第八十九話「奪還と、涙と、あと通訳係」
青き光が、ガルディアス城を包み込んでいく。
床を走り、壁を伝い、柱を駆け上がり、天井を越え。
廊下へ。
階段へ。
城壁へ。
その光は、清浄なる鎖のように、城内のモンスターたちへ絡みついた。
獣たちがもがく。
だが、立ち上がれない。
それどころか、鳴き声を上げることすら叶わない。
青い光は、殺すほどの威力はない。
それでも、モンスターにとっては十分すぎるほど致命的だった。
動けない獣など、もはや獣ではない。
ただの肉。
入口を守っていた兵士たちは、そこまでよく耐えた。
全員が、どこかしら怪我をしていた。
重傷者もいる。
しかし、信じられないことに、誰も死んでいなかった。
青い光の中、兵士たちは互いの顔を見た。
生きている。
みんな生き残っている。
「……やった、のか?」
誰かが呟いた。
次の瞬間、勝鬨が上がった。
「うおおおおおおおっ!」
「やったぞ!」
「生きてる!」
「勝ったぞーーー!」
怒号のような歓声。
倒れ込む者。
肩を叩き合う者。
武器を掲げる者。
みな一様に、全身で喜びを表現する。
そして、誰かが言った。
「おい、まだ終わってねぇぞ」
青い光に囚われたモンスターたちが、そこかしこに転がっている。
ならば。
「ここからは掃討作戦だな」
また誰かが言った。
「いや、狩りだろ」
「違うな」
さらに別の兵士が、にやりと笑った。
「収穫祭だ!」
その言葉に、周囲の目がぎらりと光った。
もはや彼らの目に、モンスターは恐怖の象徴として映っていなかった。
特上肉。
それである。
昨日の宴会を思い出す。
脂。
香り。
旨味。
腹いっぱい食ったあの幸福。
そして、目の前に転がる動けないモンスター。
これは、戦後処理ではない。
宴会準備だ。
「一体も残すなよ!」
「解体できる奴は準備しとけ!」
「調理器具を確保だ!調味料もな!」
もはや緊張感が違う方向へ振り切っていた。
兵士たちは、次々にモンスターを仕留めていく。
一体、また一体と。
城外にもモンスターはいた。
だが、そちらはさらに混乱していた。
統率者を失い、同時に城内から青い光が噴き出した。
何が起きたのか分からない。
意味が分からない。
恐怖は伝染する。
モンスターとて、それは同じだ。
知能が低い分、余計に恐怖心が勝った。
一体が逃げた。
次に、二体目。
そこからは総崩れ。
城外のモンスターたちは、一斉に逃げ出した。
もはや勝敗は決した。
ここに、ガルディアス城の奪還作戦は成ったのだ。
一部の兵士たちが、謁見室へ飛び込む。
元ガルディアス正規兵たち。
かつて、ヴァルデマールの下で城を守っていた者たち。
そして、セレスティアを守るために戦い続けていた者たち。
「セレスティア様!ご無事ですか!」
息を切らしながら駆け込んだ兵士たちは、そこで足を止めた。
セレスティアがいた。
横たわるヴァルデマールを介抱している。
兵士たちの手が、一瞬、武器へ伸びた。
ヴァルデマールがセレスティアを襲うかもしれない、そう思った。
あの日の悪夢。
狂った城主。
逃げろと叫びながら人を斬った剣豪。
その姿が、彼らの脳裏に焼き付いている。
だから、身構えた。
しかし、次の瞬間、彼らはすべてを察した。
セレスティアが泣いていた。
ヴァルデマールの手を、両手で握っている。
安堵した顔で。
兵士たちは、武器から手を離した。
「……城主様」
誰かが、震える声で呟いた。
ヴァルデマールは、ゆっくりと彼らを見る。
まだ顔色は悪い。
身体は全く動かない。
だが、その目は穏やかだった。
狂気など……どこにもない。
かつて彼らが愛した、ガルディアスの領主の目だった。
「皆……よくぞ……生きていてくれた」
ヴァルデマールの声は掠れていた。
それだけで兵士たちは泣いた。
元正規兵たちが、次々と膝をつく。
「城主様……!」
「よくぞご無事で……!」
「我らは……我らは……!」
言葉にならない。
半年前の悲劇。
領主の反乱。
モンスターの襲撃。
裏切られたと思った者もいた。
信じたかった者もいた。
信じたくても、斬られた仲間を見て、信じられなくなった者もいた。
それでも、どこかで信じていた。
ヴァルデマールが狂ったはずがない。
あの人が、民を裏切るわけがない。
逃げろと叫んでいた。
助けようとしていた。
そう信じたかった。
そして今、生きて再会できた。
やはりヴァルデマールは狂ってなどいなかった。
操られていたのだ。
セレスティアは、そう説明した。
背中に張り付いていた、寄生型のドラゴン。
神経を操られ、身体を乗っ取られていたこと。
父の意識はずっと残っていたこと。
逃げろと叫んでいたのは、本心だったこと。
話を聞くたび、兵士たちの顔が歪んだ。
悲しみ。
怒り。
後悔。
そして、救い。
彼らは本当に、ヴァルデマールを慕っていたのだ。
その涙が、何よりそれを物語っていた。
一方、その少し離れた場所で、トンソクは床に転がる小型ドラゴンを見ていた。
黒い鱗。
細い胴。
やたら大きな翼。
新種だ。
かなり小さいが、新種である。
食わない手はない。
アルドの目が光る。
しかし、問題もある。
小さい。
猫より少し大きい程度。
羽ばかり大きく、胴は小さい。
食うところはあるのか?
