表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/81

第七十七話「宴会と、姫と、あと二つ名」

 どこに隠していたのか、酒樽がいくつも準備されていた。


 普段の食料不足を考えれば、酒など真っ先に消えていそうなものだが、どうやら秘蔵されていたらしい。


 それを兵士たちは、ここぞとばかりに引っ張り出してきていた。


 中庭は、もはや大宴会の様相である。


 誰かが歌い、誰かが踊り、笑いあいながら肉を頬張っている。


 ついさっきまで、確かに、ここは地獄だった。


 食料もなく、いつ落ちるか分からない砦で、全員が限界まで張り詰めていた。


 それが、飲めや歌えの大騒ぎ。


「おい、オーク!こっちにも肉も焼いてくれよ!」

「こいつ、意外と料理上手いな!」

「ほら、もっと出せって!まだあるんだろ!」


 酒に酔ったせいか、ゴロツキどもがアルドに馴れ馴れしい。


 肩を組む者までいる。


 非常に図々しい。


 お前ら、昨日、俺をぼこぼこにしたの忘れてねーぞ。


 それを棚に上げて、肉が足りないとはどういう了見だ。


 アルドは、牙を剥きながら唸っていた。


 これは俺の肉だ。

 俺が倒して運んだ。

 お前ら何もしてねーだろ。

 食う権利があると思うな。


「トンソク、残りのモンスターも出しなさいっ!」


 リアが仁王立ちで命令する。


 やなこった。


「トンソク!」


 出さない。


 その瞬間。


 首輪から、神経に直接電撃のような痛みが走った。


「ぶぎゃああああああっ!?」


 アルドは地面を転がった。


 ごろごろびたんびたん。


 短い手足をばたつかせ、全身で痛みを表現する。


「あははははははっ!」


 リアが腹を抱えて笑い転げていた。


 コイツ……酔ってやがる!


 誰だ酒を飲ませたのは!


