「……メイト」
リアが呟いた。
アルドが、ぎょっとする。
メイト。
メイト?
いや、待て。
俺はトンソクだぞ。
元勇者であるこの俺が、トンソク。
豚足。
食材。
なのに。
こいつはメイト?
まさか、ソウルメイトとか、そういうことを言うつもりじゃないだろうな。
これだから女子供は。
ちょっと可愛いものを見ると、すーぐそういう名前を付ける。
納得いかない。
せめてテバサキだろうが。
あるいは、ニコゴリ。
いや、やっぱアスパラ。
「あなたの名前は、メイトよ」
リアは言った。
「きゅきゅーん」
パラスワイバーン――メイトは、可愛らしく鳴いた。
もちろん喜んだふりである。
あくまで油断させるため。
内心では、名前などどうでもいいと思っている。
だが、今は従順なふりをする。
対して、リアの顔は笑っていなかった。
「でもね」
静かな声だった。
「もし変なことをしたら、ただじゃおかないから」
メイトの動きが、ぴたりと止まる。
アルドも、思わずリアを見た。
なんか……怖いんですけど。
「その時は、トンソクの食事になってもらうから」
リアは、メイトをじっと見つめた。
メイトの目が見開かれる。
「あなたはトンソクの非常食。分かった?」
カロリーの方かっ!
アルドは心の中で突っ込んだ。
リア、意外と容赦がない。
メイトは、真っ青になっていた。
ドラゴンなので分かりにくいが。
たぶん、青だった。




