第六十六話「消し炭と、疾風と、あと背後」
決して無理はしない。
時間を稼ぐ。
アルドはそう覚悟を決めた。
今は勝つ必要はない。
すぐ全滅させる必要もない。
ジェイルが戻るまで。
リアの料理ができるまで。
レベルアップ回復の一口が届くまで。
耐え凌ぐ。
消耗しない。
それだけを考えて。
だが、モンスターたちはそれ程甘くなかった。
誰かが指揮を執っているわけではない。
号令なし。
隊列なし。
作戦なし。
なのに、連携は妙に噛み合っていた。
前列のランドコカトリスが注意を引くために鋭い嘴を突き出し、硬い脚で地面を蹴る。
それに合わせて、死角の二方向からエッジビーストとマッドエイプが同時に襲いかかる。
必ず同時。
一体なら余裕をもって対処できる。
避けることも。
斬ることも。
だが、片方を処理すれば、必ずもう片方への隙が生まれる。
嫌な攻め方だった。
獣の野生、とでもいうのだろうか。
勘。
そういう類のものなのだろう。
だが、アルドとて負けてはいない。
勇者の戦いは、常に多対一だった。
魔王の軍勢は大群。
罠だらけの戦場。
援軍が来ないなど日常茶飯事。
囲まれることが日常だった。
攻撃を捨て、回避に専念するなら……。
そう簡単には当たらない。
ぷるん。
ぐにゃり。
ぬるり。
形容しがたい動きだった。
豚のくせによく動く。
そうとしか言いようがない。
ランドコカトリスの嘴が眼前を通過する。
エッジビーストの鎌脚が空を切る。
マッドエイプの爪は、沈んだアルドの肩を掴み損ねる。
スパイクラットの突進は、腹がぷよんとへこんで受け流された。
気持ち悪い。
だが、確実に避けている。
とはいえ、長くは持たないだろう。
奇妙な動きも、見慣れれば予測される。
動きの癖を読ませない立ち回りにも限界はある。
ダメージを負えば質量が減る。
動きが鈍る。
そうなれば、集中砲火を待つのみ。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
視界の端に、ジェイルの姿を捉えた。
来た!
ならば反撃開始。
アルドにしかできない、アルドだけの戦い方を見せる。
「ぶひ」
アルドは、棒立ちになった。
急に動きを止めたオーク。
当然、モンスターたちはそこへ殺到する。
マッドエイプ、エッジビースト、スパイクラットが次々としがみつく。
逃がすまいと、体を押さえつけた。
もはや身動きは取れない。
遠くの監視兵が息を呑む。
「おい!捕まったぞ!」
「終わりか?」
違う。
アルドは、これを待っていた。
わずかに動く右腕。
そこに握られた万能包丁。
ロングソード形態だった刃が、アルドの意志に反応して変形する。
厚く。
重く。
広く。
その姿を大剣へと。
力は必要ない。
振り回すわけではないのだから。
ただ、その重さを利用する。
ずん。
大剣が地面を叩く。
そこにあるのは、魔法弾。
次の瞬間。
大爆発。
アルドごと、しがみついていたモンスターたちが吹き飛んだ。
爆炎が広がり、土砂が舞う。
モンスターはアルドごと爆発四散した。
当然アルドも無事では済まない。
片腕、片足が吹き飛ぶ。
腹も半分ほど持っていかれた。
しがみついていたモンスターたちが盾になったおかげで威力分散している。
致命傷は避られている。
そして。
千切れた手足を再び形を作る。
ただし、質量は大きく減った。
アルドの体は、半分以下の大きさになっていた。
小さい。
かなり小さい。
だが、問題なし。
動ければ、それで十分。
砂煙がアルドの姿を隠している間に、万能包丁を大剣からショートソードへ変える。
軽く、短く、走りやすく。
そして。
ワイルドダッシュ。
アルドは砂煙の中から飛び出し、ジェイルの元へ走った。
「こっちだ!」
草むらの陰にいたジェイルが、布に包んだ肉を差し出す。
アルドはそれをひったくるように受け取った。
そして、固まった。
なんじゃこりゃ。
ほとんど消し炭じゃねぇか。
黒い黒い。
黒すぎる。
誰だ調理した奴は!
