第六十九話「地雷原と、雷鳴と、あと風穴」
アルドは、ワイルドオークの姿から、ただのオークの姿へ。
茶色の剛毛が引っ込み、獣のように柔軟だった手足が縮む。
筋肉質の体が、ぽよんと丸みを取り戻す。
ぽっこり腹の残念体形。
食事回復コンボが封じられた今、そうするしかない。
ジェイルはなぜか最前線に来ている。
リアは隠れている。
食材を回収できないなら、これ以上の体力回復は期待できない。
ワイルドオーク形態を続ければ、それだけで体力が削がれる。
今は一滴の体力も惜しい。
節約。
節約は大事だね。
勇者らしくない言葉だが、生き残るには必要な時もある。
視線。
ランドコカトリスのチャンピオン個体の視線が、突き刺さった。
濁った黒色の目。
その目が、細くなったように見えた。
笑ったような気がした。
むかっ。
アルドは、ムカついた。
何だ、その目は。
追い詰めたとでも言いたいのか?
勝ったつもりかよ。
鶏肉に馬鹿にされる、いわれはないんですけど?
だいたい、お前らも半壊してんじゃねーか。
魔法弾と俺様の猛攻で、実質俺の勝ちだろうが!
なめんなって。
……まぁもっとも、減ったのは小物が中心ではあったが。
アルドは斬りやすい個体や、足の速い雑魚から倒している。
大物は、まだ全然残っている。
ランドコカトリス、ラッシュボア、エッジビースト。
そして、チャンピオン個体。
面倒な相手ほど、綺麗に残っている。
最悪である。
ここはやはり、魔法弾を利用するしかない。
残りの魔法弾。
配置。
敵の位置。
アルドは瞬時に計算する。
全滅させる策はある。
だが、その場合、自分も全滅する。
自分ごと吹き飛んじゃう。
実に簡単。
だが、さすがに死んだら意味がない。
絶対に試したくない。
さて、どうしたものか。
アルドはちらりとジェイルを見た。
ジェイルは、ラッシュボアの突進を片手で止めていた。
「ふんっ!」
土煙が上がる。
突進してきたラッシュボアの鼻先を、ジェイルが片手で押さえている。
足は地面にめり込み、体はわずかに後ろへ滑っていた。
それでも人間業ではない。
しかも三人いる。
特に意味はないが、本体と幻影二体。
何だこいつ。
そういえば類まれなる脳筋だった。
もしかして使えるのでは?
アルドの中で、作戦が組み上がる。
敵の猛攻を捌きながら、ジェイルへ視線を向ける。
「ぶひっ!」
力いっぱい呼んだ。
だが、ジェイルは気づかない。
意気揚々と戦い、アルドの背中を守っている。
そして、その状況に若干酔っている。
「ははっ!いいな、トンソク!久しぶりだぜ、こういうのは!」
三人のジェイルが同時に笑う。
腹が立つ。
ニヤけるな。
三人でニヤけるな。
何が面白いんだ、お前らは。
アルドは近くにいたジェイルを蹴った。
すかっ。
足が空を切る。
幻影だった。
無性に腹が立つ。
それで、ようやくジェイルがアルドに気づいた。
「どうした?」
どうした、ではない。
作戦だ脳筋。
アルドは万能包丁で、包囲網の一点を示した。
モンスターの薄い場所。
その奥。
地面に半分埋まった魔法弾の群れのある地雷原。
そして、間髪入れずにソコに向かって走り出した。
ワイルドダッシュ。
「ついていけばいいのか?」
ジェイルは呑気そうだ。
だが、とりあえず付いてきた。
それでいい。
お前は考えるな。
動け。
アルドは敵の隙間をすり抜け駆ける。
魔法弾の位置は頭に入っている。
地雷を、紙一重で越える。
ジェイルも後に続く。
「うおっ、魔法弾だらけじゃねーか!」
絶対踏むなよ馬鹿。
フリじゃねーから。
ジェイルはぎりぎりで魔法弾を避けていた。
危なっかしい。
だが、ふたりは何とか無事に越えた。
アルドは地雷原の奥で止まる。
そして、ジェイルを前に立たせた。
「ん?ここで戦えばいいのか?」
ジェイルが首を傾げる。
アルドは、こくこくと頷いた。
「何か考えがあるんだな」
ジェイルは笑った。
「分かったぜ!」
分かっていない気がする。
だが、動きとしては合っている。
