第八十話「再会と、寄生と、あとそろい踏み」
ヴァルデマールには、敵意も殺意もなかった。
少なくとも、アルドにはそう見えた。
城主の椅子に座る大柄な男。
ただそこにいるだけで、謁見室の空気を圧迫する存在感。
だが、向けられている視線は、意外なほど穏やかだった。
純粋に、オークが迷い込んできたのが珍しかったのだろう。
いきなり襲いかかることはない気がする。
それより、さっきから頭の中がうるさい。
『お父様ーーー!』
セレスティアの声だ。
『お願いです!出してください!』
やかましい。
『お父様です!お父様が生きておられたのです!』
見りゃ分かる。
『お願いします!私をここから出して!すぐに!』
だから、うるさいって。
収納庫の中で、セレスティアが大騒ぎしている。
いや、気持ちは分からんでもないが。
死んだと思っていた父が、生きていたのだ。
でもな、状況を考えろって。
ここは敵地のど真ん中。
今考えなしに飛び出せば、何が起きるか分からんぞ。
どうする。
行くか?引くか?
しかも、問題はそれだけではない。
アルドは、鼻をひくつかせた。
獣臭が濃い。
謁見室全体に、モンスターの匂いが染みついている。
だから、気づくのが遅れた。
ヴァルデマールの後ろ、石柱の影。
暗がりに何かがいる。
二体のキマイラだった。
獅子に似た胴。
山羊のような角。
蛇のような尾。
混ざりものの化け物。
その二体が、まるで護衛のように控えていた。
偶然にしては出来すぎ。
ここを守っているのか?
城主の椅子を。
その下にあるはずの装置を。
少なくとも、この二体とヴァルデマールをどうにかしない限り、結界の起動は難しい。
そもそも。
アルドは城主の椅子を見る。
生きてるのか?この状況で、その装置。
なんで、こいつはここに座っていた?
なんで、キマイラが二体もいた?
バレてるんじゃないのか。
だとすれば、装置が壊されていてもおかしくない。
なら、最悪である。
頭の中で、今度はジェイルも叫ぶ。
『待て、セレスティア!落ち着けって!』
『落ち着いていられるはずがないでしょう!』
『今出たらまずいだろ!』
『ですが、お父様が!お父様が、そこにいるのです!』
『だからっ余計にまずいっ!』
『お願いです!聞こえていますか!出してください!』
うるさいっ。
考えがまとまらん!
キマイラが二体。
ヴァルデマール。
装置の状態。
セレスティアは騒ぐしジェイルも騒ぐ。
リアはたぶん何も考えてない。
何だこれ。
ぶちっ。
アルドの中で、何かが切れた。
もういい。
考えるのが面倒くさい。
出してから考えよう。
なるようになるなる。
たぶん。
知らんけど。
アルドは心の中で念じた。
イジェクト。
セレスティアが、アルドの掌から吐き出されるように現れた。
床に足がつくなり、彼女は叫んだ。
「お父様!私です!セレスティアです!」
その声に、ヴァルデマールの目が大きく見開かれた。
完全に意表を突かれた形。
オークが来た。
それだけでも珍しのに、そのオークから娘が出てきた。
さすがに想定外だったのだろう。
だが、次の瞬間には、ヴァルデマールの表情が変わった。
穏やかに、そして痛ましげに。
「セレス……なのか?」
低い声が震えていた。
「本物のセレスなのか……?」
「はい!はい……お父様!」
セレスティアの目から、大粒の涙がこぼれた。
止まらない。
半年間、死んだと思っていた。
死んでいてほしいとすら思っていた。
狂っていれば、討たなければならないと思っていた。
それが。
目の前にいる。
昔と同じ優しい声で。
昔と同じ優しい目で。
父が、自分を呼んでいる。
「よくぞ……」
ヴァルデマールは椅子に座ったまま、噛みしめるように言った。
「よくぞ生き延びた!セレスティア!」
「お父様……!」
感動的な親子の再会。
泣ける。
訳ないだろが!
ここは敵地のど真ん中。
後ろにはキマイラが二体。
装置もまだ起動していない。
時と場合を考えろやっ!
