第九十話「会話と、言語と、あと二体目」
ドラゴンは、目を覚ました。
まず感じたのは、痛みだった。
背中がものすごく痛い。
鈍く、重く、骨の奥に響くような痺れ。
何があった。
いや、思い出した。
奇妙な剣士に、背中をしこたま殴られたのだ。
斬られたのではない、殴られた。
剣を持っていたはずなのに。
少なくとも、あんな衝撃は、生まれて初めてだった。
ドラゴンは、首をひねって背中を確認する。
痛い、が、斬られてはいない。
翼も無事。
生きていることに、ひとまずほっとした。
それから、周囲を見る。
ここはどこだろう。
薄暗く、冷たい石の壁。
鉄格子の中には湿った空気。
記憶を辿る。
おそらく、自分が操っていた人間が負けた。
そこまでは分かる。
あの剣士、今度会ったらただではおかない。
そんなことより、この場所には見覚えがあった。
地下にある牢屋だ。
何度か通ったことがある。
捕まったのか、そう思った。
ただ、捕まったのは自分だけではなかった。
目の前に、オークがいた。
丸い腹にピンクの肌。
何とも間の抜けた顔。
その横には、人間の子供が一人。
茶髪の、ぼんやりした顔の女の子。
ドラゴンは、ぱちぱちと瞬きをした。
なんだ。
飯も用意してくれているのか。
ずいぶん親切な牢屋だ。
おや?何か、見覚えがある。
あのオークと子供。
どこで見た。
どこで?
思い出した!
いた!
殴り込みに来た連中の中に、確かにいた!
ドラゴンの目が鋭くなる。
敵だ。
こいつらは敵だ。
ならば逃げる。
ドラゴンは翼を広げた。
小さな身体に不釣り合いなほど大きな翼。
空を飛び、鉄格子の上を抜け、通路へ出る。
そして隙を見て城外へ。
完璧な逃走計画。
ドラゴンは跳んだ。
ばさっ。
べちゃ。
無様に落ちた。
床に顔から突っ込んだ。
何が起きた?
ドラゴンは翼をばたつかせる。
だが、身体が上がらない。
よく見ると、青い光の鎖が巻きついていた。
城内のモンスターを封じる青き光。
その効果は、この小型ドラゴンにも及んでいた。
「きゅいっ……!」
ドラゴンは唸った。
「うーん」
リアは腕を組んで悩んでいた。
真剣な顔。
「情報を聞けって言われてもなぁ、どうすればいいの?」
リアは、ちらりとアルドを見る。
「トンソクの言葉は、だいぶ分かるようになってきたけど」
「ぶひ」
「でも、身振り手振りに助けられてるところもあるからなー」
リアは、床でじたばたしているドラゴンを見る。
ドラゴンは、ギロリと睨み返した。
だが小さすぎ、迫力不足。
正直、少し可愛い。
「トンソクは、どうすればいいと思う?」
「ぶひっ」
「そんな冷たいこと言わないで」
「ぶひぶひ」
アルドは、前足……もとい、手を動かした。
「えっ、手足を一本ずつちぎるの?」
ドラゴンは動けないはずなのに、全力で後ずさった。
目が見開かれている。
明らかに怯えていた。
おや?今の反応。
「なんだこいつ。人間の言葉が分かるみてーな反応するな」
すると、ドラゴンの口を開いた。
「俺っちの種族は優秀だからなっ!」
今度は、アルドが全力で後ずさった。
こちらも、なかなかの勢いだった。
ドラゴンが喋った。
喋りやがった。
小型ドラゴンは、そんなアルドを見て鼻を鳴らす。
「驚くのも無理はねぇ。俺っちみたいな希少種、オークごときが、そうそうお目にかかれるもんじゃねー」
違う。
そこじゃない。
お前もしかして。
「俺の言葉が分かるのか?」
「オメーだって、俺っちの言葉が分かってるだろうがっ!」
ドラゴンが怒鳴る。
いや、怒鳴ったつもりなのだろう。
声は「きゅいきゅい」と可愛い。
だが、アルドにははっきりと言葉として聞こえていた。
アルドは、ゆっくりとリアを見る。
もしかしてリアにも聞こえているのだろうか。
