第七十二話「戦利品と、収納と、あと腰抜け」
草むらが、かさりと揺れた。
ひょこ。
リアだった。
リアが顔を出す。
ジェイルの戻りが遅く、我慢しきれなくなったのだ。
戦場を見回している。
倒れたモンスターに焼け焦げた地面、抉れた土。
巨大なランドコカトリスの死骸。
そして、ぽっこり腹のオークのとぼけた顔。
リアは、数秒だけ怪訝な様子だったが、ぱっと笑顔になる。
「勝ったんだね!」
満面の笑みに、ジェイルが親指を立てて応える。
「ああ。何とか」
何とか、などという軽い言葉で済ませていい戦いではなかった。
ジェイルは笑っているが、誰のおかげで勝ったと思っている。
俺様だ。
俺様だって。
結局俺様なんだよ。
んで、ほんの少しだけジェイル。
そして、ジェイルより活躍したのは黒焦げ肉。
そんなことよりも、だ。
アルドは周囲を見渡すと、そこら中、モンスターの死骸だらけだった。
ランドコカトリス、ラッシュボア、エッジビースト、マッドエイプ、ヴェノムバイパー、ホーンディア、スパイクラット。
倒した倒した。
大勝利、ぶいっ!
しかし、問題がある。
持って帰れない。
せっかく倒したのに。
せっかくの肉なのに。
持って帰れそうにない。
特に、ランドコカトリスのチャンピオン個体は巨大すぎる。
アルドとジェイルの二人がかりでも、運べるか怪しい。
やめとくか?
いや、実に素晴らしい肉だ。
このまま置いて帰るなど冒涜である。
食材への冒涜。
肉を炭にした罰として、リアに縄で引っ張らせるか。
アルドはちらりとリアを見る。
リアはにこにこしている。
このチビ助には無理だな。
たぶん、ランドコカトリスの足だけでも、ひと月はかかる。
現実的には、砦で回収部隊を集める。
荷車を出させ、人を総動員させる。
それが正しい。
だが。
やるか?あいつらが?
昨日、殺せ殺せと、騒ぎ立てただけの腰抜け連中が?
モンスター頻出地帯に出向く勇気があるか?
いや、食料になると分かれば運ぶかもしれないが、奴らはモンスターを食わない。
なら、来ない。
これは俺の肉だ。
俺の戦利品だ。
アルドはランドコカトリスの死骸へ歩いた。
でかい。
近くで見ると、さらにでかく感じる。
アルドは、試しにその胴体を持ち上げようとした。
両手を伸ばすし、触れた瞬間。
『収納しますか?』
声が聞こえた。
「ぶひっ!?」
アルドは飛びのいた。
何だ。
何か聞こえたぞ。
進化の許可を求めてくる時と同じ声だ。
どこだ。
どこから見てやがる。
リアがきょとんとする。
そして、アルドの奇妙な動きを見て笑った。
「トンソクどうしたの?もしかしてモンスターが怖いの?大丈夫、死んでるよ、ふふふ」
このガキ……。
死骸にビビってると思ってるのか?
それとも、死んだことを認識できないとでも?
ビビってなどいない。
全然違う。
しかし、この声はリアには聞こえていないようだ。
俺の頭、大丈夫だよな?
アルドは咳払いするように鼻を鳴らした。
そして、もう一度ランドコカトリスに近づく。
再び、恐る恐る手を伸ばす。
やはり、声が聞こえた。
『収納しますか?』
収納。
収納?
今、収納と言ったか?
何を。
この死骸をか?
どこへ?
ハイドオーク。
物を盗む。
追い詰めても煙のように消える。
どうやっているのか長年の謎。
まさか、これか?
アルドはゆっくりと頷いた。
Yes。
その瞬間。
ランドコカトリスの胴体が、アルドの手に吸い込まれていった。
ずるり。
巨大な肉塊が歪み、アルドの手のひらへ吸い込まれるように消えた。
そこにあった巨大な死骸が。
跡形もなく消えた。
「ぶひ……?」
アルドは、自分の手を見た。
何も持っていない。
重さも感じない。
だが、確かに中にある感覚がした。
どこかに入った。
体の中ではない、何か、別の場所。
自分に繋がっている謎の空間。
ひぃ。
なんじゃこれは。
アルドは腰が抜け、尻もちをつく。
どうなったんだ。
誰か教えてくれ。
リアが目を丸くしている。
「え?トンソク何かしたの?ねぇねぇてばっ!」
俺が聞きたい。
ジェイルも口を開けていた。
「おい……今、死骸が消えたように見えたが?まさか……食ったのか!一瞬で!」
なわけあるか!
お前なら食えんのか!
見れば分かるだろ!
消えたんだ!
まぁだから困っている。
アルドは恐る恐る手を握ったり開いたりした。
中にある。
取り出せるのか?
いや、取り出せなければ困る。
ずっと、どこかに入ったまま、取り出せずに肉が腐ったら?
ずっと、それを持たされていたら?
考えるだけでも恐ろしい。
とにかく、そんなことは許さない。
アルドは念じた。
出ろ。
すると今度は。
ズドン。
ランドコカトリスの胴体が、目の前に落ちた。
「ぶひっーーー!?」
出てきやがった!
理解した。
ハイドオーク。
物を盗むオーク。
その能力の本質は収納。
いや、隠すと言うべきか。
アルドは、ゆっくりと口角を上げた。
こいつは使えるぜ。




