第八十一話「入口封鎖と、三対三と、あと悪い顔」
謁見室は、もはやぎゅうぎゅう詰めだった。
人。
人。
人。
むりむりっと人を吐き出し終えたオーク。
アルドは、ガルディアス砦の戦える戦力をすべて連れて来ていたのだ。
総勢二百八十三名。
正規兵も民間兵も、関係なし。
誰も彼も、まとめて敵地の最奥に放り込まれた。
状況だけ見れば無茶苦茶。
なぜなら、強者相手に、数は有利になりえないからだ。
一度に戦える人数など限られている。
多くて三人。
下手に詰め寄れば、味方同士で邪魔をする。
剣を振る空間がない。
導線がぶつかる。
倒れた者が邪魔になる。
三百人いても、一度に戦えるのが三人なら、三人が百回ぶつかるだけ。
相手が確実に疲労するなら、それも一つの手ではある。
だが、特攻には覚悟がいるのだ。
しかも、とんでもない覚悟が。
『お前は敵を疲れさせるために死ね』、そう言われて喜んで突っ込める者などいない。
少なくとも、ここにいる連中には無理だ。
戦うために志願したのではなく、ただ集められただけの者たちである。
酒と肉で多少元気になったとはいえ、命を捨てるほどの忠義や狂気を持ち合わせていない。
ならば、無理に押し込めばどうなるか。
総崩れ。
とにかく逃げようとして出口が詰まる。
終わり。
だから、この場合の正解は一つだった。
「モンスターをこの部屋に入れるな!何としても食い止めろ!入口を固めるんだ!」
ジェイルが叫んだ。
その声は、謁見室に響いた。
彼らはすぐに反応した。
「入口だ!」
「扉を塞げ!」
「盾持ちは前へ!」
「槍を並べろ!」
「弓は後ろ!足を狙え!」
動きが驚くほど速い。
肉を食ったおかげで気力が充実したのもあるだろう。
目の前に勝ち筋があると分かっているのも大きいだろう。
それより大きかったのは、アルドがこの事態を想定して、動きを指示していたからだ。
一歩先を行く男、それが勇者アルド。
兵士たちの顔には、先日までの死んだような色がない。
疲労も恐怖も残っている。
だが、気力がある。
それだけで、人間はこうも違う。
謁見室の大扉。
半壊したそれを押し開け、盾を並べ、槍を突き出す。
外からは、もう足音が聞こえていた。
獣の唸り声。
城中のモンスターが集まり始めている。
だが、入口は固めた。
これで、謁見室の中へ、なだれ込まれるまでに時間が稼げる。
そうだ。
それでいい。
これが作戦第二弾である。
強敵が現れた時、雑魚モンスターを入れるな。
たったそれだけ。
言葉にすると簡単だ。
だが、実際には難しい。
モンスターの強さは人間のはるか上。
目の前にいるだけで、魂を握りつぶされる。
だから数を持ってきた。
謁見室の入口封鎖装置として。
使い方が雑?
知るか。
雑魚には雑魚の役割があるのだ。
そのくらい命をかけろ。
俺の肉を食ったんだからな。
これで、謁見室の中は整理された。
敵は三体。
ヴァルデマール、そしてキマイラ二体。
対するこちらは三人。
セレスティア。
ジェイル。
アルド。
リアもいるが、すでに隅っこへ退避していた。
柱の陰にしゃがみ、頭を押さえながら、目だけを出して見ている。
非常に正しい。
下手に戦おうとせず、邪魔にならないようにする。
弱者が戦場にいる際、最も大切な戦略の一つである。
リアの役目はアルドの通訳だ。
それを理解して隠れているなら、それはそれで優秀。
「トンソクー、がんばって!応援してるよっ!」
むかっ。
完全に他人事にさせると、それはそれでムカつく。
だが、まあいい。
自然と、相手は定められた。
ヴァルデマールの前には、セレスティア。
キマイラの一体には、ジェイル。
もう一体には、アルド。
三対三。
きれいな構図だった。
だが、有利かと言われれば、そんなことはない。
むしろ不利。
キマイラは、獣族モンスターの中でもかなり強い部類に入る。
獰猛な爪と牙。
接近戦の圧がすごい。
それだけでも十分だ。
だが、それだけではない。
体には電撃を纏い、炎を吐く。
接近戦も遠距離戦もこなす万能型。
なかなかに鬱陶しい。
こういう相手の定石は決まっている。
タンクが止め、後衛の超火力で一気に押し切る。
幸い、キマイラは魔法耐性が極端に高いわけではない。
止めて、滅する。
そういう相手だ。
だが。
ジェイルは、どちらかと言えばタンク役だった。
頑丈で力持ち。
反応も悪くない。
戦場で味方を守るのには向いている。
実際、ラッシュボアの突進を片手で止めるような男だ。
だが、最大火力は低い。
特殊な剣技がないから。
魔法も使えない。
職業ストレンジャー。
スキルは、『運頼み』の不遇職。
ジェイルは、目の前のキマイラを見る。
獅子の口から、熱い息が漏れている。
山羊の角には、細い電流が走っている。
蛇の尾が床を叩くたび、石が削れた。
どう考えても格上。
ジェイルはちらりとアルドを見る。
アタッカーといえばトンソク。
肝心のオークは『ぶひっ』としていた。
何を考えているのか分からない。
いや、何も考えていないのかもしれない。
頼れるのか、頼れないのか。
ジェイルは苦笑する。
「まあ、こっちはこっちでやるしかないか」
彼は双剣を構えた。
そして、声を張る。
「ロール・ザ・ダイス――っ!」
頭上に、二つの十面ダイスが浮かぶ。
くるくると回転。
良い目を望むのではなく、出た目を使う。
どんな能力でも、勝ち筋へ変える。
ダイスが止まる。
四十八。
悪くない。
扱いは難しいが、火力不足を補える可能性はある。
今はこれで十分。
「よし!やってみますかっ!」
ジェイルは笑う。
一方。
アルドは、目の前のキマイラを見ていた。
強そうではあるが、一対一なら問題なし。
キマイラ程度、アルドが本気を出せば相手にもならない。
フルバースト。
全力でぶった斬れば終わり。
瞬殺できる。
だが、それをやると困るのはアルドの方だ。
フルバーストは一度発動すれば止まらない。
何もしなくてもMPを食い続ける。
自力解除できない。
効果が切れた後に、ガス欠確定。
この後には、ヴァルデマールもいる。
ここでMPを空にするのは自殺行為、リアが回復してくれれば話は別だが。
「トンソク!ファイトっ!」
柱の陰から、リアが両手を握って応援している。
うむ、こいつに期待するのはやめておこう。
MP供給?
奇跡?
再現?
ないないない。
ならば、別の手だ。
アルドは万能包丁を握った。
刃が、すらりとロングソードに形を変える。
キマイラの獅子頭が低く唸る。
空気が焦げる匂い。
炎か。
雷か。
何でもいいや。
実験台には、な。
アルドは思い出す。
かつて覚えた技があった。
折角覚えたのに、勇者としての力が強すぎて、まったく使う機会がなかった技。
わざわざ、そんな技を使わなくても、力技であっけなく終わった。
だから、封印されていた。
ていうか、忘れていた。
だが、今は違う。
オークの体に限られたMP。
なら。
久々に、やってみるか。
万能包丁を低く構える。
そして、悪い顔で笑う。
「ぶひひ」
この技を試すには、ちょうどいい。




