第七十四話「収納庫と、帰還と、あとゲロゲーロ」
セレスティアが門の前に到着した。
が、そこは無茶苦茶の支離滅裂だった。
まず、オークは仰向けで倒れていた。
しかも汗だくで。
腹を上下させながら、ぜいぜいと息を切らしている。
次に、ジェイルは門の影で吐いていた。
地面に手をつきゲロゲーロ。
「きぼぢわるい……」
と言いながら、うずくまっている。
そして、リアは喜んでいた。
「すごかったね!また入ろう!」
ぴょんぴょん跳ねている。
何がそんなに楽しいのか。
セレスティアは、状況を理解するために数秒を使った。
だが、とても理解できるものではない。
なぜオークが汗だくで寝ているのか。
なぜジェイルが吐いているのか。
なぜリアが狂喜乱舞しているのか。
何一つ分からない。
「どうなったのか説明しなさい!」
セレスティアは我慢の限界だった。
「ごぼはっ……」
ジェイルは地面に手をついたまま、首を振る。
どうやら、それどころではなかった。
セレスティアの視線がリアへ向く。
リアはにこにこしている。
一抹の不安はよぎるが、致し方なし。
「説明をお願いできますか」
「うん!」
頼もしい返事だった。
しかし、内容も頼もしいとは限らない。
次の台詞が雄弁に語る。
「トンソクに吸い込まれたらね、ぷかぷか浮いたの!」
全然頼もしくなかった。
意味が分からない。
セレスティアは眉間を押さえる。
「……もう少し詳しくお願いします」
「トンソクに、すーって吸い込まれてね、中でぷかぷかーって浮いたの!」
「中?」
「うん! トンソクの中!」
さらに分からなくなった。
セレスティアは、ゆっくり息を吸う。
落ち着け。
敵が直前まで迫っている可能性がある。
ここで混乱している場合ではない。
「質問を変えさせていただきます。モンスターはどうなりましたか」
まず必要な情報から確認する。
これだけ分かれば、すぐに対策に走れる。
「全滅したよ?」
また、それだった。
偵察三人と同じ言葉。
とてもモンスターと戦ってきた様子ではない。
傷があるわけでも、血にまみれているわけでも、悲壮感が漂っているわけでもない。
死地から戻って来た戦士には到底見えない。
オークは寝てるし。
みんな狂ってしまったのか。
いや。
狂っているのは私か?
セレスティアは頭を抱えた。
それもそのはず。
ここに至るまでに、アルドの実験は続いていたのである。
時は少し遡る。
戦場からモンスターの死骸を次々と収納していたアルドは、ふと考えた。
これって人間は収納できるのか?
非常に興味深い疑問。
モンスターの死骸は入った。
ならば、生き物はどうなのか。
ていうか、生きた人間は?
もちろん試すのは危険な行為だ。
生きて戻れる保証がないのだから。
中がどんな場所なのかも分からない以上、収納された瞬間に死ぬかもしれない。
出てきたら中身がぐちゃぐちゃ、なんてこともあり得る。
危ない。
非常に。
当然やるべきではない。
……でも。
ちょっとだけ。
ちょっとだけなら良くない?
アルドは、ちらりとジェイルを見た。
こいつなら平気だろう。
さっきまでラッシュボアを片手で止めていた男だ。
収納されても、たぶん大丈夫。
たぶんな。
アルドはジェイルの肩に手を置いた。
「ん?どうした、トンソク」
ジェイルが振り返る。
ストレージ。
心の中で念じた。
次の瞬間。
ずるり。
ジェイルがアルドの手に吸い込まれ、跡形もなく消えた。
リアが目を丸くする。
「えっ?」
アルドも目を丸くした。
本当に入ってしまった。
どうしよう。
すると、頭の中にジェイルの声が響いた。
『なんだここは!?どうなってる!モンスターの死骸だらけじゃないか!』
どうやら無事らしい。
モンスターの死骸と同じ場所に着いたようだ。
意識もある。
叫ぶ元気も。
問題は、出せるかどうかだ。
出てきたら死体でした、なんてオチは、ないと願いたい。
まあ、死体で出て来た時は、その時だ。
「ちょっと、トンソク!ジェイルさんをしまっちゃわないで!出しなさいっ!ぺってして、ぺって!」
リアがアルドの頭をぽこぽこ叩いた。
うるさいガキだ。
重要な実験中だというのに。
まあいい。
今度は排出の合言葉を決めておこう。
収納がストレージなら。
出す時は、そうだな……。
『イジェクト』。
アルドは心の中で念じた。
その瞬間。
ぬるん。
ジェイルがアルドの掌から出てきて、地面に転がる。
「うおっ!?」
ジェイルは慌てて自分の体を確認した。
腕、足、頭、胴体。
ある。
「俺は……生きてるか?」
「大丈夫?」
リアが心配そうに覗き込む。
