第七十三話「ストレージと、報告と、あと確認」
ジェイルとリアが、アルドを取り囲んでいた。
興味津々で。
目がきらきらしている。
やめろ。
近い。
鬱陶しい。
「ねぇねぇ、トンソク。今のもう一回やって!」
「それは何だ?魔法か?スキルか?見た事ないぞ」
二人が左右から覗き込んでくる。
トンソクがまた奇妙なことを始めたのだ。
気にするなという方が無理だろう。
アルドにとっては鬱陶しい限りだ。
鬱陶しいといえば、もう一つ。
あの声。
『収納しますか?』
いちいち聞いてくる。
確認は大事だ。
それは分かる。
間違って何でもかんでも吸い込まれては困る。
たとえば、戦闘中に持っている武器を突然収納してしまったら大問題だ。
だが、毎回聞かれるのも面倒だ。
必要なのは、アルドが主導できる合図。
触れただけで勝手に反応するのではなく、こちらが明確に命じる形。
合言葉だな。
やってみるか。
アルドは、ランドコカトリスの死骸に手を置いた。
心の中で唱える。
『ストレージ』。
その瞬間。
ずるり。
ランドコカトリスの巨大な胴体が、アルドの手の中へ吸い込まれていった。
大成功。
「わあっ!消えた! また消えた!」
リアが歓声を上げた。
「なるほどな……触れた物をどこかにしまい込む能力か?」
ジェイルが腕を組む。
たぶんな。
俺にもよく分からん。
が、何はともあれ使える。
とんでもなく使える。
アルドは自分の手を見るが重さは感じない。
だが、確かに入っている感覚はある。
問題は、どれだけ入るのか。
肉は腐るのか。
中はどうなっているのか。
重要である。
まぁ今は考えたところで仕方ないだろう。
入れてみなけりゃわからん。
アルドは近くに転がっていたラッシュボアへ歩く。
手を置くと、ストレージと念じた。
消えた。
次。
エッジビースト。
ストレージ。
消えた。
そこら中に転がっているモンスターを次々に収納してみた。
まだまだ入る。
どんどん入る。
アルドは左手でも試した。
マッドエイプの死骸に左手を置いた。
ストレージ。
左手でも成功。
つまり、右手限定ではない。
両掌。
掌で触れればいい、ということか。
では、足なら。
アルドは近くに転がっていたスパイクラットを、足でちょんと踏んだ。
ストレージ。
何も起きない。
もう一度。
ストレージ。
何も起きない。
駄目か。
どうやら、掌で触れたもの限定らしい。
そりゃそうか。
出す時に色んなとこから出てきたら不味いからな。
足の裏からモリモリモンスターの死骸が出てこられても困る。
とにかく法則性がわかってきた。
アルドは調子に乗った。
次々と死骸に触れていく。
ストレージ。
ストレージ。
ストレージ。
モンスターの死骸が、次々に消していく。
「すごいすごい!トンソク、これなら村の荷物、なんでも運べるね!」
こいつ。
俺を便利屋と勘違いしてるな。
荷物運びなんかする訳ねーだろ。
むしろ、荷物は全部運んでもらってた立場だぞ?
本来なら、お前が運ぶ立場なんだ!
これは高度な戦術的保管だ。
ジェイルは感心していた。
「これだけの素材を一人で持ち帰れるなんて、冒険者ならとんでもない能力だぞ。この能力だけでもB、いやAランクパーティから誘いがあってもおかしくない」
分かっているじゃないか。
そうだ。
とんでもない能力だ。
戦闘向きではない?
冒険者にとって荷物が運べる、というのは最大利点の一つになる。
大量の食料を持っていければ、深いダンジョンに長期間潜れる。
運びきれずに、ダンジョンのドロップアイテムやモンスター素材を泣く泣く諦めるなんぞ日常茶飯事。
もし武器の運搬も可能なら、従軍させれば戦況すら変えかねない。
物流革命が起こる。
アルドを巡って国が動いても、大袈裟とは思えないほどだ。
アルドは鼻を鳴らした。
「ぶひ」
小さくて弱そうで、正直役に立たない進化かと思ったが。
なかなかどうして……アタリだったかもな。
アルドは死骸を次々と収納していくと、戦場からモンスターの死骸が一掃された。
まるで最初から何もなかったかのように。
その頃、ガルディアス砦では、大騒ぎが起きていた。
偵察役の三人が、息を切らせて戻ってきたのだ。
門を抜けた瞬間、ごろつき共に取り囲まれる。
「どうなった!」
「モンスターの数は!」
「ランドコカトリスは何体だ!」
「双天はどうなった!」
「オークは死んだか!?」
三人は肩で息をして、説明ができないでいた。
走って戻ってきたせいだけではない。
見たものを、どう説明すればいいのか分からなかったのだ。
「ええと……魔法弾が爆発して……」
「オークが踊ってたな……」
「自分で斬った腕が生えて……」
「上半身だけで走って行った……」
「いや、その前に三人に増えなかったか……」
「ああ、そのあと光って……」
「最後は首が飛んでった……」
情報が断片的すぎる。
砦の兵たちは顔をしかめて詰め寄った。
「何を言ってるんだ!要領を得んぞ!」
「とにかく敵の数を言え!敵の数を!」
「種類!種類は!」
「いつ来る!あとどれくらいで着く!」
