第六話「牛小屋と、処分と、あとゴブリン」
怒れる村人たちに囲まれた。
イカレる?
いやイカレた、か。
農具、薪割り斧、猟師用のナイフ。
老若男女、手に手に武器を持って、アルドを半円形に取り囲んでいる。
目が血走ってやがる。
震えながら斧を構えているガキもいるぞ。
とにかく圧がすごい。
しかしアルドは動かなかった。
動く必要がない、というのが正確なところだが。
所詮辺境の村民。
オーク相手にこれだけ慌てふためいて。
程度がしれるな。
本当ならさっさと逃げ出すところだが、首輪がある。
リアの命令なしに、この場を離れることはできない。
リアが前に出た。
「落ち着いてください!このオークは私がテイムしました!大丈夫です!」
村人たちの視線がアルドとリアの間を行き来した。
ひげ面の中年男が、アルドをじろじろと眺めた。
頭のてっぺんから足の先まで。
ピンクの肌を。
丸い鼻を。
ずんぐりした体型を。
やめろ、恥ずかしいだろ!
それから、大きなため息をついた。
「……良かった、ただのオークか」
「ただのオークです」とリアが答えた。
……悪かったな、ただのオークで。
「暴れてるわけでもないし……」
「おとなしいです」
「テイムされてんなら、リアには逆らえないわけだ」
「そういうことです」
中年男がまた一度アルドを見た。
「食欲しか能のない雑魚じゃないか」
それは否定しないが、傷ついたぞ。
アルドは黙っていた。
今ブタが説明を始めると、きっとややこしくなる。
村人たちの間で、ざわざわとした話し合いが始まった。
警戒の空気が、じわじわと薄れていく。
暴れていないし、テイムされているし、どこからどう見てもただのオーク。
脅威度が低いと判断されたのだろう。
農具を下ろし、武器をしまう者も出てきた。
よしよし。
そのとき、ひげ面の男が思い出したようにリアに聞いた。
「バラすのか?」
アルドの表情が、一瞬で凍りついた。
バラす?
わかっている。
モンスターを解体して素材を取ることだ。
勇者時代に何度も見てきた。
でもそれを今、俺に向かって言っているのか。
「えーと」リアが少し考えた。
えーとじゃない。考えるんじゃねーぞ。
「どうしようかな」
どうしようかな、じゃない!
俺の命がかかってるんだ!
丁重にお断りしなさい!
別の村人が口を挟んだ。
「オークって素材ほとんど取れないんじゃなかったか」
「そうそう、皮も牙も大して値がつかない」
「骨も使い道ないしなあ」
やめてくれ。
経済的な観点で俺の体を議論しないでくれ。
しかも素材として価値がないという事実が、なぜか地味に傷つく。
「まあ、バラす労力の方がおおきいしなー」
「だよなあ」
アルドは静かに胸をなでおろした。
俺の命が経済的効率性によって守られた瞬間だった。
複雑な気持ちだが、生きられるなら良しとする。
そこへ、二人の人物が駆けてきた。
「リア!」
三十代くらいの女性と、四十がらみの男性。
女性はリアにそっくりな薄茶色の髪をしていた。
おそらく母親と父親だ。
母親がリアに飛びついた。
「無事でよかった!心配したのよ!どこ行ってたの!一人で森に入っちゃダメって言ったでしょ!」
「ちゃんと帰ってきたよ」
「帰ってきたらいいって問題じゃないの!当たり前でしょ!」
「じゃあ帰って来ない方が良かった?」
「もう!この子は!」
父親は母親の後ろで腕を組んでいた。
無言だったが、目が雄弁に語っていた。
後でちゃんと話すぞ、と。
周りの村人たちが、リアとアルドを交互に見て、くすくすと笑い始めた。
「リアがテイムしたのがオークか」
「まあ、リアらしいっちゃらしいな」
「オークねえ」
「ほら……やっぱ食い意地張ってるから、さ」
「ペットは飼い主に似るっていうし?」
ペットじゃないが。
「笑わないでください!このオークは普通じゃないんです!」
リアが胸を張った。
「何が普通じゃないんだ?」と誰かが聞いた。
「よく聞いてくれました!なんと料理ができます!」
一瞬の沈黙。
それから。
どっと笑いが起きた。
「料理?オークが?」
「嘘つけ嘘つけ」
「それに、料理ができたところで何になるんだ?」
「リアちゃん、よっぽど嬉しかったんだねえ、初テイムで」
誰も信じていなかった。
「本当なんです!森でモンスターを焼いてるの見たんです!下処理もちゃんとしてて!」
「下処理?上品なオークだこと、あっはははは!」
「本当なんだって!」
「わかったわかった。あとは銀の食器でも使ってたんだろ?貴族様みたいに?」
「ぎゃはははは!」
完全に子供のほら話扱いだった。
村人たちは笑いながら解散し始めた。
それぞれの家へ、それぞれの仕事へ。
日常が戻っていく。
アルドは村人たちの後ろ姿を見送りながら、思った。
(助かった……今のは過去一やばかったぜ!)
九死に一生を得たアルドだった。
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リアの家は、村の真ん中あたりにあった。
こじんまりとした木造の家だ。
窓に花なんて飾ってある。
だが、どう見ても野草だ。
生活感があって、温かみがあるが、どうなんだ?
