第九十一話「尋問と、四天聖と、あと情報過多」
冗談は、ここまで。
アルドは床で痙攣している小型ドラゴンを見下ろした。
こいつは喋る。
人間には「きゅいきゅい」としか聞こえないが、アルドには意味が分かる。
オークになったことで理解できるようになった、実にありがたく、実にありがたくない話。
ともあれ。
言葉が通じるなら、話は早い。
「尋問を始めるぜ」
アルドが低く言うと、小型ドラゴンは青い光の鎖に縛られながら、ふんと鼻を鳴らした。
「はっ。この国の侵攻を任された俺っちが、そう簡単に口を割るとでも思ってんのか?」
はい、馬鹿。
今、自分で言いやがった。
この国の侵攻、と。
つまり、作戦があったと自供している。
しかも、任された。
誰かから。
つまり命令系統がある。
こいつ、口が軽い。
羽毛より軽い。
こいつらは、これだけの規模で動いていた。
城の占拠。
モンスターの配置。
結界装置への罠。
ヴァルデマールの利用。
行き当たりばったりでできることではない。
「作戦を立案した奴がいるな?」
アルドは半分カマをかけている。
だが、半分は確信だ。
この手口は、魔王軍らしくない。
魔王は、こんな回りくどいことはしない。
相手の心理を読み、隙をつく。
性格が悪く、実に人間くさい。
「この手口は、絶対に人間だろ」
「はんっ!誰が言うかよ。オークごときが偉そうに」
言いながら、じろじろとアルドを見る。
「しかも人間にテイムされた分際で!誇り高きモンスターとして恥ずかしくねぇのか!飯にでも釣られたのか?オークだからな!人間に尻尾振ってんのがお似合いだぜ!」
失礼な奴である。
お前もテイムされただろ、とアルドは突っ込まなかった。
だが、言えば絶対に話が長くなる。
こいつはそういうタイプだ。
ちょっと突けば、数倍になって返ってくる。
だから、話を進める。
「この作戦、元勇者パーティのひとり、トールじゃないのか?」
ドラゴンの目が、ぴくりと動いた。
ほんのわずか。
普通なら見逃す。
だが、アルドは見ていた。
無明朧流。
相手の魂を読む流派。
もっとも、通常オークの姿だと刹那の時ほど精度はない。
相手の奥底まで覗くことはできない。
せいぜい、嘘が分かればいいな、くらいの気休め。
だが、それで十分だった。
知りたいことは、一つ。
仲間たちが、魔王についたのか。
その真偽だ。
アルドは、裏切られた。
そして実際に見た。
彼らがアルドを罠に嵌めて、あざ笑っていたのを。
あの瞬間は、今思い出しても腸が煮えくり返る。
業腹だ。
腹が立ちすぎて、腹が鳴るほど。
いや、それは空腹かも。
とにかく腹立たしい。
ドラゴンが首を傾げた。
「なんだ?お前、四天聖のトール様を知ってんのかよ?」
アルドの思考が止まった。
四。
何。
なんだって?
四天王の間違いか?
「俺っちが間違うかよ!馬鹿にすんな!オークとはオツムの出来が違うんだよ!」
ドラゴンは、胸を張った。
「四天聖だ、四天聖!アホ勇者から魔王様に心酔して寝返った人間だ。人間にしちゃあ、なかなか見どころがあるよな!」
アホ勇者。
誰がアホ勇者だ。
アルドの眉間にしわが寄る。
しかし、小型ドラゴンは止まらない。
「そんで、四天王様に次ぐ戦力として、魔王様から四天聖に抜擢されたってわけよ!」
ちょっと待て。
こいつ、ペラペラととんでもない情報を出しやがる。
四天聖。
元勇者パーティが魔王に心酔。
四天王に次ぐ戦力。
情報量が多い。
もしかして、こいつ……。
案外、使える奴なのでは?
