第六十八話「魔剣術と、背中合わせと、あと邪魔」
エルヴィント魔剣術「ウルミダスの風」。
アルドの万能包丁から放たれた突風は、ジェイルとランドコカトリスをまとめて吹き飛ばした。
接触は避けられた。
ぎりぎり。
本当にぎりぎりだった。
危ねぇ。
余計なことをするなっての。
アルドは荒く息を吐く。
今の一撃でMPをごっそり持っていかれた。
アルドは魔法を使えない。
正確には、マジックキャスターのように魔法は使えない。
魔法とは、精霊と契約し、術を学び、行使すること。
そういう正統な魔法とは相性が悪かった。
というより、必要性を感じなかった。
聖剣を持ち、前線で敵を斬り裂く。
その方が手っ取り早い。
呪文を一つ唱える間に、アルドなら百は切り刻める。
それが役目であり、求められていたこと。
勇者時代、魔法はトールやエリスの領分だった。
だが結局、勇者にも遠距離攻撃や広範囲攻撃が求められる場面はいくらでもあった。
だからこそ、アルドが覚えたのがエルヴィント魔剣術。
剣技を媒介に、魔力を術として放つ大技である。
広範囲。
長射程。
属性付加。
それらを可能にする、超便利な技術。
ただし、欠点があった。
通常魔法よりもMPを使うのだ。
今のアルドにとって、それは致命的な欠点。
虎の子の残りMP。
フルバーストのため、温存しておきたいMP。
しかも、今のアルドは勇者時代とは比べものにならないほど出力が落ちている。
効率が悪すぎるので、使いたくはなかった。
にもかかわらず使用せざるを得なかった。
ジェイルを救うためにMPを二十も失った。
最大量のおよそ半分。
まったく割に合わない。
貴重なMPだぞ。
分かっているのか、あの男は。
アルドは青筋を浮かべた。
一方、吹き飛ばされたジェイルは地面に尻もちをついたままだった。
「ぐっ……」
痛みよりも、驚きの方が大きかった。
突風に吹き飛ばされたからではない。
トンソクが魔法を使った。
その事実に、思考が止まりかけていた。
この世界では、魔法は誰にでも使えるものではない。
素質がいる。
選ばれた者だけが扱える力だ。
もちろん、戦闘と魔法の才能を両方持つ者もいる。
だが、普通はどちらかの道に進む。
剣を極めるのか。
魔法を極めるのか。
両方を中途半端に学べば、どちらも身につかない。
そういう世界である。
モンスターの中にも、魔法を使う者はいることはいる。
だが、その多くは精霊に近い性質を持つ存在だったり、魔力そのものに寄った異形だったりする。
オークが魔法を使うなど……。
馬鹿馬鹿しい。
そう言うしかない。
剣術を使うだけでも異様なのに、だ。
なのに、魔術まで。
このオークは、いったいどこまで――。
ジェイルは顔を上げた。
トンソクが、こちらを見下ろしていた。
ぽっこりした腹。
短い手足。
豚鼻。
見た目はどうしようもなくオーク。
だが、その目は違った。
達人のそれに見えた。
戦場を知る者の目。
無謀を見抜き、勝機を測り、最善を選ぶ者の目。
ジェイルは、その目を見て自覚した。
自分は知らずのうちに焦っていた。
強敵を前に血が沸いた。
冒険者としての本能が前に出た。
だが、無謀と勇気は違う。
そんな当たり前のことさえ、忘れていた。
それを教えたのが。
ただのオーク。
いや。
ただのオークではない。
ジェイルには、トンソクが一瞬だけ大きく見えた。
「……」
ジェイルは立ち上がる。
尻についた土を払う余裕はない。
二つの幻影も、同じように立ち上がった。
三人のジェイルが、剣を構え直した。
ジェイルはアルドのそばへ走る。
そして、背中を合わせた。
「もう大丈夫だ。冷静になった」
そうこうしている間に、モンスターたちに取り囲まれてしまった。
危機的状況。
普通なら、肝が冷える場面だ。
だが、ジェイルは不思議と不安を感じなかった。
信頼できる相手に背を預ける。
そんな感覚は、久しぶりだった。
トンソクが、ちらりとジェイルを見る。
目が合う。
言葉はない。
それでも、ジェイルにはトンソクの声が聞こえた気がした。
『後ろはお前に任せた』。
そう言われた気がした。
初めて。
本当に初めて、トンソクと意思疎通ができた気がした。
「ああ!任せろ!」
ジェイルは力強く答えた。
だが。
アルドは困惑していた。
なぜ、この男はここまで意味不明なのだろうか。
鈍感なのか?