アルドは、冷めた目で二人を見た。
ヴァルデマールは、ゆっくりと息を吐いた。
その目が、悲しみに沈み、そして。
「頼む。お前の手で、私を殺してくれ」
セレスティアの表情が凍りついた。
「何を……何をおっしゃるのですか、お父様!」
ヴァルデマールは、椅子から立ち上がった。
ぎしり。
鎧が軋む。
膝の上に置かれていた大剣を握ると、その背中が不自然に膨らんだ。
そして。
ドラゴンの翼が広がった。
人間の背中から。
黒く、硬く、歪んだ翼。
翼は、ヴァルデマールの意志とは別に震えているように見えた。
彼は大剣を構えると、その刃が鈍く光った。
「頼む、セレスッ!」
ヴァルデマールが叫ぶ。
「どうか、どうか私を討ってくれ!」
「お願いです!説明してください!」
セレスティアの声は、悲鳴に近かった。
いや。
馬鹿か?
アルドは、溜息をついた。
そのでっかいのが見えないのか。
見えても分からんのだろうな。
あれは寄生型のモンスターだ。
他者に取りつき、意のままに操る。
意識を乗っ取っるわけじゃない。
操っているのは、主に運動神経。
頭ははっきりしてるが、体だけ勝手に動く。
ただし、脊髄にも入り込んで、記憶領域にも影響を及ぼす。
どうなるか?
本人が覚えた技なども、普通に使えてしまう。
つまり、剛剣『イグナード流』も健在。
そう、ヴァルデマールは狂ったのではない。
操られていたのだ。
逃げろと叫びながら人を斬った理由。
モンスターの襲撃と反乱が連動していた理由。
すべて繋がる。
領主の反乱は、モンスターの仕業だったのだ!
「セレス。迷うな。私を討て」
ヴァルデマールは大剣を構えたまま言った。
言葉とは裏腹に、すでに体は戦闘態勢に入っている。
「できません!」
「やらねばならぬのだ!ヴァレンシュタイン家を背負うお前がっ!」
その時。
ヴァルデマールの背後のキマイラが動いた。
異常を察知したのだろう。
獣の目が光る。
まずい。
アルドは即座にリアへ鳴く。
「ぶひっ!ぶひぶひ!」
「えっと、キマイラはジェイルさんが相手してって!」
「俺かよ!」
ジェイルは叫んだが、剣は抜いていた。
人を助けるためならば、無意識に体が反応する。
それがジェイルである。
だが、次の瞬間。
二体のキマイラが、雷が落ちたかのような轟音で吠えた。
咆哮が謁見室を震わせる。
空気が破裂したようだった。
ばれた。
アルドは顔をしかめる。
これで城中のモンスターが集まってくる。
数分。
いや、もっと早いかもしれない。
謁見室入口から、モンスターがなだれ込んでくる。
ヴァルデマールに絶望が浮かんだ。
彼は期待していたのだ。
どんな方法を使ったのかは分からない。
だが、セレスティアがここまで来てくれた。
この悲劇を止めてくれるかもしれない。
自分の首を一太刀で落としてくれるかもしれない。
そう願った。
だが、叶わなかった。
娘は迷った。
当然だ。
責められるはずもない。
悔やんでも悔やみきれない。
自分の抵抗が少ないうちに。
でなければ、セレスティアの剣が自分を脅かすことはないだろう。
もう遅い。
モンスターが集まる。
包囲される。
たった三人。
セレスティア。
冒険者。
少女。
このままでは、八つ裂きになる。
ヴァルデマールは、ただ祈った。
どうか逃げてくれ。セレスを連れて。
いや、できれば全員無事に。
だが。
そこで、彼は違和感に気づいた。
たった三人?
はて。
四人?
違うな。
ヴァルデマールが、ほんの一瞬目を離した隙に。
謁見室の中に、人影が増えていた。
一、二、三……十人。
ん?二十人?
五十人?
いや、もっと。
アルドが、むりむりっと人を吐き出していた。
イジェクト。
イジェクト。
イジェクト。
人がわらわら出てくる。
武装したガルディアス砦の兵士たち。
正規兵、民間兵問わず。
誰も彼も。
総勢二百八十三名。
砦にいた全戦力。
余すところなく。
全部、引き連れて来ていた。
謁見室に、ガルディアス砦の全戦力が吐き出される。
ヴァルデマールは、目を見開いた。
敵地の最奥、謁見室。
全員そろい踏み!
見参!