ジェイルは追いついてきた群れを迎え撃った。
三人のジェイルが散る。
一人が前へ。
一人が右へ。
一人が左へ。
幻影が混じっているので、囮としては最適だった。
ランドコカトリスが嘴を突き出す。
ラッシュボアが突進する。
エッジビーストが鎌脚を振る。
だが、標的が三つある。
しかも、どれも本物に見える。
敵の動きがわずかに乱れ、ジェイルの本体が双剣を叩き込む。
やはり強い。
そして、囮として優秀。
本人がそれを理解しているかは、かなり怪しいが。
アルドは距離を取り、敵の集まり方を見た。
まだ早い。
もっと引きつける。
ジェイルはいい囮だ。
幻影を含め、動きが派手。
敵が無意識に反応するほど。
その結果、モンスターたちは次第に一つの塊になっていく。
よし。
ここだ。
全力の助走をつけて、アルドは地面を蹴った。
最大ジャンプ。
オークとは思えない跳躍。
空中で、万能包丁が変形する。
ショートソードから。
大剣を超え。
さらに巨大に。
もはや人間では持てないほどの巨大な刃。
重さも尋常ではない。
アルドはその重量を利用し、ジェイルの眼前へ落下した。
「うおっ!?」
アルドはそのまま、巨大化した万能包丁を地面へ突き立てた。
刃が地面に深く刺さる。
即席の壁。
即席の盾。
そして、アルドはジェイルの胸倉を掴んだ。
「え、何だ!?」
黙ってろ。
アルドは剣に残り少ないMPを流し込む。
エルヴィント魔剣術「ヴォルグレインの放雷」。
剣から放たれた雷が、地面を放射線状に走った。
青白い電撃が土の中を這う。
残っていた魔法弾すべてへ、電撃が伝わる。
そして。
誘爆。
轟音。爆炎。衝撃。
地面が波打つように跳ね上がる。
残った魔法弾が一斉に爆ぜ、周囲一帯を爆風が襲った。
とんでもない威力だった。
まともに巻き込まれれば、ただでは済まない。
もちろん、アルドとジェイルも例外ではない。
だが、アルドは万能包丁を巨大化させていた。
人が隠れられるほどに。
それを地面に突き立て、盾の代わりにしている。
アルドは必死に、背中でその刃を支えた。
「ぐっ……!」
爆風が巨刃を押す。
刃が軋み、地面が割れる。
アルドの足が滑る。
体が持っていかれそうになる。
「ぶひいいっ!」
思わず叫んだ。
だが、伝わった。
ジェイルが、アルドの身体に両手を当てる。
「任せろ!支えてみせる!」
ジェイルの怪力が、アルドを押し返す。
後ろから爆風。
前からジェイルの怪力。
潰れる!
出る!
中身が出ちゃう!
三人のジェイルのうち、本体が支える。
幻影二体も、同じように手を添えている。
見た目は非常に頼もしい。
意味はないが、気持ちだけでも。
幻影は添えるだけ。
それでも、二人は耐えた。
アルドの狙い通りだった。
ジェイルの怪力を利用して、爆風から逃れる。
これが、アルドの作戦。
脳筋の正しい使い方である。
ただし、脳筋すぎて、ぷちゅと行くところだった。
やがて、土煙が晴れていく。
周囲は壊滅していた。
モンスターの群れは全滅。
すべて爆炎と衝撃に呑まれ、死骸が地面に転がっている。
動くものはない。
作戦大成功。
完全勝利。
ざまーみろ。
アルドは、そう思った。
ぐしゃり。
アルドの胴体に、穴が開いた。
「ぶひ……?」
下を見ると、腹から爪が突き出ている。
ランドコカトリスの鉤爪。
背後から突き刺さっていた。
爆風が収まったその瞬間に踏み込まれた。
いつの間に。
違う。
待っていたのだ、この瞬間を。
チャンピオン個体は、すべてを見ていた。
アルドが魔法弾を使い切るところ。
MPを消費するところ。
そして、その後に一瞬だけ隙が生まれたこと。
ジェイルは支え役に使われ、体勢が崩れている。
その瞬間を。
虎視眈々と狙っていた。
すべてのモンスターを犠牲にして、チャンピオン個体は、そこにいた。
赤黒い羽毛を焦がしながら。
鋼の嘴をわずかに開き、濁った黒色の目で、アルドを見下ろしている。
アルドは、腹に刺さった鉤爪を見る。
そして、ゆっくり顔を上げた。
やりやがったなテメーっ!




