第十話「ローストと、落とし穴と、あと泥棒」
ボアタスクを調理場に運ぶ。
無駄にでかいな。
でも食いではありそうだ。
うっしっし。
作業台に乗り切らないので、とりあえず床に置いた。
まずは状態を確認する。
傷口は頸動脈一箇所。
血はほぼ抜けている。
肉質は申し分なし。
(さて、どう料理するかだな。ここはサクッと食いたいところだ。あとでやることも多いしな)
アルドは棚を確認した。
塩。香草。スパイス。そして油。
油か。
アルドは油の瓶を手に取った。
重い。
思ったより量がある。
リアが調理場の入り口から覗いていた。
「油使うの?結構あるでしょ。うちの村、油だけは豊富なんだよねー。使うなら気を付けてね」
フゴ。
田舎の農村が生意気な。
「牛がいるから。牛の脂から油を作れるの。特産品の乳製品と一緒に都市に卸してるんだよ。だから油だけは余るくらいあって」
(なるほど。それでこいつは油を売っているのか。働け)
しかし辺境ならではだ。
乳製品が特産なら、油の副産物も多い。
この村では油が贅沢品ではない。
これは使える。
アルドの頭の中で、料理の構想が固まった。
ボアタスクをまるごとローストする。
表面だけを高温の油で炙って、中は生のまま残す。
ローストビーフのように、断面が赤みを帯びた状態に仕上げる。
大型の肉はこれがうまい。
火を通しすぎると肉が締まって旨味が逃げる。
しかし、表面だけ香ばしく仕上げて、中の肉汁を閉じ込めると……。
アルドは作業を始めた。
まず全体に塩を擦り込む。
粗い塩を、ムラなく。
関節の隙間にも丁寧に。
香草を刻んで塩と混ぜたものを、表面全体に貼り付ける。
大きな鉄鍋に油をたっぷり注いで、火にかけた。
薪を多めにくべ、温度を一気に上げる。
油が煙を上げ始めた。
頃合いだ。
ボアタスクに鉄串を刺して、熱した油を表面に何度もかけた。
ジュ、という音が連続する。
途端に、調理場が煙と香りで満たされた。
焦がした香草の香り。
脂が焼ける甘い煙。
塩が肉の旨味を引き出す複雑な匂い。
(これは、いい)
表面がきつね色から、徐々に濃い褐色に変わっていく。
裏返し、また油をかける。
全面を均等に仕上げる。
リアが鼻をひくひくさせながら、入り口から半身を乗り出していた。
「なんか……すごくいい匂い……」
関係ない。
これは俺の飯だ。
お前はモンスター食わんだろうが。
表面が均一に仕上がった。
アルドは剣で断面を確認した。
表面の褐色の層。
その内側に薄いピンク色の層。
中心部は鮮やかな赤みを帯びている。
(完璧!)
一切れ切り取って口に入れた。
肉が溶ける。
止まれなかった。
表面の香ばしさが最初に来て、次に肉汁が溢れ出して。
噛むたびに、閉じ込められた旨味が解放されていく。
ボアタスクの脂は甘く、肉の繊維は弾力があって、噛み応えが心地よい。
塩と香草が全体を引き締めて、後味が長く続く。
(うまい!!!)
これだ。
これが食いたかった。
身体の内側で、何かが弾けた。
ステータスを確認する。
レベル7。
(上がったぜ!ボアタスクは初めてだったからな)
全能力がまた上昇している。
アルドは満足しながら、残りをすべて平らげた。
---
食べ終わった。
満足だ。
さすがに腹がはちきれそうだぜ!
だが、次の飯の準備がある。
アルドは大鍋を取り出した。
調理場の隅に置いてあった、家族全員分の食事が作れそうな大きな鍋。
シャドウキャットの解体を始めた。
逃げた一体を除いて、二体仕留めている。
それぞれの骨を外して、肉を切り分けていく。
そこへ父親が戻ってきた。
罠にかかっていた小型モンスターを持っている。
今日の収穫だ。
三体ほど。
すでに必要素材は取り出した後のようだ。
アルドがすっと手を伸ばした。
「……なんだ?欲しいのか?」
父親が渋い顔をしながらも、渡してくれた。
それも解体して、鍋に入れた。
次に野菜だ。
調理場の棚に、干からびかけたクズ野菜があった。
根菜の切れ端、しなびた葉物、固くなった玉ねぎ。
使えるものを全部鍋に入れた。
水をたっぷり注いで、火にかける。
煮えてきたら、アクを丁寧にすくう。
塩を加えて、スパイスをひとつまみ。
香草を束にして鍋に沈めた。
あとはとろ火でじっくり煮込む。
時間をかければかけるほどうまくなるんだな、これが。
リアがまだ覗いていた。
アルドはリアを見た。
そうだ、こいつを使おう。
鍋を指差した。
次に目を細めてじっと見つめる真似をする。
それからリアを指差した。
「見ててってこと?」
頷いた。
弱火で、じっくりだ。
それだけ守ってくれればいい。
俺がいない間、ちゃんと見てるんだぞ?