アルドは、もう少し突っ込むことにした。
「それで?結局、今回の作戦指揮はトールか?」
「答えるわけねーだろ、バーカ」
急に冷静だった。
なんで冷静になんだよ。
さっきまでペラペラ喋ってたじゃねーか。
馬鹿にバカにされた。
悔しい。
だが、別に質問に答えなくても構わない。
こいつが誰の指揮で動いているかなど、今は本筋ではない。
知りたかったのは、あいつらの立ち位置だ。
魔王軍の中で、どの位置にいるのか。
それが分かったのなら、ひとまず十分。
「どうせ、こんな下っ端じゃ大したこと知らないだろうしな」
ぽろっと本心が出た。
ドラゴンの目が、ぎらりと光る。
「下っ端だぁ?俺っちを誰だと思ってやがる!」
知らんけど。
「俺っちはパラスワイバーンの中でも、もっとも抜きん出た存在だぞ!」
パラスワイバーン。
なるほど。
そういう種族名らしい。
見た目は小型ドラゴンだが、額から触手を伸ばし、神経へ干渉する。
名前の通り、運動神経や記憶にパラサイトするってわけだ。
それはともかく。
小型ドラゴン――パラスワイバーンは、声を張り上げた。
「四天聖のトール様より、直々にファスタ攻略の任を授かったんだぞ!下っ端とは何ごとだ、コノヤロー!」
やっぱりトールじゃねーかよ!
アルドは内心で叫んだ。
あの野郎。
完全に人間を裏切りやがった。
しかも、ファスタ攻略だと?
つまり、この国そのものを狙ってるってわけか。
このガルディアス城の一件は、その一端。
ただの偶発的なモンスター襲撃ではない。
人間側の防衛拠点を潰し、国を食い破るための作戦。
トールの情報網をもってすれば、人間側の弱点を突くなどお手の物だろう。
あいつは、そういう男だ。
戦いの前に地図を見る。
地図の前に人を見る。
人の前に情報を見る。
千里眼の魔導士。
直接殴り合うより、遠くから全体を見て、相手が嫌がる場所へ針を刺す。
昔からそうだった。
ふざけやがって。
「どうせ引きこもって裏で悪巧みしてんだろ。あいつ、いつもそうだ。陰険メガネめ」
その言葉に、パラスワイバーンが反応した。
「お前詳しいじゃねーか。確かにトール様は、魔王様と一緒におられるな」
魔王と一緒。
トールが魔王のそばに。
アルドの胸の奥が、じわりと熱くなる。
怒りか。
焦りか。
それとも、別の何かか。
分からない。
「じゃあ、お前はトールの直接の部下じゃないのか?偉そうなことを言っていた割に」
アルドは、わざと馬鹿にするように言った。
馬鹿にされた仕返しだ。
パラスワイバーンの顔が真っ赤になる。
黒い鱗なので分かりづらいが、たぶん真っ赤である。
「なめんな!俺っちはな、ファスタ攻略を任せられたカナ様の直属の配下だぞ!偉いんだからな!二度と馬鹿にするんじゃねぇ!」
アルドが固まった。
カナ。
今、こいつはカナと言った。
カナがファスタに来ている?
しかも攻略だと?
あのカナが。
勇者パーティの一員だった、あのカナが。
パラスワイバーンは、アルドの反応を見て、少しだけ満足そうにした。
どうだ驚いただろう。
そう言いたげである。
実際、驚いていた。
アルドは、想像以上に動揺していた。
情報量が多すぎる。
このドラゴン……爆弾発言を連発しすぎである。
アルドは、さすがに疲れてきた。
もう、うんざりだ。
勇者パーティに裏切られ、オークになり、テイムされ、ちみっこに絡まれ。
何だこれは。
いったい俺がなにしたっていうんだ。
最悪だ。
アルドは、思わず愚痴をこぼした。
「何でモンスターは人間を襲うんだよ……」
それは独り言だった。
トールやカナが魔王軍についた理由を、何となく知りたかった。
自分が裏切られただけなら、まだ私怨として理解できる。
腹は立つし殺意も湧く。
だが、分かる。
しかし、魔王につくということは違う。
人間そのものと敵対するということだ。
そこまでして魔王軍につくなら、よほどの理由があるはずだ。
そう思った。
もちろん、ドラゴンに答えを求めたわけではない。
こいつに分かるはずもない。
ただの独り言。
だったのだが。
パラスワイバーンは、あっさり答えた。
「人間は美味いからな」
沈黙。
モンスターが人間を襲う理由。
それは、果てしなくくだらなかった。
食欲。
いや、分かるよ?
生き物が生き物を食う。
自然界とはそういうものだ。
「だから魔王も軍勢を率いて人間を襲うのかよ。くだらねー」
「いや、魔王様は人間を食うのに反対してるな」
アルドは白目をむいて、そのまま倒れた。
コイツ……。
マジで情報量が多すぎる!




