表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/80

第七十六話「蒸し肉と、ステーキと、あと初めて」

 アルドは、人生の中で最大に悩んでいた。

 これほど悩んだことは、かつてあっただろうか。


 いや、ない。


 勇者として戦っていた時でさえ。


 仲間に裏切られ、オークにされた時でさえ。


 リアに拾われ、トンソクなどというふざけた名前で呼ばれた時でさえ。


 これほど深く悩んだことはなかった。


 だが、決めなければならない。


 人生とは決断の連続である。


 迷い続ける者は何も得られない。


 勝者とは決断する者だ。


 そして今、アルドは決断した。


 『蒸し』。


 これだ。


 これしかない。


 ランドコカトリスのチャンピオン個体。


 この強敵にふさわしい調理法は、『蒸し』である。


 焼きも悪くない。


 皮をぱりっと焼き上げる誘惑は、最後までアルドを苦しめた。


 だが、肉質を考えれば蒸し一択。


 巨大な体に発達した筋肉。


 硬い羽毛に守られ、戦場を駆け続けた脚。


 間違いなく、肉の仕上がりは一級品。


 強火で炙れば香りは立つだろうが、中心まで火を通すとムラができる。


 ならば、蒸す。


 じっくりと熱を入れ、肉の奥の旨味を逃がさず、柔らかく仕上げる。


 これが正解。


 これが勇者の選択。


 アルドのファイナルアンサー。


 アルドは万能包丁を握り直す。


 鉈形態。


 硬い羽毛を剥ぐための、厚みのある刃。


 ざく。


 ざく。


 ざく。


 ランドコカトリスの肉へ刃を入れていく。


 やはり硬い。


 普通の包丁なら刃が欠けていたところだ。


 だが、万能包丁は違う。


 筋に沿って刃を入れ、関節の隙間を探り、無駄なく切り分ける。


 赤黒い羽毛を剥ぐと、内側から白く締まった肉が現れた。


 美しい。


 アルドは、思わず嘆息を漏らす。


 素晴らしい。


 戦場で死闘を演じた敵。


 腹を抉られた時にはムカつきもしたが。


 その見た目。


 その重み。


 その香り。


 命に感謝。


 そして、それを食える俺様に感謝。


 リアが横から覗き込む。


「トンソク、すごい。お料理上手だね」


 当然だ。

 お前とは違う。

 黒焦げ肉専用製造機とはな。


 アルドは、兵士たちに用意させた大鍋を使う。


 砦にあった一番大きな鍋。


 それでも、チャンピオン個体の肉を丸ごと入れるには足りない。


 なので部位ごとに分ける。


 まずはもも肉。


 厚く、大きく、繊維が美しい。


 そこへ塩をすり込む。

 さらに、砦に残っていた香草を刻む。


 薬草まがいの苦い葉。


 野生の香りが強すぎるのが玉にキズだが、モンスター肉相手には丁度いい。


 乾燥させた根。


 普通なら酸味があり、癖が強い。


 だが、ランドコカトリスの肉なら受け止められる。


 アルドは塩と香草を肉へ馴染ませ、しばらく置く。


 その間に、骨を割る。


 白い骨の中から、濃い旨味の匂いが立つ。


 骨を鍋底に敷く。


 その上に肉を置く。


 そして少量の水と香草。


 砕いた塩石。


 そして、焦げたランドコカトリスの皮を少しだけ。


 これは出汁だ。


 焦げの香ばしさを移す。


 蓋をして火を入れる。


 鍋の中で、水が音を立て始めた。


 こぽ。


 こぽこぽ。


 蒸気が立つ。


 香草の青い香り。


 骨から出る濃い香り。


 そして、肉の脂が熱でゆっくり溶ける匂い。


 中庭に、たまらない香りが広がった。


 兵士たちが、遠巻きに見ている。


 誰も近づかない、近づけない。


 オークが、モンスターを、砦の中庭で、真剣に調理している。


 あまりにも異様な光景。


 だが。


 匂いも異様だった。


 こんな香しい匂いは嗅いだことがない。


 その香り、暴力的なまでに人を圧倒する!


 腹に響く。


 魂の奥をつかむ匂い。


 体が勝手に反応する。


 誰かが、ごくりと喉を鳴らした。


 まだだ。


 蒸し料理は時間がかかる。


 なら、その間に次。


 ラッシュボア。


 もちろんステーキ。


 これは迷う余地がない。


 ラッシュボアは特上の筋肉の塊だ。


 突進のために鍛え上げられた体。


 脂も適度に乗っている。


 香りも強い。


 なら、焼く。


 今回は、それ以外にない。


 アルドはラッシュボアの肉を切り出す。


 厚切りか?


