第六十二話「作戦と、給仕と、あと鷹の想い」
次の日、朝早くから、アルドは地面を掘っていた。
がりがり。
ざくざく。
短い腕で土を掻き、鼻息荒く穴を掘る。
ついに野ブタに目覚めたか?
そんなわけではない。
畑を作る気も、芋を育てる気もない。
違う。
アルドは魔法弾を地面に埋めているのだ。
直径三十センチほどの球体。
金属と魔石を組み合わせた、いかにも危険そうな物体である。
数は十個。
強い衝撃を受けるか、一定時間が経過すると爆発する。
昨日、補給部隊に責任を取らせるため使おうとしていた、アレだ。
それを、アルドがせっせと地面に埋めている。
勇者が朝っぱらから土木作業。
尊厳とは何かを考えさせられる。
ごろん。
アルドは魔法弾を穴へ転がし込んだ。
今回は、そこまで深く隠す必要はない。
地面に三分の二ほど埋めておくだけで十分。
人間相手なら通用しない。
なぜなら見れば分かるから。
踏めと言われても避けるだろう。
罠としてはあまりに雑。
だが、相手はモンスターである。
走るしか能のない大型鳥。
ならば、これでいい。
これがいい。
適度なタイミングで爆発させてやろう。
そのためには視認する必要がある。
爆発すれば……。
勝手にまる焼け。
ん?
いや。
爆発で焼きすぎるのはよくないか。
肉は火加減が命。
あくまで表面は香ばしく。
中は柔らかく。
肉汁は逃がさず。
そこが重要だ。
魔法弾の爆破の手順は、慎重に決めねばならないだろう。
これは戦術である。
決して料理の下準備ではない。
たぶん。
アルドは十個目の魔法弾を地面に埋めると、土を軽くかぶせた。
これで準備は終わり。
だが、本番はここからだ。
作戦を伝えなければならない。
今、ここにいるのは、リアとジェイルだけだ。
本当に兵士たちは誰も来なかった。
当然カイルも来なかった。
リアは真剣な顔で立っている。
ジェイルは腕を組み、アルドを見ている。
今回の作戦には、この二人の協力が必須である。
非常に不安であるが、他に選択肢はない。
「ぶひ。ぶひぶひ。ぶひっ」
アルドは説明を始めた。
身振り手振りを交え説明する。
森を指す。
魔法弾を指す。
自分を指す。
リアを指す。
ジェイルを指す。
腹を叩く。
口を開ける。
食べる仕草をする。
もう一度、腹を叩く。
傍から見れば、食い意地の張ったオークが朝飯を要求しているだけだったが、リアは真剣に聞いていた。
「うん。うん……そうなんだ。なるほど」
リアは頷く。
そして、ジェイルへ向き直った。
「トンソクの作戦を伝えるね」
「本当に分かったのか?」
「分かるよ。トンソクのご主人様だもん」
ジェイルは疑わしそうな顔をした。
アルドも同じ顔をした。
分かっているのか。
本当に。
「まず、私は安全な場所で待機します」
正しい。
アルドは頷いた。
「トンソクは一人で戦います」
そこも正しい。
「ジェイルさんは、トンソクが倒したモンスターをこっそり回収します」
「……回収?」
「うん。それを私が調理します」
「調理?」
「すぐに食べられるようにするの」
「……」
ジェイルの顔が険しくなる。
「それで、料理を持ったジェイルさんが、その辺で待機します」
「その辺ってどこだ」
「あの辺」
「雑だな」
「トンソクが必要な時に、ジェイルさんが食事を渡します」
「……」
ジェイルはしばらく黙った。
そして、アルドを見た。
「つまり……戦闘中に給仕をしろってことか?」
「ぶひ」
アルドは頷いた。
「しかも、食いやすい状態にして持ってこいと」
「ぶひ」
その通り。
「戦場で」
当然。
「俺が」
お前が。
「生きるか死ぬかの戦いでっ!どれだけ食い意地張ってんだよっ!」
「ぶひぃいいいいっ!」
アルドはブチギレた。
違う違う違う。
こいつは何も分かっていない。
これは飯の心配ではない。
いや、飯の心配だが。
そうじゃない。
これは、アルドの特性を最大限に利用した必殺の作戦である。
モンスターを倒す。
食う。
レベルが上がる。
回復する。
強くなって、また倒す。
また食う。
また回復する。
これを戦闘中に回す。
名付けて。
食ってレベルアップして回復するコンボ。
安直。
だが、強い。
ランドコカトリス。
他の獣族モンスター。
全部、食材。
いや経験値。
いや食材か?
