第七十八話「余韻と、秘策と、あと奪還」
宴もたけなわ。
というか、ほとんど終わりを迎えていた。
中庭には、酔いつぶれた兵士たちが死屍累々。
ある者は空の木杯を握ったまま、ある者は肉の入っていた鍋を抱えたまま、眠っている。
ガルディアス砦の中庭は、さながら野戦病院の様相を呈していた。
むしろ、野戦病院の方がはるかにマシだろうか。
肉の骨。
鍋。
鉄板。
酒樽。
いびき。
こんな物は散乱していないだろうから。
それは、実にだらしない光景だった。
だが、悪い光景ではなかった。
少なくとも、セレスティアにはそう見えた。
アルドも腹を出して寝ていた。
時折、肉を取られないように短い腕がぴくりと動く。
夢の中でも戦っているらしい。
リアも、アルドの腹を枕代わりにして寝ていた。
満足そうな顔で小さな寝息を立てている。
この二人が、今日、砦を救った。
そう思うと、あまり現実味がなかった。
だが、現実だった。
ジェイルは、まだ起きていた。
セレスティアと並び、少し離れた場所で酒を飲んでいる。
騒ぎの熱は収まり、夜の空気は少しずつ冷えてきている。
木杯の中で酒が揺れた。
セレスティアは、その揺れを見つめていた。
そして、不意に口を開く。
「ジェイル」
「ん?」
「少し相談があります」
その声は、先ほどまでとは違っていた。
酔いが消え、元の司令官然とした態度へと戻っている。
ジェイルも、空気を察し木杯を置いた。
セレスティアは、眠っている兵士たちを一度見回した。
それから話し出した。
「私は、二、三日のうちに、ガルディアス城へ攻勢をかけようかと考えています」
「本気か?」
「本気です」
即答だった。
酔った勢いではない。
ずっと考えていたのだろう。
いや、半年間考え続けていたのかもしれない。
ガルディアス城奪還。
セレスティアに課せられた王命。
ヴァレンシュタイン家の名誉を取り戻すための戦い。
そして、彼女自身が終われない理由。
ジェイルは眉をひそめる。
「ガルディアス城は難攻不落なんだろ」
セレスティアは頷いた。
「背面は崖。左右も切り立った岩場に守られています。軍を入れられる道は、正門しかありません」
「正面からしか攻められない城か」
「はい」
それだけで厄介だった。
攻め手は必ず正門に集まる。
守り手はそこだけを固めればいい。
狭い進入路に高い城壁。
防衛側にとって、これほど都合のいい城は少ない。
「あの日も、父が反乱を起こさなければ。モンスターの襲撃が同時でなければ。ガルディアスは、決して落ちなかったはずです」
守れる城だった。
守れるはずの場所だった。
だからこそ、失った事実が重い。
「今、城はモンスターの根城になっています」
「城は壊れてるのか?」
「いいえ。半分は機能しているはずです。城壁も門も残っている。内部の構造も、おそらく大きくは崩れていません」
「つまり」
ジェイルは酒を一口含む。
「モンスターが城を使ってるってことか」
「その通りです」
厄介な。
野外の軍勢なら、誘導も包囲もできる。
だが、城に籠もったモンスターは別だ。
地形が敵の味方をする。
門を突破するにも、内部へ進むにも、常に狭い場所で戦うことになる。
その狭さは、攻める側に不利に働く。
大人数を活かせない。
混乱すれば詰まる。
詰まれば包囲殲滅。
「ですが」
セレスティアは顔を上げた。
「今日突然、幸運が舞い降りました」
「襲撃のことか」
「はい。モンスターが百以上減ったのです」
確かに、それは大きい。
あの群れは、ガルディアス城から出てきた戦力なのだろう。
すべてではないにしても、相当な数だ。
それが消えた。
しかも、チャンピオン個体まで。
城の防衛力は、確実に落ちている。
「奪還するなら、今しかありません」
セレスティアはジェイルを見る。
「手を貸してください」
ジェイルは、すぐには答えなかった。
「セレスティア」
「はい」
「三つ、問題がある」
セレスティアは姿勢を正す。
「聞きましょう」
「一つ目。正門しかない以上、どうやっても正面衝突になる。確かに敵の数は減ったかもしれない。だが、それでも勝てるのか?」