 いや、今回はサイコロだ。


 今は速度重視。


 一口大の塊に切り揃える。


 砦で使われていた補修用の厚い鉄板。


 料理用ではない。


 だが、焼ければ同じ、なんでもいい。


 むしろワイルド感は、モンスター肉を仕上げるには適当。


 火をかけると、鉄板が熱を帯びてくる。


 表面に脂をぬる。


 ラッシュボア自身の脂。


 白く固まった脂身を切り取り、鉄板の上で溶かす。


 じゅわっと脂が溶ける音がした。


 透明な艶が鉄板に広がる。


 そこへ、サイコロ状に切った肉を置く。


 じゅうううううっ!


 強烈な音が弾けた。


 香りが爆発する。


 肉の表面が一瞬で焼き固められ、焦げ目がつく。


 アルドは木べらで転がす。


 ころころ。


 表面を焼く。


 六面すべてに焼き色をつける。


 強火で外を固め、中に肉汁を閉じ込める。


 そして、ここからアルドアレンジだ。


 砕いた塩石。

 辛味のある赤い実。

 乾燥させた根草。


 さらに、砦に残っていた黒麦酒を少量を鉄板へ垂らす。


 じゅわっ!


 蒸気が上がった。


 焦げた肉汁と黒麦酒が混ざり、濃いソースになる。


 甘み。

 苦み。

 肉の脂。

 草の渋み。


 すべてが鉄板の上で絡み合う。

 アルドは最後に、万能包丁の背で潰した球根を放り込んだ。


 香りが跳ねる。


 完全に勝った。


 これは勝った。


 戦場でも勝ったが、鉄板の上でも勝った。


「ぶひひ……」


 アルドは笑った。


 悪い顔だった。


「いい匂い!」

 リアは目を輝かせている。


 セレスティアも、兵士たちも、遠巻きに見ていた。


 圧倒されていた。


 オークの調理技術。


 モンスターを食べるという禁忌の行為。


 情報量が多すぎる。


 誰もついていけない。


 やがて、ランドコカトリスの蒸し料理が完成。


 蓋を開けると、白い蒸気が一気に立ち上る。


 その中から、ふっくらとした肉が現れた。


 締まっていた肉は、蒸されることで柔らかくほどけている。


 表面には香草と塩が馴染み、脂が薄く光っていた。


 アルドは万能包丁で軽く切ると、すっと刃が入る。


 肉汁が淡い香りを放つ。


 完璧。


 次に、ラッシュボアのサイコロステーキ。


 鉄板の上で、ころころと艶をまとった肉が輝いている。


 表面は香ばしく焼け、中は肉汁を抱えている。


 黒麦酒と肉汁のソースが絡み、濃い色に照っていた。


 アルドは皿に盛った。


「いただきまーす!」


 リアが元気よく言う。


「ぶひ」


 アルドも頷く。


 まずはランドコカトリス。


 口に入れた瞬間、アルドの目が見開かれた。


 旨い。


 うまくないはずがない。


 泥肉を食った後だ。


 黒焦げで、生焼けで、土まみれの何かを飲み込んだ後だ。


 その後に食べる、きちんと調理された肉。


 香草の香り。

 塩の旨味。

 噛むほどに広がる肉汁。


 涙が出るほど旨かった。


 染みる。


 魂に染みる。


 これだ。


 飯とは、これだ。


 しかも、身体の奥底から力が湧き上がる感じ。


『レベルアップ』


 来た。


 ハイドオークレベル二。


 ランドコカトリスは、リアの黒焦げ料理には入っていなかったらしい。


 つまり初食材。


 レベルアップ対象。


 美味い。


 味も美味い。


 レベルアップも美味い。


 両方美味し。


 リアも、ランドコカトリスの蒸し肉を口いっぱいに頬張っている。


「鳥さん、おいしーね!」


 じゃねーよ。


 お前は少しは料理を勉強しろ。


 素材を無駄にするんじゃない!


 アルドはラッシュボアのサイコロステーキも口に放り込む。


 外は香ばしく中は力強い。


 噛むと、じゅわりと肉汁があふれる。


 黒麦酒の苦みが脂を締め、赤い実の辛味が後から来る。


 これこそ戦場の肉。


 文句なし!


 その匂いに、また誰かの喉が鳴った。


 ごくり。


 今度は一人ではない。


 あちこちから聞こえる。


 兵士たちのギラギラした目が、肉へ向いている。


 やめろ。

 これは俺のだ。

 お前らモンスター食わねーだろがいっ!