詰め寄られている。
というか、怒鳴られている。
当然だ。
彼らが知りたいのは、世迷言ではない。
どんな敵が。
どれだけ。
いつ来るのか。
それだけだ。
ここに至っては、敵の数がどれだけ減っているかさえ問題ではなかった。
押し寄せてくる種類と数によって、対策を変えなければならない。
ランドコカトリスが多いなら、遠距離攻撃主体にせざるを得ない。
ラッシュボアあたりもまずい。
体当たりで平気で壁に穴をあける。
しかもタフ。
エッジビーストは単純に戦闘力が高く、包囲殲滅が鉄則。
数で押さなければ。
ヴェノムバイパーが混じっていたら最悪。
猛毒持ちに少しでも齧られたら、薬の備蓄が少ないガルディアスでは致命傷。
それらに包囲された状況で、逃げ場なく戦う。
それが防衛戦だ。
願わくば、あの魔法弾で一体でも多く始末していてほしい。
魔法弾は確かに強力だ。
だが、ガルディアス砦では持て余していた。
扱いが難しすぎるのだ。
敵が砦にぎりぎりに迫った時、上から放り投げる。
あるいは、死を覚悟した者が抱えて突っ込む。
使い道はそれくらいしかなかった。
だからこそ、太っ腹に、太っ腹のトンソクに持たせた。
食料を半分食った化け物オーク。
あれなら、かなりの数を吹き飛ばせるかもしれない。
自分自身とともに。
そんな期待と諦めの混じった賭けだった。
だが。
偵察兵は、さっきから全滅した全滅したと言っている。
そんなことは分かっている。
兵士たちはそう思った。
いくら手練れの冒険者とはいえ、ジェイル一人では話にならない。
そもそも、幼女を連れていくなど正気の沙汰とは思えない。
足手まといがいるのだ。
オークも命令を聞かず暴れるだけ。
ならば、ジェイルたちが全滅するのは、最初から分かり切っていたこと。
兵士たちのボルテージは、留まるところを知らず上がっていった。
そこへ、セレスティアが急ぎ足で現れた。
「道を開けなさいっ!」
凛とした声に、人垣が割れる。
セレスティアは偵察兵三人の前に立った。
三人は反射的に姿勢を正し、なぜか正座していた。
「報告を」
セレスティアの声は冷静だった。
だが、急いでいる。
彼女の目が、それを物語っていた。
三人は顔を見合わせ、そして、声をそろえていった。
「全滅しました」
セレスティアの表情が、わずかに苦くなる。
彼女が知りたいのは、ジェイルたちの安否ではない。
いや。
もちろん、気にしていないわけではない。
少しだけ残念に思った。
ジェイルは使えそうな戦力だった。
一緒に戦ってくれていれば、どれだけ心強かったことだろう。
だが、今はそれどころではない。
これから総力戦が始まる。
正確な敵情報が必要だった。
「あなたたちの任務は、戦況報告です。報告は簡潔に、適切に行いなさい」
セレスティアは淡々と言う。
三人は慌てて口々に言い始めた。
「手をちぎったら生えました!にゅるんと!」
「体が光りました!三人いました!」
「上半身だけで走っていきました!あ、また毛むくじゃらで帰ってきました!」
「魔法弾が全部爆発して!」
「頭が飛びました!」
全く意味が分からない。
セレスティアは一瞬だけ目を閉じた。
落ち着け。
彼らは錯乱している。
戦場で凄惨な光景を見たのだろう。
心が壊れてしまったのかもしれない。
だが、必要なのは事実だ。
「簡潔に、といいました。命令に従いなさい」
三人は背筋を伸ばす。
そして、声をそろえた。
「全滅しましたっ!」
セレスティアがこめかみを抑える。
だから。
何が。
誰が。
どう全滅したのか。
彼らの言葉は、まるで要領を得ない。
セレスティアは、深く息を吐いた。
呆れを隠しきれない声で、わざとらしく尋ねる。
「……モンスターが全滅した、という意味でよろしいですか?」
「そうです!」
三人は力強く頷いた。
「モンスターが!ですか!」
「そうです!」
沈黙。
周囲の兵士たちも、固まった。
セレスティアも、一瞬言葉を失った。
モンスターが全滅。
あの規模の群れが。
ランドコカトリスを含む混成部隊だったはず。
それが全滅。
「……それでは確認します。敵は一体も砦へ向かっていない。そう判断してよいのですね?」
セレスティアは低く言った。
「はい!動くモンスターは見当たりませんでした!全部、倒されました!」
やはり答えは同じだった。
どうする。
セレスティアは考える。
この報告を信じて警戒を解けば、もし敵が来た時に無防備に。
かといって総力戦を準備するにも、どのような配置にするのか。
物品も、気力も、時間もない。
判断を誤れば、砦が落ちる。
どうする。
その時だった。
砦の入口が騒がしくなった。
「おい、アイツらが戻ってきたぞ!」
「双天だ!双天もいるぞ!」
「子どもも無事だ!」
「オークだ!オークがいるぞ!」
ざわめきが広がる。
セレスティアは考えるより早く、足が動いた。
「私が確認します!」
彼女は急ぎ足で入口へ向かった。
兵士たちも、その後を追う。
そして、ガルディアス砦の門前へ。
勝利人たちが、帰ってきていた。