 遊び半分でテイムモンスターを弄ぶな。

 テイムの証の首輪を何だと思っている。

 拷問器具ぢゃねーよっ。


「トンソク、早く出してー」


 リアは笑いすぎて涙目になっていた。


 一方、兵士たちは真剣だ。


 目を血走らせながら肉を待っている。


 飢えた野獣の目だった。


 人間のくせに、モンスターみたいなツラしやがって。


 これは駄目だ。

 出さなければ、俺が食われる。

 分かる。

 もはや、こいつらには、俺のことはブタにしか映っていない。


 アルドは諦めた。


 イジェクト。


 どさっ。


 モンスターの死骸が出る。


 拍手が起こった。


 隠していた分を、次々と吐き出していく。


 そのたびに歓声が上がった。


「うおおおおおっ!」

「まだまだあるぞ!」

「肉だ!肉だーーー!」


 もう止まらない。


 こうなったら、アルドも完全にやけくそである。


 食われる前に食う。


 それしかない。


 アルドは肉を焼き、肉を食い、また肉を焼き、奪われた。


 戦場より厳しい。


 モンスターの群れなんかより、よっぽど厄介。

 飢えた人間の集団ほど恐ろしいものはない。


 セレスティアは、その光景を少し離れた場所から見ていた。


 どうすることもしなかった。


 彼らが、あまりにも楽しそうだったから。


 本当に。


 本当に楽しそうだったから。


 セレスティアは木杯を手にしていた。

 中にはキツイ酒。

 兵士の一人が、恐縮しながら持ってきたものだ。


 本来なら口にすべきではない。


 だが、今夜だけは。

 この瞬間だけは。


 彼女は、木杯を口へ運んだ。


 酒の熱が、喉を通って胃の腑に落ちる。


 久しぶりだった。


「……こんな日が、また来るなんて」


 思わず、胸にこみ上げるものがあった。


 笑い声がある。

 兵士たちが満たりた顔をしている。

 明日死ぬかもしれない者たちが、今だけは生を実感している。


 セレスティアは、木杯の中身を見下ろした。


 そこへ、ジェイルがやって来た。


「おっ意外、結構飲める口なんだな」


 ジェイルも酔っているのか、少し赤い顔をしていた。


 セレスティアは横目でジェイルを見る。


 普段なら、『無礼』と無視を決め込んでいたかもしれない。


 だが、今夜は違った。


 酒のせいか。

 それとも、この熱のせいか。


「私とて、こうなる前は普通の暮らしをしていましたから」


「姫様なのに、普通なんだな?」


 ジェイルの言葉に、セレスティアは少しだけ驚いた。


 だが、そこまで大きくは驚かなかった。


 彼が、ただの流れ者の冒険者ではないことは、すでに分かっている。


「姫、などではありませんよ」

 セレスティアは静かに言う。

「ですが、私のことをご存じなのですね?」


「いや、あんたの父上を知っているだけだ。ほんの少し、な」


 ジェイルは木杯を軽く揺らした。


「お父様、ですか」


 セレスティアの目が、わずかに伏せられる。


 ヴァルデマール・ヴァレンシュタイン。


 この地を治める領主であり、ガルディアス城の主。


 この地方の防衛を統括していた男。


 イグナード流の使い手として、王都にも名を知られていた剣豪。


 ファスタ王国の、王族に連なるヴァレンシュタイン家の当主。


 地方とはいえ、王家に名を連ねる有力貴族であることに変わりはない。


 その娘ならば。


 姫と呼ばれても、差し支えはない。


 だから、ジェイルはそう呼んだ。


 だが、セレスティアは首を振る。


「私には王位継承権はありません」

「そうなのか」

「ええ」


 セレスティアは、しばらく宴会の中心を見つめていた。


 リアが大笑いしながら、アルドを追い回している。

 アルドは悲鳴を上げて逃げ回っている。


 その光景を見ながら、彼女はぽつりと語り始めた。


「私はもともと、領主親衛隊の隊長でした」


 ジェイルは黙って聞いた。


「女だてらに、とよく言われましたが、剣の腕だけは認められていました。父に次ぐとまで言われていたものです」


「剛剣・イグナード流か」


「私の場合、『対の型』ですが。父から直接叩き込まれました」


 セレスティアの表情に、ほんの少しだけ懐かしさが混じる。


 だが、それはすぐに消えた。


「半年前のことです」


 声が低くなる。


「父が、反乱を起こしました」


 ジェイルの目が細くなる。


「領主が?一人で?」


「はい。一人で」


 セレスティアは木杯を握った。


「父は城下の者たちに襲いかかりました。兵も、使用人も。見境なく」

「……」

「ですが、奇妙だったのです」

「奇妙?」

「父は叫んでいました」


 セレスティアの指に力が入る。


「逃げろ、と」


 宴会の喧騒が、少し遠くなった。


 その中で、セレスティアの声だけが静かに沈んでいく。


「セレスティア、逃げろ。近づくな。私から離れろ。そう叫びながら、父は人を斬っていました」


 ジェイルは何も言わない。


「同時に、モンスターの襲撃が起きました。城は混乱し、ガルディアス城は落ちました。いとも簡単に。私は生き残った者たちを連れて逃げました」


「それで、この砦か」


「はい。ここは、もともと訓練用に作っていた拠点です。臨時防衛地点として使う予定もありましたが、本来、砦ではありません」


 セレスティアは周囲を見る。


 粗末な壁。


 応急の柵。


 継ぎ接ぎの防衛設備。


 それでも、半年間、ここは人々を守ってきた。


「私たちはここに立てこもり、ガルディアス臨時砦として迎撃を始めました」


「王都には?」


「もちろん報告しました」


 セレスティアは短く答える。


「ですが、王都も籠城に入っていました。王立軍は動かせない。そう返答がありました」


「それで、あんたが司令官に?」


「はい。ファスタ王より命を受けました。セレスティア・ヴァレンシュタインを司令官とし、ガルディアス城を奪還せよ、と」


 言葉だけなら立派だった。


 王命。


 奪還作戦。


 名誉ある任務。


 だが、実態は違う。


「援軍で送られてきたのは、犯罪者。冒険資格を剥奪された者。税を納められなかった者。そして、わずかな補給物資だけです」


 ジェイルの顔が険しくなる。


「捨て駒か」


「そう言ってしまえば、そうなのでしょう」


 セレスティアは否定しなかった。


「もちろん、王都にも余裕はありません。援軍を出せない事情も理解しています。ですが、現実として、ここへ送られてきた者で生きて帰れた者はいません」


 半年。


 長い半年だった。


 敵の戦力は増大するばかり。


 ガルディアス城は奪還どころか、近づくことすら困難。


 補給は少ない。

 人材は足りない。

 士気は低い。


 それでも、セレスティアは持ちこたえてきた。


 今日まで。


 毎日、誰かを失いながら。


 明日は自分かもしれないと怯えながら。


「私が持ちこたえられたのは、死ねなかったからです」


 セレスティアは小さく笑った。


 諦めに近い表情だった。


「父のしでかした罪を償わなければならない。ヴァレンシュタイン家の名誉を取り戻さなければならない。そう思って、ここまで来ました」


「酷い話だ」


 ジェイルは静かに言った。


 慰めではない。


 ただ、率直な感想だった。


「ここに来た時点で、生きることは半ば諦めていました」


 兵士たちが笑い、肉を食い、酒を飲んでいる。


 泣きながら、生きる喜びを嚙みしめている。


「でも、今日は……こんなにも楽しい」


 ジェイルは何も言わない。


 彼女は、少しだけ恥ずかしそうに木杯を握り直した。


「感謝します、ジェイル。最期に、いい思い出ができました。全部あなたのおかげです」


 ジェイルは苦笑した。


「俺じゃない」


 セレスティアが目を瞬かせる。


「では、誰?」


「トンソクだよ」


 ジェイルは宴会の中心を指差した。


「あのオーク?」


「ああ。それと、リアかな。トンソクのテイマーだしね」


 セレスティアは、改めてリアとトンソクを見る。


 彼女たちは祭りの中心にいた。


 小さな体で、やたら目立っている。


 昨日までは他人だったはずの者たちが、今では長年連れ添った家族のようだ。


「あの子は……何者ですか?」


 セレスティアが尋ねる。


 ジェイルは首をひねった。


「さあ?俺も最近知り合ったばかりでね」


「どういった人なのですか?」


「うーん」


 ジェイルは考える。


 リア。


 小さく見えるが、成人しているらしい、よく分からない。


 変わったオークを相棒にしているテイマー。


 冒険者になりたて。


 で、すぐに剥奪。


 モンスター肉を普通に食べる。


 そして、周囲を巻き込んでいく。


 説明が非常に難しい。


 ぱっと出てきた言葉は。


「食い意地が張ってる」


「……はい?」


「さしずめ、死骸漁りのリア、ってところか」


 言ってから、ジェイルは少し後悔した。


 もう少しまし表現があった気がする。


 だが、セレスティアは真剣な顔で頷いていた。


「死骸漁りのリア」


 そして、心の中で反芻する。


 スカベンジャー・リア。


 オークを従え、兵士たちに肉をもたらし、飢えた砦に宴を起こした少女。


 なるほど。


 奇妙なほど、しっくり来る。


 セレスティアは、その名を心に刻んだ。


 死骸漁りのリア。

 スカベンジャー・リア。


 本人が聞いたら全力で否定しそうな二つ名が。


 この夜、静かに生まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