いや、翼膜なら使い道があるかもしれん。
干せば出汁が取れるか。
ならスープ?
レベルアップすんのか?
まあいい。
とりあえず、〆よう。
アルドは万能包丁を小型ドラゴンへ向けた。
その時だった。
「待ってくれないか」
声をかけたのは、ヴァルデマールだった。
場の空気が変わる。
「そのドラゴンを殺すのは、待ってほしい」
なんだ?
ずっと背中に背負っていたから、親になった気分なのか?
その娘で我慢しとけよ。
セレスティアは、驚いた顔で父を見る。
「なぜですか、お父様!それがお父様を操っていたというのに!」
その声には、抑えきれない怒りがあった。
セレスティアの手が震える。
「我らの……苦しみの元凶だったというのに!」
その言葉に、兵士たちの目にも憎しみの炎が灯った。
そうか。
この小さな竜が。
ヴァルデマールを操り、城を奪い、仲間を殺し。
あの地獄のような苦しみを生んだ……敵。
殺すべきだ。
今すぐにでも。
細切れにして。
それでも足りない。
だが、ヴァルデマールは静かに首を振った。
「よく聞くのだ」
掠れた声だった。
しかし、その響きには領主としての威厳が戻りつつあった。
「繋がっていた間……奴の意識も、こちらへ流れ込んでいたのだ」
「意識が?」
ジェイルが反応する。
「私の記憶が読まれていたように、私もまた、断片的に奴の中を見た。そして、そこで見たものは……このドラゴンに命令を下している人間の姿だった」
謁見室が静まり返った。
「人間……?」
セレスティアが呟く。
兵士たちも息を呑む。
モンスターが勝手にやったのではない。
このドラゴンを操り、ヴァルデマールを乗っ取らせ、ガルディアス城を陥落させた者がいる。
しかも人間。
「その者は誰なのですか?」
セレスティアが問いかける。
「はっきりとは見えぬ」
ヴァルデマールは悔しげに言う。
「だが、影は見た。声も断片的に。もしこのドラゴンを調べることができれば、正体を掴めるかもしれぬ」
「黒幕が……いる」
「うむ、その可能性は高い」
ヴァルデマールは頷く。
アルドは、小型ドラゴンを見下ろしていた。
ちらりと、嫌な予感が胸をよぎる。
装置を壊すのではなく、起動者を狙撃する罠を置いた。
城でモンスターを暴れさせるのではなく、必要な拠点として機能させた。
最後の最後まで、相手の心理の先を読んだような性格の悪い作戦。
アルドは、そういうやり口に覚えがあった。
断定はできない。
だが、気になる。
かなり気になる。
「ですが……」
セレスティアが、小型ドラゴンを見る。
「モンスターから情報を得るなど、どうすればいいのでしょうか」
当然の疑問だった。
人間を操るような寄生竜。
普通のモンスターとは違い、知性があるのかもしれない。
だが、言葉が通じる保証などない。
「モンスターの言葉が分かる者でもいればよいのですが……」
そう言って。
セレスティアは、思わずリアを見た。
つられて、ジェイルもリアを見る。
兵士たちも。
ヴァルデマールも見る。
そして、アルドも。
柱の近くで、話について行けていなかったリアは、ぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
全員の視線が集まる中、リアは自分を指さした。
「えー、私ですかー!?」