「ああ……無事、みたいだ」
ジェイルは胸を撫で下ろした。
なるほど。
生き物も収納できる。
そして、取り出せる。
これは、さらに凄い発見だ。
「トンソク、無茶しちゃだめでしょ!めっ!」
「ぶひ」
お前に言われたくない。
なぜなら。
リアの目がきらきらし始める。
「ねぇ、ジェイルさん。中ってどんなところだったの?」
ジェイルは少し顔をしかめながら答えた。
「暗い。とても暗い場所。だが、物ははっきり見える。変な場所だ。まるで夜空の中みたいだった」
「夜空?」
「ああ。真っ暗。モンスターの死骸が、そこら中に浮いていた。それこそ星のようにな」
「浮いてるの?」
「浮いてる。俺も浮いていた。呼吸はできるが苦しくはない。だが、自分で移動できない。動けはするが、進まないんだ」
ジェイルは腕を動かして見せる。
「水の中にいるみたいな感じだ。いや、水より気持ち悪い。抵抗もなく、進まない」
リアの目が完全に輝きだした。
「トンソク!」
リアが両手を上げる。
「次、私!」
くっそ面倒くさいことを言い出した。
実験は終わった。
以上。
終わり。
もう結構です。
アルドは拒否した。
「ずるい!ジェイルさんだけずるい!私も入りたい!」
リアが頬を膨らませる。
入らなくていい。
「入りたい!!」
面倒くさいやっちゃな。
「トンソクの中、見てみたい!」
その言い方はやめろ。
ジェイルが苦笑する。
「まあ、危険はなさそうではあるが……」
余計なことを言うな。
こうなるとリアは止まらない。
「見たい!見たい!見たい!見たいったら見たいーーー!」
リアが地面を転がりだした。
仕方ない。
アルドはリアの頭に手を置いた。
ストレージ。
ずるり。
今度はリアがアルドに吸い込まれた。
頭の中に、リアの声が響く。
『うわあああっ!』
楽しそうだった。
『すごい!トンソクの中!まっくらだー!でもお空みたいっ!』
アルドには何のことか分からない。
だが、リアにはそう見えているらしい。
『全部浮いてるよっ!モンスターも、私も!ふわふわしてる!』
収納庫の中は、まるで自由空間のようだった。
全てのものが浮いている。
それぞれが、ゆっくりと漂っている。
上下もない。
地面もない。
だが、呼吸はできる。
『ジェイルさんもおいでよー!』
当然、ジェイルには聞こえない。
リアの声は、アルドの頭にだけ響いている。
おい、ジェイル、ちみっこが呼んどるで。
心の中でそう思いながら、ジェイルの肩に手を置く。
「ん?何だ?」
ストレージ。
「おま、待て、まさか――」
ずるり。
ジェイルも収納した。
頭の中に、絶叫が響いた。
『うおおおおおっ!?またか!またここか!』
うるさい。
ジェイルは無重力空間が肌に合わないらしい。
恐怖と不快感に支配されている声が聞こえる。
一方、リアは遊園地のアトラクションにいる気分だった。
『ジェイルさん、見て見て!くるくる回れるよ!』
『やめろ!回るな!気持ち悪い!』
『楽しいよ?』
『楽しくない!』
アルドの頭の中が騒がしい。
だが、そこでアルドは思いついた。
このまま帰れば早いのでは?
リアの歩調に合わせる必要がない。
戦利品は全部収納済み。
自分一人で走ればいい。
なら。
ワイルドダッシュ。
今は通常オーク形態だが、それでも高速で走れる。
アルドは砦の方角を向いた。
そして走り出す。
全力で。
中からジェイルの声が響く。
『うわっ!なんか動いてないか!?』
『気のせいじゃない?』
『いや、絶対に動いてるって!何か流れてる感じがする!』
『そうかなー?』
『絶対そうだって!』
どうやら、アルドの動きはわずかに影響するらしい。
だが、ごくわずか。
収納庫の中が激しく揺れるわけではないのなら、肉がぐちゃぐちゃになる心配も少ない。
ならば、遠慮なく全力疾走だ。
アルドは走った。
ワイルドダッシュで駆け抜ける。
そして。
ガルディアス砦の門前に到着。
そこで、イジェクト。
リアとジェイルを排出。
ぬるん。
ぽん。
二人が地面に出てくる。
リアは笑顔。
ジェイルは真っ青。
「楽しかった!」
「……」
アルドは力尽きて、仰向けに倒れた。
ワイルドダッシュを長時間使用するとこんなに疲れるのか。
今までの使用は短時間なので知らなかった。
これならワイルドオークになって、普通に走れば良かったか?
失敗した。
ぜいぜいと息を切らす。
そこへ、セレスティアが到着したのである。
だから門前は、無茶苦茶だったのだ。
そして、隣ではジェイルがゲロゲーロ。
大袈裟な奴だ。
カエルか、コイツは。