道端に咲いているものをわざわざ飾るって。
その辺の石も置いといてやるか、喜びそうだ。
アルドが道端の石を持ちながら、家に入ろうとしたら父親に止められた。
「……待て」
低い声だった。
父親がアルドをじっと見た。
値踏みするような目。
なんだ?この石じゃまずいのか?田舎の風習はわからん!
「オークに躾も何もないが……モンスターが家の中に入れるわけないだろ?外にいろ」
「お父さん!」
「リア。テイムしたなら、そのモンスターの責任はお前にある。モンスターの管理もテイマーの仕事なんだぞ」
リアが唇をかんだ。
父親がアルドに向き直った。
「はぁ、仕方ないな。ついてこい」
案内されたのは、家の裏手にある小屋だった。
牛小屋、だな。
しかし牛はいない。
藁が敷いてある。
木の仕切りがある。
干し草の匂いがする。
どう見ても動物の寝床だ。
家畜はいないが。
このおっさんの趣味か?
牛小屋作りが。
なんか、空き家を自分流に作るって趣味も聞いたことがあるな。
まぁそんなもんだろう。
「お前はここで寝ろ」
父親はそれだけ言って、戻っていった。
マジか!
アルドは小屋の中を見渡した。
勇者が牛小屋かよ、とほほ。
勇者。
魔王打倒の使命を背負った男。
四年間、世界を旅した戦士。
行き着いた先が牛小屋。
フゴ。
まあ、屋根があるだけマシだな。
それに意外と柔らかそうだ。
アルドは藁の上に横になった。
干し草の匂いが鼻をくすぐる。
今日は、いろいろあった。
まだ昼なのに、濃い一日だ。
瞼が重くなってきた。
強烈な睡魔だ。
まあ、いいか。
アルドは目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
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目が覚めたら、夕暮れだった。
西日が小屋の隙間から差し込んでいる。
喉が渇いた。
(水……井戸は、どこだ)
小屋から出て、鼻で探す。
水の匂い。
あっちだな。
家の裏手を回ると、石造りの井戸があった。
よしよし。
とその時、声が聞こえた。
家の中からだ。
窓が少し開いている。
夕食の支度をしているのか、食器の音もする。
聞こえてしまった。
リアの声と、父親の声と、母親の声。
アルドは井戸の傍で、じっと聞き耳を立てた。
勇者たるもの、空き家の探索と盗み聞きは、基本だからな。
「リア……あのオーク、どうするつもりだ」
「トンソクのこと?私が面倒みる」
「リア」
「ちゃんと面倒みる。言ったでしょ!」
「そういう問題じゃない」
しばらく沈黙があった。
「うちに、オークを養う余裕はない」
父親が続けた。
「お前もあいつらの食欲は知ってるだろ。際限がない。俺たちの食料まで食い荒らしかねない」
「ちゃんと管理するから。絶対に!」
「お前一人でどうやって?あの図体を」
「テイムしてるから逆らえないもん。大丈夫」
「リア」
今度は母親の声だった。
「うちは今、余裕がないの。わかってるでしょ」
「……うん」
「ゴブリンにやられてから、牛もいないし、畑も荒らされた。お父さんが毎日小さいモンスターを狩ってきて、素材を売ってなんとかやりくりしてるの。そこにオークだなんて……どうするの?」
リアは何も言わなかった。
「殺して、素材を剥ごう。たいして取れないのはわかってる。でも、ないよりはマシだ」
父親の声は優しかった。
怒っているわけじゃない。
ただ、現実を見ていた。
「やだ」
リアの声が、低くなった。
「やだ。殺させない」
「リア——」
「私が面倒みるっていってるでしょ!エサも私がなんとかする!森で採取してくる!テイマーなんだから!」
声が震えていた。
「お願い。殺さないで。あの子、ただのオークじゃないから。絶対に役に立つから。だから——」
嗚咽が混じった。
母親が、小さくため息をついた。
父親も、もう何も言わなかった。
アルドは井戸の傍で、じっと立っていた。
夕暮れの空が、じわじわと暗くなっていく。
リアの泣き声が、窓の向こうから聞こえた。
ゴブリン、か。
さっき出てきた話が、頭の中で繰り返された。
おそらくだが、何度も村を襲っている。
家畜を奪われた、畑を荒らされた。
つまり。
近くにゴブリンに巣を作られた。
やつらは執念深い。
すべてを奪いつくすまで、何度だってやって来る。
全滅させるか、全滅するか……
今は被害を受けながら、耐えて、生きている。
いつまで持つ?
俺は今レベル4のオークだ。
フルバーストは使えない。
武器はリザードマンから奪った一本の剣だけ。
正直まだ弱い。
でも——ゴブリンなら。
ゴブリンは群れるが、個体の強さはオーク以下だ。
数さえ多すぎなければ、今のアルドでも十分に対処できる。
アルドは井戸から水を汲んだ。
ごくごくと飲む。
うまかった。
空は、すっかり暗くなっていた。
牛小屋に戻りながら、アルドは頭の中で作戦を組み立て始めた。
ゴブリンの巣があるってことは、ボスがいるはず……勝てるのか?今の俺で。
いや、勝つしかないだろ。
ブタのまま死ねるか!
ゴブリンごとき、全滅させてやろうじゃないの!
アルドの心に勇者としての火が灯った。