そんな顔で様子をうかがう。
リアは、首を傾げていた。
「ねートンソク。もしかして、そのドラゴンと喋れるの?」
どうやら、理解できていない。
リアには、アルドとドラゴンの会話がこう聞こえている。
「ぶひぶひ」
「きゅいきゅい」
「ぶひっ」
「きゅきゅーん」
無茶苦茶である。
いや、絵面だけなら面白いかもしれない。
アルドは、そこでようやく気づいた。
そういえば、一定以上の知能を有するモンスターは、鳴き声でコミュニケーションを図る。
魔物学の初歩だ。
知性ある上位種。
彼らは、単なる鳴き声ではなく、意味のある音を交わす。
人間には、ただの鳴き声にしか聞こえない。
だが、同族や近いレベルのモンスター同士では、それが言葉として通じることがある。
つまり。
アルドはオークになったことで、モンスターの言葉が分かるようになっていたのだ。
「ぶったまげたぜ……」
「たまげたのはこっちだっつーの」
ドラゴンが言った。
「モンスターのくせに人間の味方しやがって。オークの風上にも、いや、魔王軍の風上にも置けねーやつだ」
アルドは眉をぴくりと動かす。
なんだこいつ。
初対面のくせに、やたらと馴れ馴れしーな。
自分の事は、いつもの棚に上げておく。
「でも、仕方ねーよな」
何がだ?
「オメー、テイムされてんだろ?」
アルドの眉間にしわが寄る。
そしてドラゴンは、勝手に語り始めた。
「分かるぜ。その哀れさ。テイムモンスターってのはよぉ、どいつもこいつも命令があれば従わなきゃなんね。飯は出されるかもしれねぇが。寝床も用意されてるだろ。でもな、使い捨ての道具だぞ」
やけに語る。
「自分の意志は踏みにじられ。首輪で繋がれて。主がアホでも従わなきゃならねぇ。気分次第で殺される。下手すりゃ生きたままアイテムにされるって話だ」
コイツやけに詳しいな。
「おまけに人間ってやつは、すぐ言うんだ。かわいいー、とか。いい子ー、とか。ペット扱い。だがしかかーし、あいつら生き物に責任をもたねぇ。飽きたらポイッ。それが世の常。俺っちならテイムされる前に死ぬね!モンスターってのは誇り高いんだ。俺っちの種族は特にな!」
どんどん出てくる。
このドラゴン物知りだった。
そして、非常におしゃべりだった。
アルドは、無言でドラゴンを指さした。
「ん?」
ドラゴンは首を傾げる。
それから、自分の身体を確認した。
胴。
翼。
足。
首。
そして首。
首、首、首。
「……ん?」
そこにあった。
首輪が。
見覚えのある、忌まわしき輪。
テイムの証。
ドラゴンの目が点になる。
「は?」
アルドは黙って見ていた。
「はあああああああああああああああああああ!?」
ドラゴンが叫んだ。
人間には「きゅいーーー」としか聞こえない。
かなり可愛い。
「なんだこれ!なんで俺っちに首輪がついてんだ!どこのどいつだ!どこのどいつが、こんなひでぇことをしやがった!」
アルドは、すっと顎をしゃくった。
視線の先はリア。
ドラゴンの目が、リアへ向いた。
「お前かあぁーーー!」
ドラゴンは飛びかかろうとした。
もちろん、ほとんど動けない。
それでも、気合だけで前へ出ようとする。
その瞬間、首輪が光った。
電撃のような痛みが走る。
「きゅぎゃっ!?」
ドラゴンは、死にかけの虫のようにひっくり返った。
手足をぴくぴくさせる。
リアは、慌てて両手を振った。
「えっ、えっ!?何!?私、何もしてないよ!?」
アルドは、深く頷いた。
分かる。
よく分かるぞ。
それ痛いよな。
主への敵意。
反抗。
命令違反。
そのあたりに反応する、実に優秀な首輪である。
ドラゴンは床で痙攣しながら、か細い声を漏らした。
「きゅ……きゅい……」
(た……助け……)
やれやれ騒がしいやつだ。
そして、哀れな二体目だ。




