第七十五話「水と、証拠と、あと調理」
リアと話していても、らちが明かない。
セレスティアは、そう判断した。
リアが嘘をついているようには見えない。
むしろ、目を輝かせて、心から説明を楽しんでいる。
だが、その内容は壊滅的。
オークに吸い込まれた。
中でぷかぷか。
モンスターは全滅。
どれも、言葉としては理解できるが、意味は理解できない。
やはり、話を聞くべき相手はジェイルだ。
双天のジェイル。
ガルディアスにまで、音に響いた冒険者。
彼ならば、この状況を説明できるはず。
だが肝心のジェイルは、門の脇で吐いていた。
まともに話を聞ける状態ではない。
セレスティアは近くの兵士へ命ずる。
「水をっ、早く」
「はっ!」
兵士が慌てて走る。
これで少しは落ち着くだろう。
セレスティアはそう考えた。
間もなく、兵士が木桶を抱えて戻ってきた。
木桶一杯の水。
「こちらを――」
兵士が差し出した瞬間。
横から太い腕が伸びた。
アルドだった。
そして、それをひったくって飲んだ。
ごくごくごくごくごく。
一気に飲み干した。
容赦のない男、それが勇者アルド。
斬ろうか。
セレスティアの手が、腰の剣へ伸びかけた。
本気でそう考えた。
だが、その時、別の兵士がもう一杯の水を持ってきたため、ぎりぎり堪えた。
今はそれどころではない。
ジェイルへ水が渡される。
「助かった……」
ジェイルは震える手で桶を受け取り、水を飲んだ。
先ほどのアルドのように、バケツごと直飲みなどという下品な真似はしない。
しばらくして、ジェイルの顔色が戻った。
これでようやく質問を始められる。
「それでは報告をしていただけますか?」
「ああ」
ジェイルは口元を拭うとセレスティアに向き直った。
「まず確認させていただきたい。モンスターの群れはどうなりましたか」
「倒した」
「どの程度?」
「全部だ」
セレスティアの眉がわずかに動く。
また、全滅。
偵察兵もそう言った。
リアもそう言った。
そして、ジェイルも。
「あなたとオークで、ですか」
「ああ。トンソクと一緒に全部、な」
セレスティアは黙ってジェイルを見る。
疑念。
それらが、穏やかな表情の奥に浮かんでいる。
ジェイルは、ソレを読み取った。
信じていない。
当然だろう。
自分でも、逆の立場なら信じない。
「詳しく話す」
ジェイルは慎重に言葉を選ぶ。
「まず魔法弾を地面に埋めた。そしてモンスターの群れを誘導して、爆発に巻き込んだんだ」
「魔法弾を……埋めた?」
「ああ。誘爆するように巧妙に配置してな。数を削って判断能力を奪ったあと、一網打尽だ」
周囲の兵士たちがざわつく。
魔法弾を埋めて一気に誘爆させる。
そんな発想は、砦の兵士には全くなかった。
思いついてたとしても危険すぎる。
どうやってタイミングよく爆破させるのだ。
誰かが犠牲になって死ね、ということか。
だが、実行できれば強力なのは間違いないだろう。
「それで。敵の種類は?」
「ランドコカトリスを中心に、ラッシュボア、エッジビースト、マッドエイプ、ヴェノムバイパー、ホーンディア、スパイクラット。他にもいたかもしれない」
「数は?」
「百を超えていたはずだ」
空気が凍った。
百。
しかも、ランドコカトリスを含む混成部隊。
セレスティアは、ゆっくり息を吐いた。
ありえない。
それが彼女の結論。
いくら魔法弾があったところで。
いくら策を講じたところで。
いくらオークの異常性があったところで。
百を超える獣型モンスターの群れを相手に、生きて帰る。
ましてや、すべて倒す。
そんなことはありえない。
きっと恐れをなして、逃げてきたのだろう。
セレスティアはそう考えた。
ジェイルたちは、何らかの方法で見張りの目を欺いた。
あるいは、魔法弾の爆発を利用して、群れが全滅したように見せかけた。
偵察兵たちは混乱し、それを見誤った。
そう考える方のが現実的。
結論。
ジェイルの言葉が嘘ならば、実際にはモンスターの群れがこちらへ向かっている。
この砦は終わりだ。
そんな戦力に対抗できる術はない。
時間もない。
兵士もない。
ここまでか。
「ごめんなさい……ヴァルデマールお父様」
セレスティアは、思わず小さく呟いた。
その名に、ジェイルがわずかに反応した。
ヴァルデマール。
この地を治める領主。
ジェイルは、その名を知っていた。
だが、この場では、あえて何も言わなかった。
その直後だった。
砦の中から悲鳴が上がった。
「うわあああっ!?」
「何だ、これは!」
「モンスターだ!モンスターの山だ!」
「なんだ!いきなり出て来たぞ!」
怒号。
歓声。
騒ぎが一気に広がっていく。
セレスティアは振り返った。
「何事ですか!」
兵士たちが慌てて道を開ける。
その向こうで、アルドが次から次へとモンスターの死骸を積み上げていた。
ランドコカトリスはじめ、先ほど戦場から収納したモンスターを排出している。
兵士たちは後ずさる。
ある者は悲鳴を上げる。
ある者は武器を構える。
ある者は、呆然と口を開ける。
そしてリアが、その横で元気よく叫んでいた。
「すみませーん。だれか調理器具、貸してくださーい!」
何を言っているのか。
セレスティアは、耳を疑った。
「あと、調味料もお願いしまーす!」
調味料?
