第七十九話「潜入と、素通りと、あと城主」
ガルディアス城。
その中庭には、獣型モンスターが跋扈していた。
ランドコカトリス。ラッシュボア。エッジビースト。マッドエイプ。ホーンディア。スパイクラット。
見覚えのある顔ぶれが、当然のように城の中をうろついている。
数は、意外と多かった。
ていうか、多すぎた。
百を超えるモンスターの群れは、あれで一部だったのだ。
ガルディアス砦へ押し寄せた群れは牽制。
本隊の侵攻が邪魔させないための。
城に巣食うモンスターたちは、ここを拠点に、さらに各都市へ侵攻つもりなのだろう。
もし、ここを許せば……近いうちに、ファスタ全域が戦場になる。
もっとも、モンスターが城をまともに使えるわけではない。
維持管理など、できるはずもない。
石壁は汚れ、床は抉れ、柱には爪痕が残っている。
庭園だった場所は踏み荒らされ、噴水には濁った水が溜まり、廊下のあちこちに獣臭が染みついていた。
城を運用している、というよりは、ただ棲みついているだけ。
その中を、闊歩するオークが一匹。
当然アルド。
アルドは、まるで自分の庭を歩くかのように、ガルディアス城を散策していた。
ぽてぽて。
短い足で、堂々と歩く。
周囲のモンスターたちが、ちらりとアルドを見るが、すぐに視線を戻した。
ただのオーク。
敵ではない、そう判断したのだろう。
誰も襲ってこないし、警戒しない。
アルドも鼻歌気分だった。
実に平和である。
敵陣のど真ん中とは思えない。
もちろん、ここに至るまでには少しだけ話がある。
ジェイルが立てた当初の作戦は、こうだった。
アルドの収納能力を使い、強行部隊を編成する。
そのままアルドが単騎で敵陣へ突入。
ある程度進んだところで、収納していた精鋭を排出し、城内を撹乱。
混乱に乗じて、セレスティアを謁見室へ送り込む。
そして、城主の椅子の下にある装置を起動。
聖なる結界でモンスターの動きを封じる。
城の外で待機していた部隊で突入。
勝利。
なるほど、一見完璧な策だった。
アルドの収納能力を聞かされた時、作戦会議に参加していたガルディアス正規兵たちは、最初こそ半信半疑だった。
だが、実演して見せると空気が変わった。
兵士が消え、そして出てくる。
武器も、人間も、まとめて収納。
確かに、これなら起死回生になり得る。
強行部隊を門の奥まで運べる。
兵たちは沸いた。
「これならいける!」
「門を抜けられるぞ!」
「城を取り戻せる!」
「セレスティア様をお連れできる!」
希望。
かつてない希望だった。
だが、その横で。
アルドは鼻をほじっていた。
ほじほじ。
実にどうでもよさそうに。
そして、鼻くそを飛ばした。
兵士の一人が、額に青筋を浮かべる。
「やる気があるのか、このオークは!お前がこの作戦の要なんだぞっ!」
詰め寄った。
だが、アルドがじろりと睨むと、その兵士はすごすごと下がっていった。
正しい判断だ。
昨日、百人以上ぶっ倒された記憶はまだ新しい。
馬鹿どもが。
どんだけお花畑だ。
強行部隊を収納して突入?
途中で出して撹乱?
正面から城内を突破?
甘い。
砂糖のハチミツ漬けより甘い。
魔王軍と戦ってきたアルドには分かっていた。
敵戦力が減っている。
防衛力が落ちている。
だから今が好機。
そう考えるのは、希望的観測だ。
百以上のモンスターを外へ出せる時点で、城内にはまだ相当数が残っているはず。
むしろ、あの戦力を前線に出せる、という事実がヤバい。
ガルディアス城は、モンスターの前線基地になっている。
そう考える方が自然だった。
強行突入すれば、必ず詰む。
精鋭を排出した瞬間、匂いと気配で敵に気づかれ一瞬で包囲網完成。
セレスティアが謁見室まで移動する余裕はなく、全滅して終わりだ。
だが。
ここを放置するわけにもいかない。
勇者パーティを追う。
そのためには、せめて王都までは行きたい。
ならば、この作戦に乗る価値はある。
こいつらを利用する。
「ぶひぶひ。ぶひっ」
「え?トンソクが策を立てるって?」
リアが首を傾げる。
そうだ。通訳しろ。
リアは、作戦会議に参加している面々へ向き直った。
「トンソクが言ってます。策は俺が立てる、だそうです」
空気が固まった。
「は?オークが?」
「策を?」
「本気か?」
当然の反応だろう。
セレスティアはジェイルを見た。
ジェイルは、ニヤついている。
「聞くだけ聞いてみよう。案外面白い作戦が出るかもな」
そう、ジェイルはこれを待っていた。
アルドが本気になる瞬間を。
アルドの作戦は単純だった。
強行突入などしない。
歩いていく。
ただ、それだけ。
なぜならオークだからだ。
ただのオークが城の中を歩いていても、モンスターは気にも留めない。
実際、外の戦場でもそうだった。
最初、ランドコカトリスたちはアルドを敵と認識しなかった。
攻撃してきたのは、アルドが明確に敵対行動を取った後だ。
ならば、何もしなければいい。
敵意を出さない。
それだけ。
これが、もっと知能の高い、規律あるモンスター軍だったら別だろう。
見張りがいて、合図があり、種族ごとの配置が決まっているような軍勢なら、すぐに怪しまれる。
だが、今のガルディアス城にいるのは寄せ集めと予想される。
昨日の襲撃が、そうであったように。
獣型モンスターを中心とした、ただの群れ。
普通にしていれば、素通りできる可能性が高い。
強行突破はない。
素通り。
これこそがアルドの策だった。
そして今。
作戦は実行されていた。
アルドはガルディアス城の中庭を歩いている。
何食わぬ顔で。
誰も止めない。
誰も咎めない。
そのまま城内へ入る。
通路は広い。
だが、人が主だった頃の面影は薄い。
床には爪研ぎ痕。
天井はくもの巣だらけ。
倒れた鎧に折れた槍。
あの日の混乱が、そのまま張りついたようだった。
アルドは、それらを横目で見る。
ここが落ちた日。
セレスティアの父が反乱を起こした日。
モンスターが襲撃した日。
本当に偶然か?
アルドは、少しだけ眉を寄せた。
だが、すぐに考えるのをやめた。
考えたところで結果は一緒。
ジェイルではないが、賽はすでに投げられた。
セレスティアの案内で謁見室に向かう。
右の大階段、二つ目の回廊奥。
赤い絨毯が残っている方。
時折、モンスターとすれ違う。
やはり城内もモンスターの巣になっている。
やがて、半分壊れている大きな扉が見えてきた。
だが、その大きさと装飾は、かつての威厳を残していた。
謁見室。
アルドは扉の隙間から中へ滑り込む。
広い。
さすがは城。
そこは、かなり大きなホールになっていた。
軍隊が入り、式典を行うこともあったのだろう。
高い天井に並ぶ石柱。
破れた旗が、踏みにじられた赤い絨毯に散乱している。
そして、城主の椅子。
ここまでは予定通り。
何にも襲われず、誰にも止められず、謁見室まで来た。
後は、セレスティアを出して装置を起動させる。
勝利確定。
そのはずだった。
予定と違っていたのは……。
城主の椅子に、すでに誰かが座っていたことだ。
それは、大柄で屈強そうな男だった。
白髪混じりの髪。
鋭い眼光。
傷だらけの貌。
膝の上に置かれた大剣。
年齢は重ねてはいるが、衰えていないのは見ればわかる。
ただ座っているだけで、空気が重い。
獣型モンスターたちとは明らかに違う。
人間。
だが、なぜ人間がここに?
その存在感は、城そのものの一部のようだった。
頭の中で、セレスティアの言葉が蘇る。
ヴァルデマール・ヴァレンシュタイン。
この地を治める領主、そしてガルディアス城の主。
セレスティアの父。
生きていたのか。
半年間、モンスターの巣となった城の中で。
彼は、城主の椅子に座っていた。
男の目が、アルドを捉える。
静かな目だった。
決して濁ってはいない。
狂っているようにも見えない。
少なくとも、アルドにはそう見えた。
男は口を開く。
「何の用だ?」
低い声だった。
「なぜ、オークがこのようなところにいる?」
喋った。
思ったより、ずいぶん健勝そうで。
めちゃくちゃ予定と違いますけど。
「ぶひ」
とりあえず鳴いといた。