アルドはリアに調理を任せて、調理場を出ていく。
---
そして向かった先は、今朝シャドウキャットが村を襲ってきた方角。
村の東側。
森との境目あたり。
(来るとしたらここだな……)
アルドは周囲を見回す。
森の木々が密集している。
視界が悪い。
複数の方向から同時に攻めるには、ここが適しているはずだ。
ゴブリンが本格的に村を攻め落とすなら、おそらくここを通る。
決めた。
まず穴だ。
アルドは近くの家に向かった。
誰もいない。
農具が立てかけてある。
(悪いな、使わせてもらうぞ。村を守るためだ、文句はないだろ?)
スコップを持ち去り、穴を掘り始めた。
オークの腕力は伊達ではない。
人間なら数日がかりの作業が、短時間でどんどん進んでいく。
縦十メートル、横十メートル、深さ二メートル。
いやーいい汗をかいた。
オークは汗をかくのかって?
気持ちの問題だ、気持ちの。
穴が完成。
次に近くの細い木を何本か折った。
端を剣で削って、先端を尖らせる。
出来た。
簡易的な槍だ。
それを穴の底に突き立てた。
落ちたら、ただでは済まないだろう。
次に蓋。
近くの家から大きな板を二枚、これも拝借。
(後で請求されても俺は払えないがな。テイムモンスターの不始末はテイマーの不始末。文句は俺をテイムしたリアに言うんだな、がはは)
板を穴の上に被せ、その上に土を均等にかけ、自然に見えるように。
仕上げに落ち葉を散らした。
完璧。
誰がどう見てもただの道。
アルドは穴の中央に立って、慎重に蓋の強度を確認した。
次に思い切って、ジャンプ。
落ちなかった。
(よっしゃ!)
オークが乗っても大丈夫っと。
ゴブリンは集団で走ってくるからな。
先頭だけ落ちても意味はない。
狙うなら一網打尽。
最後に、穴から少し離れた場所に大岩を転がして置いた。
これを目印して……と。
アルドは満足げに腕を組んで地面を眺める。
そして、上機嫌で村に帰っていった。
---
調理場に戻る。
かなり時間がかかってしまった。
だが次の食事には丁度いい。
晩飯が旨く食えそうだ。
煮込みが終わったのか、いい匂いが漂っている。
肉と野菜の旨味が溶け出した、濃厚なスープの匂い。
腹が鳴る。
調理場の扉を開けると……。
リア一家が一斉に振り向いた。
そして。
三人同時に逃げ出した。
なんだなんだ?
今更俺を見て驚くとか。
忘れっぽいにもほどがあるだろうが、おい!
いや、違う!
嫌な予感がして、鍋をのぞき込む。
やられた。
半分に減っていた。
煮込みすぎて蒸発したんじゃない。
アルドは鍋の縁を指で拭ってなめた。
間違いない。
食いやがった。
この食いしん坊一家が!
(なんて卑しいやつらだ!)
油断していた。
この世界の常識では、人間はモンスターを食べない。
理由は単純。
モンスターは人間を食べるからだ。
人間を食べている生き物を、自分たちの血肉にする。
本能的タブー。
だからモンスターは食べない。
それが常識。
しかし。
連日のアルドの料理が、その常識の枷を少しずつ削っていた。
昨日のソテー。
今日の周囲に漂う煮込みの匂い。
我慢できなかったのだろう。
くそっ油断したぜ。俺としたことが。
まったく。
人の飯を勝手に食うな。
しかし首輪がある以上、リア一家に強く出ることもできない。
とりあえずフゴフゴと不満を表明しながら、椅子に座った。
残りを食べるか。
大きめの皿に煮込みをよそった。
一口、啜る。
ありえないほど、うまかった。
長時間煮込んだことで、肉が骨からほろりと外れるほど柔らかくなっていた。
シャドウキャットの肉は淡白で、長時間の煮込みに向いていた。
野菜の甘みと溶け合って、スープ全体が丸い旨味になっている。
香草が奥に清涼感を作っていて、後味が爽やかだ。
クズ野菜を侮るなかれ。
煮込めば、煮込むほど旨味に変わる。
(これが一番うまいかもしれん)
レベルアップはボアタスクで一回だったが、今回はどうか。
身体の内側で、何かが弾けた。
二回。
ステータスを確認するとレベル9。
一気に二つ上がった。
(シャドウキャットと、小型モンスター。どちらも新種だったからな)
アルドは空になった鍋を見た。
半分食べられたことに、まだ少し腹が立つ。
廊下の向こうから、こそこそと気配がする。
三人が壁の陰から顔だけ出してこちらを見ていた。
「……おいしかったわ」
母親が小さな声で言った。
「トンソク料理上手なのね。ご馳走様」
リアが続けた。
父親は無言で、少し頭を下げた。
アルドはフゴ、と一つ鳴いた。
そして立ち上がって、鍋を洗い始めた。
後片付けまで、一人でやる羽目になるとは。
とほほ。
オークはつらいぜ。