とにかく重要なのだ。
それを、飯の給仕だと?
許せん。
最高戦術を食い意地扱いされた。
これは最大の侮辱である。
「ぶひ!ぶひぶひ!ぶひいいっ!」
アルドは激しく抗議した。
もっとも、聞こえるのは全部「ぶひ」であるが。
ただ、剣幕だけはすごかった。
「分かった。分かったって。悪かった。必要なんだな飯が」
「ぶひっ!」
当然だ!
戦闘中に飯の心配するやつがどこにいるっ!
確かに、ここにいるがっ!
意味が違うだろう。
戦術だ。
細かいことはいい。
とにかく作戦なのだ。
従っとけ。
対して、リアは真剣に頷いた。
「つまり、トンソクが戦いながら食べられるようにすればいいんだね」
そうだ。
「あと、同じモンスターを料理しちゃだめだって」
そこ重要。
「できるだけいろんな種類を食べられるようにする」
同じ種類のモンスターではレベルアップできないし、回復もしないからな。
「分かった!」
リアは親指を立てた。
アルドは不安になった。
不安しかない。
本当に分かっているのかこの娘は。
昨日も自信満々に「トンソクが何とかしてくれます」と丸投げした女である。
信頼してもいいのか。
いや、信頼するしかない。
『このまま逃げるか』。
一瞬、そんな考えもよぎったが、すぐに消えた。
アルドだけなら、やれないこともないだろう。
だが、リアがいる。
リアを連れて逃げるには、無理がありすぎる。
ガルディアスが落ちれば、補給も移動もままならなくなるからだ。
モンスター群生地に取り残される。
帰るどころの話ではない。
進退窮まる。
今のアルドにとって、リアは特別な存在だ。
あの大百足戦で起こった魔力補給。
偶然かもしれない。
だが、可能性は十分にある。
リアは、聖女に代わる貴重な人材かもしれないのだ。
切り捨てるには惜しい。
ならば。
信じるしかない。
この二人を。
アルドは森の方を見た。
人の匂い。
姿は見えないが、周囲に三人ほど監視がいる。
匂いで分かる。
砦の兵士だ。
おそらく、ここを抜かれた時に、状況を知らせるための監視だろう。
助けを求めても無駄。
彼らの役目は援護ではない。
報告。
それだけ。
セレスティア、とかいったか?冷たい女だ。
アルドはそう思った。
だが、不思議と嫌ではなかった。
美人だから。
というのは理由ではない。
いや。
かなりあるかもしれない。
だが、それだけではない。
アルドは昨日のセレスティアの匂いを覚えていた。
怒り。焦り。責任。疲労。恐怖。
それらが、奥底に沈められていた。
決して表には出さない。
感情よりも使命を優先させる。
自分の中の弱さを押し殺し、役割を演じる。
そういう匂いだった。
与えられた環境で、与えられた役割を果たす。
自分の意志や感情など関係ない。
そう生まれたから。
そう育てられたから。
そうでなければならないから。
強者に生まれた者は、強者の生き方しかできない。
アルドが、勇者であったように。
大空を舞う鷹に訊いてみればいい。
なぜ空を飛ぶのですか、と。
きっと、こう答えるだろう。
それ以外の生き方を知らないから。
どれほど孤独でも。
どれほど風が冷たくても。
そこにしか居場所がないから。
アルドも同じだった。
勇者として生まれた。
勇者として育てられた。
勇者として戦った。
戦いの場に立てば、体は勝手に最善を探る。
勝機を見つける。
敵を読み、味方を使う。
生き残る道を探す。
それが、アルドという男だった。
姿が変わっても。
言葉を失っても。
誇りが泥にまみれても。
この性だけは変わらない。
戦いに身を投じ、考え、勝つために動く。
それが勇者なのだから。
「ぶひ」
アルドは鼻を鳴らした。
「トンソク、頑張ろうね!」
「飯の給仕か。まったく、変な戦場だな」
アルドは森の奥を睨む。
まだ姿は見えない。
だが、遠くから匂いが近づいていた。
食材の気配。
アルドの口元から、またよだれが垂れた。
戦いが始まる。