馬鹿なのか?
俺はずっと言っていただろうが。
食材を確保しろ。
飯を運べ。
補給を切らすな。
それが最重要だと。
この戦いの生命線だと。
なのに、なぜこいつは飯を放り出して、俺の背中にくっついているのだ。
しかも、三人に増えて。
むさいし邪魔。
非常に邪魔。
動きにくいわ!
声も微妙にずれて聞こえる。
『こっちは任せてくれ。邪魔にはならない!』。
いっぺんに喋るな気持ち悪い!
しかも幻影二体にも気配があるせいで、どれが本物か分からない。
敵からの攻撃が三分の一の確率になる、という利点はある。
だが、守る側から見れば三人守るのと同じである。
どれが本物か分からない以上、全部守らねばならない。
労力を増やすな!馬鹿野郎!
さっさとリアのところにでも引っ込んでいろ。
「ぶひ。ぶひひっ!」
アルドは文句を言った。
「分かってるさ。後ろは任せたってことだな」
違う。
全然違う。
何も分かっていない。
一ミリも分かっていない。
アルドの背後からホーンディアが迫った。
角を低く構え、地面を蹴る。
アルドは振り向きざまに斬ろうとした。
だが、ジェイルが邪魔だった。
三人もいるためだ。
幻影を含め、視界にジェイルが多すぎる。
斬る角度がない。
だが、ジェイルも簡単にやられる男ではなかった。
「はあっ!」
三人のジェイルが同時に動く。
一人が左へ。
一人が右へ。
一人が正面へ。
ホーンディアの視線が揺れる。
どれが本物か判断できないため、突進が一瞬止まった。
その隙に、本体のジェイルが横へ滑り込むと双剣が閃く。
一撃目で角を弾き、二撃目で首筋を裂く。
ホーンディアが地面に崩れた。
さすがに強い。
こう見えても、一人でCランク冒険者をやっているだけある。
不遇職のストレンジャーも、力だけならトップクラス。
接近戦はお手の物。
実力者。
それは間違いないのだ。
アルドがジェイルの動きに一瞬だけ気を取られた、その時。
群れから、ヴェノムバイパーが飛び出した。
アルドの足元へ滑るように迫る。
がぶり。
アルドの右足に毒牙が突き刺さった。
そのまま猛毒が注入される。
熱いような、冷たいような感覚が、足首から上へ走った。
アルドは即座に万能包丁を突き下ろすと、蛇の頭を地面ごと貫いた。
ヴェノムバイパーが痙攣する。
だが、問題は毒の方だ。
石化と同じように、全身に回る前に処置するしかない。
アルドは迷わなかった。
すぱん。
右足を膝下から切り落とした。
地面に、毒の回り始めた足が転がる。
アルドは切断面を震わせると。
にゅるん。
粘性ある肉が伸び、足の形を作る。
数秒で、右足は元通りになった。
「大丈夫か!油断するなよ!」
ジェイルが叫んだ。
うるさい。
お前のせいだろうがっ!
お前が変な場所にいるから。
「ぶひいいいいっ!」
アルドは怒鳴ったが、もちろん伝わらない。
ジェイルは頷いた。
「ああ!そうだな!ここからだ!」
違う。
そうではない。
アルドは本気でジェイルを蹴り飛ばしたくなった。
だが、今はそれどころではない。
ランドコカトリスのチャンピオン個体が、じっとこちらを見ている。
観察している。
アルドが足を切り落とし、再形成する様を。
見て学んでいる。
何かを企んでいる目だ。
こいつは、本当に厄介そうだ。
そして、背中のジェイルはもっと厄介だった。
まして、フルバーストも制限された。
前は、敵。
後も、ある意味敵。
四面楚歌とは、まさにこのこと。
「ぶひ……」
アルドは低く鳴いた。
戦場は、終盤戦を迎える。