セレスティアは答えない。
それは彼女も分かっている問題だった。
「二つ目。もっと最悪なのは、待ち構えられた場合だ」
ジェイルは地面に線を引くように指を動かした。
「正門からしか入れないなら、こっちは順番に中へ入るしかない。狭い門を抜けた先で囲まれたら終わりだ」
「……」
「中で包囲される。逃げようとしても門で詰まる。後ろの連中は前が何をしているか分からない。パニックだ」
ジェイルの顔は真剣だ。
「パニックを起こした味方は、敵より厄介だぞ」
「分かっています」
「三つ目」
ジェイルは続ける。
「城を奪還するには、中のモンスターをすべて殲滅しなきゃならない。門を突破しただけじゃ駄目だ。中庭、廊下、倉庫、塔、地下。どこに潜んでいるか分からない敵を相手にする」
「ええ」
「それを、素人同然の集団を率いてやるんだ。今日の宴で多少は士気が戻ったとしても、統制が取れる保証はない」
ジェイルは眠っている兵士たちを見る。
「正面衝突。門内包囲。全域掃討。この三つ。まともにやるには、かなり厳しい」
「その通りです」
「それでもやると?」
「はい」
迷いはなかった。
だが、セレスティアとて、ただの無謀ではなかった。
「私に秘策があります」
「秘策?」
「ガルディアス城の謁見室。城主の椅子の下に、秘密の装置があります」
「城主の椅子?」
「代々のヴァレンシュタイン家当主にのみ伝えられてきた防衛装置です。城が占拠された時、最後に使うもの。一度きりですが、聖なる結界を張ることができます」
「障壁魔法か!」
「はい。モンスターを倒すほどの力はありません。ですが、一定時間モンスターの動きを封じることができます」
「どれくらい封じられる?」
「数日ほど。モンスターを身動きが取れない状態にできます。それならば、寄せ集めの兵でも殲滅が可能」
「なるほど」
ジェイルは考え込む。
正門突破。
内部の包囲。
掃討の難しさ。
どれも厄介だ。
だが、城の奥にあるという装置を起動できるなら、話は変わる。
勝ち筋になりえる。
「つまり、誰か一人でも謁見室へ突入して、その装置を起動できればいい……か」
「はい」
「それができれば勝てると」
「勝算は高いでしょう」
ジェイルは少しだけ黙った。
それから、別の問いを投げる。
「もう一つ聞きたい」
「はい」
「あんたの父上は?」
「……」
「ヴァルデマール卿が邪魔をしてくる可能性が知りたい」
それは、避けて通れない問いだった。
ガルディアス城が落ちた原因である、領主ヴァルデマールの錯乱。
音に聞こえた剣豪。
もし彼がまだ城にいるなら。
そして、敵として立ちはだかるなら。
それは、モンスター以上に厄介だ。
「半年です」
小さな声だった。
「あれから半年。モンスターの巣となった城の中で、父が生きているとは思えません」
願望。諦め。恐怖。
それらが混ざった声だった。
生きていてほしい。
だが、生きていてほしくない。
もし生きていれば、殺さねばならない。
自分の手で斬らなければならない。
それを覚悟しているように、そう見えた。
「そうか」
ジェイルは、それ以上追及しなかった。
代わりに、視線を動かす。
眠っているリア。
その枕になっているアルド。
間抜けな寝顔。
だが、百を超えるモンスターを潰した怪物。
そして、視線を上げる。
「作戦がある」
セレスティアの目の色が変わった。
「本当ですか!」
「ああ。乗ってみるか?」
その言葉に、セレスティアの表情が輝いた。
軍人として。
司令官として。
そして、半年間追い詰められてきた一人の人間として。
「是非もありません!」
即答だった。
ジェイルは笑う。
「なんにせよ……リアとトンソクが目を覚ましてからだな」
ジェイルは木杯を持ち上げた。
「……そうですね」
セレスティアは頷いた。
夜風が中庭を抜ける。
酒と肉の匂いが、まだ砦に残っている。
ガルディアス城。
奪われた城。
そこへ向かう時が来た。
宴は終わりに近づいている。
だが、物語は終わらない。
むしろ、ここから始まる。
ガルディアス城奪還作戦。
開始!




