第八話「パンと、ボアと、あと斥候(前)」
朝食はパンだった。
リアが小屋まで持ってきてくれた。
黒パンだ。
丸くて、固くて、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
例の、村のパンだ。
リアが言ってたな、アゴが痛くなるって。
そんなもん持ってくるな。
アルドは一口かじった。
固かった。
岩ではないが、岩に近い何かだった。
噛むたびにガツンと衝撃が走る。
味は悪くない。
悪くないが、固い。
しかも少ない。
人間の顔程度の大きさのパンが、一個。
それだけだ。
人間なら十分な量だろうが、今のアルドにとっては無きに等しい。
アルドはパンを三口で食べ終えた。
跡形もなく。
足りねーぞ、おい!
テイムしたモンスターの面倒をみるのがテイマーの役目だろう?
このままでは死ぬ。
大げさではなく、そう感じた。
アルドが牛小屋の入り口から外を眺めると、ちょうど父親が家から出てきた。
背に手斧。
腰に小さなナイフ。
手には革袋。
狩りだ。
間違いなく狩りに行く格好だ。
ついていくしかねー。
決めた。
自分の食料は自分で確保する。
リアのどんぐりやパンでは追いつかない。
父親の後をついていって、何かしら獲物を確保しなければ。
問題は、その意思を伝える手段がないことだ。
「トンソク、どうしたの?」
アルドは立ち上がった。
そして、森の方向を指差した。
「え? なに?」
次に父親を指差した。
「お父さん?」
次に自分を指差した。
「トンソク?」
頷いた。
「トンソクがお父さん?」
違う。
アルドは首を振った。
もう一度、森を指差した。
それから歩く真似をした。
「散歩したいの?」
違う。
アルドは口を動かした。
食べる真似をした。
「お腹空いてるの?」
頷いた。
「じゃあパン持ってくる。3日前のパンだけど大丈夫かな?」
首を全力で振った。
リアが首をかしげた。
「パン、嫌なの?」
そりゃあ嫌だろう。
3日前のパン、道理で硬いわけだ。
廃棄するやつを持ってきてたのか、こいつ。
そんな事よりも。
アルドはありとあらゆるジェスチャーを駆使して、意思を伝えようと頑張る。
ここが正念場だ。
「えーと……」
リアが考えた。
「森で、食べて、歩いて、お父さん、トンソク?」
頷いた。
「森でお父さんを食べたいってこと?」
アルドは崩れ落ちた。
「うそうそ。お父さんと一緒に森に行って、獲物を獲りたいってことでしょ?」
わかってやがったのか!
お茶目な奴だ。
いずれ思い知らせてやろう。
「わかった、聞いてみる!」
リアが父親のところへ走っていった。
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父親の反応は渋かった。
「オークを連れていけって?」
「トンソク、絶対役に立つから!」
「邪魔になるだろ、どう考えても」
「ならないよ!昨日の料理見たでしょ!頭いいんだよトンソク!さっきも自分から狩りに行きたいっていったんだよ?」
「オークが?」
父親がアルドをじっと見た。
アルドは腕を組んで偉そうに立っていた。
父親がため息をついた。
「……はぁ……好きにしろ」
諦めたようだ。
三人で森に向かった。
父親が先頭を歩く。
リアがその後ろ。
アルドが最後尾。
森に入ると、父親が慣れた足取りで進んでいく。
道なき道を、迷いなく。
この森をよく知っているのだろう。
リアは歩きながら、せっせと木の実を拾っていた。
どんぐりだ。
アルドは渋い顔をする。
昨日のあのエグみが、口の中に蘇ってきた。
(生どんぐりはマジでやめてくれ。自分の飯はちゃんと自分で確保するから)
ふと、父親が立ち止まった。
茂みの中に、細い縄が張ってある。
罠だ。
中に小型のモンスターがかかっていた。
茶色い毛並みの小動物型モンスター。
父親がナイフで獲物を仕留め、革袋に入れた。
次の罠へ向かう。
アルドは横目で見ながら、抜け目なく分析していた。
(罠の精度は悪くない。だが戦いは素人だ。仕留め方が雑。ナイフの使い方にも無駄がありすぎる。これは戦闘経験がほとんどない人間の動きだな)
おそらく、罠にかかった相手しか倒せないだろう。
三つ目の罠を確認したときだった。
匂いが変わった。
獣の匂いだ。
それも割と大型の。
(何かいるな!)
アルドは足を止めると茂みが揺れた。
どすん、という地響き。
ボアタスクだ!
森の中では珍しい。
肩まで届く体高。
灰色の剛毛に覆われた巨体。
額から二本の湾曲した牙が突き出ている。
小さな目が、こちらを的確に捉えていた。
父親が反射的にリアの前に出て、手斧を構える。
(素人が戦おうとするなよ。余計に危ないぞ)
アルドはモンスターを見ていた。
ボアタスクが地面を掻く。
突進の予備動作だ。
アルドには全部見えている。
しかし父親はそれが分からないのか、位置取りが悪い。
あれでは突進を避けられないし、受け止められない。
命にかかわるぞ。
だがアルドは動かなかった。
獲物を逃がしてはいけない。
仕留めるなら一撃で。
絶対のタイミングを計る。
ボアタスクが突進。
娘を守ろうと、父親が無茶苦茶に斧を振るう。
「うわぁあああ!来るなぁあああ!」
届くはずもなく、威嚇にすらならない。
「トンソク!!たすけてぇ!!」
ボアタスクの角が父親に当たる直前——
リアが叫んだ。
アルドが動く。
一足で間合いに入った。
同時に抜刀。
ボアタスクの首筋、剛毛の隙間。
狙うならそこだ!
刃が頸動脈を貫き、ボアタスクが地面に倒れた。
轟音とともに地面が揺れた。
ボアタスクは血を吹き出しながら痙攣している。
父親はぽかんと口を開けながら、呆然と立ち尽くす。
父親がアルドを見る目つきが違う。
さっきまでの「オークを連れてきて面倒くさい」という感じではない。
純粋な、畏怖の目だ。
「……トンソク……お前」
(でかい。これは食べ応えがあるぞ!)
アルドには親父の視線がどうあるかなんぞ関係ない。
食いでのある獲物を前に上機嫌だった。
アルドはボアタスクの足をつかみ引きずって歩き始めた。
村まで持って帰って調理しよう。
さて、何を作ろうか。
ここまで活きがいいと生食もありだろう。
前に食った時は馬だったが、あれはうまかった。
なんてな、がはは!
父親がリアに耳打ちした。
「あのオーク、ただのオークじゃないぞ。なんなんだアレは……」
「だから言ったじゃない。私が見つけたモンスターなんだから当然よ!」
リアは自分のことのように胸を張った。