 アルドは肉を隠すように抱きかかえる。


 その時、ジェイルがふらっと近づいてきた。


「なあ、トンソクさん……」


 来るな。


 呼んでない。


「モンスター、すげーうまそうだな」


 そうだな。


「俺にも分けてくれ」


「ぶひっ!?」


 嫌だ。

 断固拒否。


 だが、ジェイルは勝手に座った。


「ジェイルさんもどーぞっ!」


 リアが勝手に差し出した。


 嘘だろっ!


「うっま……!」


 目を見開く。


「たまらん……しみる……」


 ジェイルは本当に美味そうに食べた。


 だが、その表情がまずかった。


 兵士たちが、一歩近づいた。


 出来立ての肉料理。


 いつ以来だろうか、この砦で、まともに焼かれた肉の匂いがしたのは。


 万年食料不足。


 乾いた保存食、薄い粥、硬いパン。


 兵士たちは、ずっと耐えていた。


 生きるために。


 そこへ、これだ。


 蒸した肉に焼いた肉。


 脂と香草の香り。


 熱そして湯気。


 誰かが、ふらりと近づいた。


「少しだけ……」


「ぶひっ!」


 アルドは威嚇した。


 だが、無駄だった。


 また一人、また一人と。


 料理に群がる。


 兵士たちは、最初こそ恐る恐るだった。


 本当にモンスターなんぞ食べられるのか。


 腹を壊さないのか。


 呪われないのか。


 そんな警戒があった。


 だが、一口食べた者が涙を流した。


「うまい……」


 その一言で、我慢の糸が『ぷつん』と切れる音がした。


 兵士たちが一斉に群がる。


 アルドは大慌てだった。


「ぶひっ!ぶひひっ!」


 やめろ!俺の肉だ!触んな!


 だが、無駄。


 みるみる料理がなくなっていく。


 兵士たちは涙を流しながら貪り食っていた。


 こうなると、もう歯止めはきかない。


「火を増やせ!」

「鍋を持ってこい!」

「塩はどこだ!」

「こっちの肉も焼け!」

「誰か皮を剥げ!」


 残った肉まで、勝手に調理され始めた。


 アルドは追い払おうとするが無駄無駄。


 ご馳走を前に、目が血走った人間の力は、とんでもなかった。


 アルドすら圧倒される。


 鍋を運ばれ、鉄板が並べられる。


 誰も命じていないのに、いつもより迅速に。


 アルドは短い腕で止めようとしたが押し返される。


 肉を守ろうとする背後で、別の肉が切られている。


 まるで包囲殲滅戦。


 しかも敵は餓鬼道に堕ちた亡者どもときたもんだ。


 最悪である。


「勝手な行動はやめなさい!」


 セレスティアが声を張る。


「私の命令を――」


 誰も聞いていなかった。


 信じられなかった。


 セレスティアの言葉を、兵士たちが聞かない。


 こんなことは初めてだった。


 彼女の声は、普段なら砦全体を動かす。


 誰も逆らわない。


 だが今は肉が勝っていた。


 兵士たちは、泣きながら食べている。


 笑いながら焼いている。


 疲弊しきっていた砦に、熱が戻っていた。


 もはや宴会、祝賀会!


 セレスティアは言葉を失う。


 その時、木皿を持ってジェイルが近づいてきた。


 切り分けた肉。


 ランドコカトリスの蒸し肉と、ラッシュボアのサイコロステーキ。


「なあ、あんた。まあ、食ってみろって。モンスターだって捨てたもんじゃないぜ?」


 ジェイルは、いたずらっ子のような顔で笑った。


「私は――」


「いいから」


 差し出された皿。


 湯気。


 香り。


 兵士たちの歓声。


 目の前のジェイルは、楽しそうだった。


 とても、死地から帰ってきたばかりとは思えない。


 いや。


 死地から帰ってきたからこそ、なのかもしれない。


 セレスティアは、気づけば肉を受け取っていた。


 大きく切られたランドコカトリスの蒸し肉。


 恐る恐る、口へ運ぶ。


 噛む。


 その瞬間。


 セレスティアも目を見開いた。


 柔らかい。


 塩気は強すぎず、肉の旨味を押し出している。


 香草の癖が、獣臭さを消している。


 いや、消しているのではない。


 旨味をまとめ上げている。


 噛むほどに旨味が染み出す。


 飲み込むと、体の奥に熱が落ちる。


 次に、ラッシュボアのステーキ。


 表面は香ばしく、中は濃い。


 脂の重さを、黒麦酒の苦みと赤い実の辛味が受け止めている。


 粗野だ。


 洗練されてはいない。


 だが。


 まさに戦場の醍醐味、これ以上ない。


「な?うまいだろ?」


 ジェイルが笑う。


 セレスティアは、何かを言おうとした。


 だが、言葉が出なかった。


 こくこくと、何度も頷いた。


 ジェイルは満足そうに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