もちろんリアである。
料理経験ゼロの彼女の奮闘の結果、その結晶である。
料理と言っていいのか、これは?
いや、贅沢は言っていられない。
アルドはソレにかぶりついた。
がり。
外側は消し炭。
反して、中は完全に生。
外はカサっと。
中はぬるっと。
ひどい。
触感がひどい。
調理としては最低点。
だが。
旨い。
それでもなお、旨い。
こんなにひどいのに、旨い。
久しぶりの肉。
モンスター肉。
保存食ではない。
硬いパンでもない。
本物の新鮮な肉。
格別だった。
「ぶひ……!」
力が湧き上がる。
体の奥が熱くなる。
レベルアップの証。
スライムオーク、レベル五。
縮んでいた体が、むくむくと元の大きさへ戻っていく。
削れた質量が満ちる。
体力が戻った。
レベルアップに伴う回復効果だ。
アルドは口元を拭い、ジェイルを見る。
「ぶひ」
顎をしゃくる。
隠れていろ、そういう合図だった。
「はいはい。ちゃんと料理は確保しとくよ」
当然だ。
フルパワーに戻った力、見せてやるぜ。
アルドの体が変形した。
丸い体が引き締まり、短い脚が太く、獣のようにしなる。
腕が伸び、肩が広がる。
全身に茶色の剛毛が生え、牙が鋭くなる。
ワイルドオーク形態。
この姿になれば、急速に体力が削れていく。
長くはもたない。
だが、今は体力回復手段がある。
ならば。
切り札の一つは切らせてもらう。
アルドは地面を蹴る。
この体は、そもそもの機動力が段違いだ。
そこにワイルドダッシュを組み合わせ。
その動き、まさに疾風。
戦場を縦横無尽に駆け巡る。
万能包丁も、細身の剣へ姿を変える。
走る勢い。
踏み込みの速度。
そして、剣に纏わせた闘気。
それらを一つに!
ベルガ聖騎士剣「ライトニングスラッシュ!」。
閃光が走った。
アルドがモンスターの脇を抜ける。
その瞬間、スパイクラットが両断された。
次の閃光。
マッドエイプの胴が裂ける。
次。
ホーンディアの首が飛ぶ。
次。
ヴェノムバイパーが二枚におろされる。
走る。
斬る。
止まらない。
アルドの通った後に、モンスターが倒れていく。
ギャキイィィィン!
ランドコカトリスの硬い羽毛は斬り切れなかった。
細身の刃では表面で滑る。
浅い。
だが、他の中型モンスターは違う。
スパイクラット。
マッドエイプ。
エッジビースト。
あらかた一掃されていく。
監視兵たちは、言葉を失っていた。
「あれ……さっきより速くなってないか?」
「形も違うぞ」
「何なんだよ、あのオーク」
その問いに誰も答えられない。
だが、アルドの優勢も永遠ではない。
時間経過とともに、体力が削れ、形が崩れていく。
ワイルドオークの姿が、少しずつ保てなくなった。
輪郭がぶれる。
限界だ。
アルドは、すたこら逃げた。
疾風のように戦場を駆けた戦士が、その勢いのまま、すたこら逃げた。
一直線に、ジェイルの元へ。
「もう戻ってきたのかよ!早いなっ!」
ジェイルが慌てて次の肉を差し出す。
アルドは何も言わずに受け取る。
そのまま、かぶりついた。
がり。
相変わらず、ひどい触感だ。
焦げ。
生。
土くさい上に獣臭がする。
だが、先ほどとは違う旨味があった。
少しだけ、山の葉の風味。
草をよく食っている個体だったのかもしれない。
知らんけど。
どうでもいい。
旨味が違う。
それが重要。
種類が違うということだ。
つまり。
レベルアップ。
体に力が戻る。
崩れかけていた形が、元の力強さを取り戻す。
体力完全回復。
完璧だ。
いや、完璧なのは作戦か。
アルドは満足げに頷いた。
これぞ必殺コンボ。
まさに勇者にしか思いつかない高度な戦術。
すべて予定調和。
一つの問題を除いて。
アルドの背後。
そこに、巨大な影が立っていた。
赤黒い羽毛。
鋼のように太い嘴。
濁った黒色の目。
ランドコカトリスのチャンピオン個体。
アルドが、ゆっくり振り返ると……。
そいつはいた。




