第九話「パンと、ボアと、あと斥候(後)」
村への帰り道は険しい道だった。
ボアタスクを引きずりながら歩く。
大人二人で運ばなければならないほど重い。
が、オークの腕力なら関係なかった。
ましてや、それがゴチソウとなるなら、こんな苦労は屁でもない。
リアはまたしゃべり続けていた。
「トンソクってさ、動きが全然オークじゃないよね。なんか、すごくかっこよかった。まるで騎士様みたい。お父さんもびっくりしてたよ」
当然だ。
これでも三つの剣術流派を習得してるからな。
しかも皆伝の腕前。
すごいぞ!俺!
さすが勇者だ!フゴ!
「ねえ、レベルってどれくらいあるの?テイムした感じだと、そんなに高くないと思うんだけど。進化するのかな?」
レベル6だ。
確かに高くない。
進化か……。
確かにモンスターは進化するし、オークにだって山ほど種類がいる。
俺もいずれ何かになるのだろうか。
だけど、どれも微妙なんだよなー。
どいつもこいつも似た性能だし。
そういえば、マリーンオークなんてのもいたな。
水中でしか呼吸が出来ないのに、獲物を見つけると陸に上がってくるやつ。
おとりの餌をぶら下げてたら、朝には死骸がいっぱい打ちあがってた。
本当に食欲以外に脳はないのか?
父親は無言で歩いていた。
だが時々、横目でアルドを見る。
評価が変わりつつあるのが、匂いでわかった。
人間は感情が匂いでわかる。
意外と便利だ。
(ふむ、オークも意外と便利なのかもな)
やっと村が見えてきた。
そのとき——
血の匂いだ。
それから、獣の体臭。
飢えた肉食獣の、鋭い匂い。
悲鳴が聞こえた。
反射的にアルドは走った。
ボアタスクを放り投げ、村まで一気に駆けた。
リアと父親もついてくる。
これは——
シャドウキャットだ!
三体もいやがる。
黒い体毛。
低く構えた姿勢。
光る目。
村人が農具を持って応戦しているが、まるで歯が立たない。
シャドウキャットは素早いモンスターだ。
素人集団でどうこう出来る相手じゃない。
老人が転び、女が子どもを抱えて逃げていた。
若い男が必死に鉈を振っているが、空を切るだけだ。
「トンソク!お願い!みんなを助けて!」
後ろからリアの声がした。
任せとけ!
アルドはすでに走り出していた。
シャドウキャットが村人に飛びかかろうとした瞬間、アルドが割り込んだ。
アルドの行動を察知し、瞬時に向きを変えた。
速い。
だが嗅覚が、次の動きを教えてくれる。
右か!
体を半身にし、牙から逃れようとするも肩をかすめられた。
しかし、それはワザと。
すれ違いざまに剣で横っ腹を切り裂いている。
シャドウキャットが地面を転がった。
二体目が背後から来た。
匂いで丸わかりだぜ!
位置もタイミングもな!
振り向かずに剣を後ろに向ける。
手応えがあり。
的確に心臓を貫く。
三体目が間合いを取った。
仲間がやられたのを見て、慎重になっているようだ。
アルドは正面を向いた。
剣を正眼に構える。
シャドウキャットと目が合い、手の内を探り合う。
その間約三秒。
シャドウキャットが踵を返し、走って逃げていった。
アルドのスキの無さを見抜き、勝てないと判断したのだろう。
戦う前から勝負はついていた。
まさに、あっという間の出来事だった。
---
村に静寂が戻った。
誰もがアルドを見ていた。
言葉が出なかった。
最初に声を上げたのは、転んでいた老人だ。
「リア……お前のオークが、助けてくれたぞ。助かった」
どよめきが一気に広がる。
「リアすごい!」
「大したもんだ!」
「料理もできるって言ってたしな!」
「リア、見直したぞ!」
村人たちがリアに集まっていく。
リアが照れながら、でも嬉しそうに笑っていた。
賞賛は全部リアに向いていた。
あれ?
戦ったのは俺のはずだが?
リアは何もしていないだろうが!
お前たちの顔についている二つの穴は何だ?洞穴か?ダンジョンか?迷宮なのか?
まあいい。
アルドは剣の血を払いながら、今しがた逃げていったシャドウキャットの方角を見た。
表情が、締まった。
ゆるゆるのブタの表情が。
おかしい。
シャドウキャットは単独行動の種族だ。
縄張り意識が強く、基本的に群れない。
おまけに夜行性。
それが三体で、真昼間に村を襲った。
これは自然な行動じゃない。
何か事情があったか。
あるいは——
(ゴブリンが使ったな)
ゴブリンはこういう手段を用いる。
自分たちより弱いモンスターを追い込んで、別の場所に向かわせる。
目的地は、狙いをつけた村。
意図は二つ。
一つは村の防衛力を測ること。
あとは、単純に戦力を削ぐこと。
(……本格的な襲撃が近い!)
アルドは村全体を見回した。
人口二百人。
まともに戦える人間は、およそ半数以下。
防壁もない。
武器もほぼない。
ゴブリンの群れが本気を出したら、この村では耐えられないだろう。
全滅もありえる。
(さて、どうするかな)
村人の笑い声が聞こえた。
リアが何か言って、周りが笑っていた。
幸せそうだ。
だが、きっとどこかで、ゴブリンが動いているはずだ。
対策を練る必要がある。