この状況で。
何を言っているんだ?
しかし、冗談ではなさそうだ。
リアは、本気でそう言っている。
「トンソク、これでいいの?他には?」
「ぶひぶび」
リアは頷いた。
「あ、あと食器も必要だって言ってますー!」
兵士たちは混乱した。
だが、アルドは早速調理を始める気なのだ。
今、ここで。
この砦の中庭で。
当然である。
そのために、汗だくになるまで走って帰ってきたのだから。
もう止まらない。
空腹。
調理。
飯。
アルドの頭の中では、それらが一直線に繋がっている。
セレスティアは、積み上がった死骸を見た。
完全に、心ここにあらず、だ。
これらは、幻ではない。
血の匂い。
確かに、モンスターの死骸だった。
中には、明らかに通常個体ではないランドコカトリスも混じっている。
チャンピオン個体。
そう見て間違いない。
これでも、アルドが出したのは、まだ半分にも満たなかった。
ジェイルの話は本当だったのか。
セレスティアは、ゆっくり死骸の山へ近づいた。
膝を折り、ランドコカトリスの死骸を確認する。
確かに、魔法弾による傷を負ったような形跡がある。
もちろん、すべてのモンスターが爆死ではない。
斬撃痕もある。
ジェイルの説明と矛盾しない。
いや。
矛盾しないどころではない。
証拠そのものだった。
「こんな……本当に……」
セレスティアは呟いた。
その時、真上から荒い鼻息がかかった。
セレスティアはゆっくり顔を上げるとアルドがいた。
近い。
そして、睨んでいる。
威嚇。
明確な敵意。
「こら!トンソク!」
リアが腰に手を当てる。
「こんなにあるんだから、少しくらいいいじゃない。一人で食べられないでしょ!」
「ぶひっーーー!」
アルドは抗議した。
食べられる。
時間をかければ絶対に。
いや、食べきってみせる。
セレスティアは、リアの言葉に仰天した。
食べる?これを?モンスターを?
彼女は、死骸の山を見る。
これを食べる気なのか。
さすがはオーク、見境がない。
そう思った。
だが、次のリアの一言で、常識がさらにひっくり返る。
「モンスターって、おいしいんですよ?」
にこにこ笑顔だった。
に対してセレスティアの顔が引きつった。
変わった子だとは思っていたが、まさかここまでとは。
モンスターをおいしいと。
満面の笑顔で。
セレスティアは、少しだけ後ずさった。
「……あなたが、調理するのですか?」
リアが調理器具と調味料を用意させていた。
ならば、そう考えるのが自然だった。
「ううん」
「では、誰が」
リアは指を差した。
セレスティアは、その先を見る。
アルドは、すでに万能包丁を鉈の形へ変えている。
ランドコカトリスの死骸の前にしゃがみ込み、硬い羽毛を器用に剥がし始めていた。
関節の位置を見極め、刃を入れる。
筋を断ち、皮を剥ぎ、肉を分ける。
妙に手際が良い。
まるで料理職人のよう。
セレスティアの思考が、一瞬止まった。
まさか。
オークが。
調理する気なのか!
モンスターを、この砦の中庭で!
セレスティアの目の前が、ぐるぐる回り始めた。




