第六十七話「食事と、闘志と、あと突風」
口の中には、焦げた肉。
中は生。
料理としては最悪。
そんな物でも、今のアルドにとっては命綱だった。
せめて食事くらいはゆっくりさせて欲しいところだが、そうもいかないらしい。
アルドは、もぐもぐしながら振り返ると、背後にそいつはいた。
ランドコカトリスのチャンピオン個体。
赤黒い羽毛。
鋼のように太い嘴。
濁った黒色の目。
二人を見下ろしている。
ただ立っているだけで、圧があった。
アルドは肉を飲み込む。
おう。
でかい鶏肉だな。
食いごたえがありそうだ。
今度こそ皮はパリっといきたいな。
パリッと。
だが、チャンピオン個体の視線は、アルドを見ていなかった。
ジェイル。
そして、ジェイルの手元。
その視線の動きで、アルドは理解した。
こいつ……。
見てやがったな。
そう、アルドの動きを観察していたのだ。
小さくなったはずの体が元へ戻った。
それを不審に思い、確認しに来たのだ。
今また。崩れかけた体が復活している。
その秘密がこれ。
ただの獣型モンスターではない。
明らかに考えている。
今のアルドからすれば、ランドコカトリスなど、ものの数ではない。
嘴や爪に石化効果があろうが、所詮は遅効性。
スライムオークであるアルドには、致命打になりえない。
石化した部分を切り落とし、形を作り直せばいいのだから。
多少質量は減るが、それだけだ。
だが、人間は違う。
無傷で勝たなければならない。
少しでも傷を負えば、そのあと石化が進む。
戦闘中に勝っても、戦闘後に死ぬ。
あるいは、腕を、足を切る。
石化が進む前に、処置が必要になる。
勝った後の方が厄介な相手。
それが、ランドコカトリスだった。
ガルディアス砦が魔法弾を使う理由も、それだろう。
倒すだけなら、多数の兵士でどうにかなるかもしれない。
だが、そのうちの何人が石化する?
せっかく勝っても、その後に多数の死者が出るのでは意味がない。
だから、近づけない。
ゆえに、爆破する。
セレスティアは人間爆弾まで立案していた。
非情。
そう見えた選択は、結局、より多くの人命を救うための手段だったのだ。
腹立たしい女だが、判断は間違っていない。
そして、それはジェイルも同じ。
通常戦闘なら、ジェイルとて互角以上にやれるはず。
Cランクとはいえ、実力はそれ以上。
だが、この個体は厄介だ。
体の大きさが、ではない。
目に宿る知性が、それを物語っていた。
コイツは、アルドよりジェイルを見ている。
いや。
ジェイルの持つ食事を見ている。
これだ。
これが回復手段だ。
まず、これを潰さねばならない。
言葉はないが、その思考がひしひしと伝わってくる。
ジェイルの顔から、余裕が消えた。
無意識に、手の中の食事を落とす。
ぼとり。
布包みが地面に落ち、黒焦げの肉が、土にまみれる。
アルドは目を剥いた。
「ぶひいいっ!?」
何してくれとんじゃ!
それ、飯!
回復手段!
命綱!
土まみれにしやがった!
食えるのか?お前なら食えるのかソレが!
一方、ジェイルは、それどころではなかった。
両手に剣を携える。
いつもの構え。
その目は、完全に冒険者のものになっている。
ランドコカトリスのチャンピオン個体は、落ちた食事をちらりと見た。
だが、興味を示さない。
食事そのものを壊すよりも、それを運ぶ者を壊す。
この人間を潰さねば、同じことが繰り返される。
やっかいなオークは後回し。
戦闘は、回復手段を持つ者を最優先。
そう判断している。
正しい。
正しすぎる。
アルドは舌打ちした。
そう。
実は、この戦いは、アルドがどれだけ暴れるかではない。
ジェイルを守り切れるかどうかの戦いだったのだ。
だからこそ、アルドはずっと敵の意識を自分へ向け続けていた。
あの封印技まで使って。
すべては、ジェイルとリアを隠すため。
ジェイルが狙われるのは最悪だった。
ランドコカトリス相手にジェイルでは分が悪い。
というより、人間では分が悪い。
まして、ジェイルはこう見えてパワー系である。
基本は前に出ての力押し。
攻撃を受けないまま封殺するタイプではない。
ストレンジャーの能力で、石化を無効化できるなら話は別だが。
そんな都合のいい効果を引けないだろう。
できなければ。
傷を負った時点で終わり。
特に、このチャンピオン個体の石化進行は速い。
通常個体の数倍。
十分あれば戦闘不能。
三十分もすれば石像の完成。
呑気に決闘などしている場合ではない。
逃がす。
とにかくジェイルを逃がす。
それしかない。
「ロール・ザ・ダイス!」
ジェイルが叫んだ。
次の瞬間、二つの十面ダイスがジェイルの頭上に浮かぶ。
おい。
馬鹿。
やめろって!
流れが見えねぇのか、こいつ!
この流れで最高の目なんか出ねぇって!
本当は確率なので関係はない。
だが、気分の問題である。
今は明らかに、悪い流れだった。
こういう時に賽を振る者は、大抵ろくな目を出さない。
もちろんアルドの偏見であるが。
ダイスは止まった。
二つの十面体。
出た目は……二十五。
光が弾ける。
ジェイルの姿が、ぶれた。
一人。
二人。
三人。
なんと、ジェイルが三人に増えた。
いや、正確には本体一人と幻影二人。
だが、見た目だけでは分からない。
姿どころか、気配も分散している。
これは大当たりに近い。
なぜなら、攻撃が当たる確率は単純に三分の一になるからだ。
逃げきるには十分。
よし!そのまま下がれ!
走れ。
走って逃げろ。
リアのところへ戻れ。
アルドはそう思った。
だが。
「うおおおおっ!」
ジェイルは、弾かれたようにチャンピオン個体へ駆けた。
「ぶひいいいいっ!?」
違う!
そうじゃない!
自分から行くな!
なぜ行く。
なぜ前へ出る。
逃げろと言っているだろうが。
言ってないが。
伝われ!
アルドは心の中で念じる。
ジェイルのアドレナリンは出っぱなしだ。
当然といえば当然。
目の前に強敵がいる。
殺意を向けている。
それで逃げる?
そんな男だったら、最初から冒険者などやっていない。
ましてや、ジェイルは不遇職と呼ばれながら、それでも守護者と呼ばれるまで戦ってきた男。
強敵を前に背を向けるという選択肢はない。
だが、アルドから見れば最悪だった。
こいつ。
面倒くさい。
どうしてこう、馬鹿なんだ。
アルドも似たようなものだったが、それは棚に上げる。
アルドは万能包丁を構えた。
この距離。
割って入るには危険な距離。
ジェイルを巻き添えにする可能性がある。
ならば、使うのはエルヴィント魔剣術。
ウルミダスの風!
アルドが剣に魔力を込めて、横薙ぎに振る。
刃から、圧縮された突風が放たれた。
それは斬撃ではない。
魔法。
剣で魔法を繰り出す魔法剣だ。
ランドコカトリスのチャンピオン個体が、嘴を開く。
ジェイルの三つの影が、二刀を構えて突っ込む。
会合の刹那。
両者の間に、風が割り込んだ。
ごおっ!
突風が、チャンピオン個体とジェイルをまとめて吹き飛ばした。
「ぐっ!?」
ジェイルの本体と幻影が、まとめて流される。
チャンピオン個体も、巨大な脚で地面を削りながら、数歩分押し戻された。
距離が開く。
接触は避けられた。
ぎりぎり。
本当にぎりぎり。
アルドは荒く息を吐いた。
危ねぇ。
余計なことをするなっての。




