第五話「首輪と、トンソクと、あと村」
魔法陣の形を見た瞬間、アルドは全てを理解した。
これ、テイム用の契約陣だ!
勇者時代に何度か見たことがある。
モンスターテイマーが使う、対象を従属させるための魔法。
中心に捕らえた相手を置き、術者が儀式を完成させると——契約が成立する。
ふざけんな!勇者を従属させるんじゃない!
逃げなければ!
だめだ……足が動かねー。
力の問題じゃない。
これは魔力で抑えている。
魔法抵抗力がなければ、どれだけ身体能力が高くても関係ない。
普通、オークの魔法抵抗力はゼロだ。
そして今の俺も——ゼロだ。
(詰んだな)
アルドは静かに、しかし確かに、現状を理解した。
ジタバタしても仕方ない。
どうせ手も足も動かないんだから。
茂みの向こうから、薄茶色の髪の少女がゆっくりと近づいてくる。
さっきは礼もいわずにすっ飛んで行ったくせに、今は妙に堂々としていた。
手元で魔法陣の制御をしながら、こちらをじっと見ている。
緊張しているのか、唇をきゅっと結んでいた。
(こいつ、本気で俺をテイムするつもりかよ。やめろ。人間相手にそれは良くないぞ)
必死で静止を試みる。
フゴフゴと叫ぶ。
少女は止まらなかった。
そりゃそうだ。
そうこうしている間に光が収束していく。
青白い幾何学模様が、アルドの全身を包む。
眩しい。
「汝、我と契約し、我に尽くせ。しからば汝の願い、命を賭して叶えん。この契り、我と汝を死が分かつまで」
内側から何かが書き換わっていく感覚。
あ、これ前にも経験したやつだ——
あかん、完了してもうた。
首に、重みを感じた。
触ってみると、暖かな感触がある。
物体としては見えないが、うっすら輝く何か。
確かにそこにある。
魔法の首輪だ。
(はめられた……)
文字通り、首輪をはめられた。
これは服従の証だ。
逆らえば神経に激しい痛みが走る。
テイマーの命令は絶対だ。
しばらく、アルドは空を見上げた。
青い。
空が、とても。
俺の人生はどこへ向かっているんだ。
俺そんなに悪いことしましたか?ねぇ、神様……。
目の前の少女は歓びのあまり、無邪気に飛び跳ねている。
「やったぁぁぁ!!!」
森に響き渡る声だった。
良かったね。
「テイムできた!初テイムキターー!本当にできた!すごい!コレやばい!どうしよう!私天才かも!」
(そうか、初めて、か)
アルドは首輪を触りながら、静かに理解した。
こいつにとって、俺は初めてのテイム成功。
初心者が、初めてテイムした相手が、俺。
勇者アルド。
魔王打倒の使命を背負い、戦い続けた戦士。
そんな俺が。
十二、三歳に見える小娘の、記念すべき第一号か。
光栄ですね!
フゴ!
声にならなかった。
「私はリア。モンスターテイマーよ」
少女——リアが、正式に自己紹介を始めた。
さっきまでの興奮が嘘みたいに、背筋を伸ばして真剣な顔をしている。
「今日はモンスターを探しに森に来ていたの。そしたらあなたが目に入って——これだって閃きました!」
閃きました!じゃねー!
お前、危うく死にかけてたじゃん、フォレストウルフに襲われて。
それを救ったの俺だよね?
何でさも当然のように、テイムモンスター探してんの?
帰れよ!家に!
「えっと、あなたの名前は?」
アルドは一瞬考え、答える。
俺はアルド。
元勇者で、デモンレイアに——
「フゴフゴフゴ」
リアが首をかしげた。
「フゴ?」
「フゴフゴ」
「フゴフゴ、ね」
(違う!アルドだ!ア・ル・ド!)
伝わらない。
声帯がオークのままなので、どう頑張っても人間の言葉にならない。
口の形を意識してみたが、出てくるのはフゴとブヒの組み合わせだけだ。
リアがアルドをじっくりと眺め始めた。
頭のてっぺんから足の先まで。
ピンク色の肌を。
丸くてでかい鼻を。
ずんぐりした体型を。
やめろ、恥ずかしい。
こんな惨めな姿を見ないで!
リアはしたり顔で提案した、とんでもない事を。
「名前、私が決めてあげるね」
アルドが身構えた。
嘘……だよな?
ペットじゃねーんだぞ。
リアがもう一度、アルドを見た。
「トンソク」
沈黙が流れた。
(……トンソク)
豚足。
豚の、足。
食べ物だ。
完全に食べ物の名前だ。
しかも別に高級でも何でもない。
屋台で売ってる、あの、煮込んだ豚足だ。
勇者アルド。
魔王打倒のために命を賭けて戦い続け、パーティメンバーに裏切られ、モンスターに堕とされ、森で必死に生き延びて。
最終的につけられた名前が、トンソク。
フゴ。
「いい名前でしょ?」
リアが満足そうに頷いた。
どんなネーミングセンスしてやがんだ。
全然よくない。
欠片もよくない。
だがアルドには抗議する手段がなかった。
フゴフゴしか出てこない。
リアが調理の跡について問いただしてきたのは、それからすぐだった。
剥がれた毛皮。
整然と並べられた骨。
血抜きの跡。
焚き火の残り火。
リアがきょとんとした顔でアルドを見た。
「……これ、あなたがやったのよね?」
アルドが頷いた。
「オークが、調理を?」
もう一度頷いた。
リアの目が、みるみる真剣になった。
「上位種なの?オークキング?オークジェネラル?」
首を振った。
「……人間の言葉、わかるんだ?」
頷いた。
リアが目を見開いた。
テイマーはテイムしたモンスターと、ある程度のイメージを共有できる。
だが、人間の言葉を理解するモンスターとなると、話は全然違う。
上位種でも、人語を解するモンスターはほとんどいない。
「ねぇ、あなたはただのオークなの?」
頷いた。
リアが両手で口を塞いだ。
「すごい……すごいすごいすごい!知能があるオークなんて、世界的発見じゃない!」
興奮で声が上擦っている。
「テイムして大正解ね!本当によかった!!」
複雑な気分だった。
世界的発見。
そりゃそうだ、俺は元々人間なんだから。
発見もへったくれもない。
もっとも、それをリアに伝える手段はない。
「それじゃ、ついてきて、トンソク」
リアが歩き始めた。
首輪がわずかに反応した。
来い、という意志が首から伝わってくる。
(逆らえない……か)
アルドは諦めて歩き始めた。
まだ、フォレストウルフ残ってたのに。
リアは歩きながら、しゃべり続けた。
延々と。
止まらない。
陽気なのか、頭がかわいそうなのか。
「今朝ね、朝ごはんに黒パン食べたんだけど、固くてさー。アゴが痛くなったんだよね。村のパンってさ、いつも固いんだよ。なんでかな。街のパンはもっとふわふわなのに」
知らんがな。
「あとね、この辺りの中だとトレントシープが一番好きなんだけど、あなたはどう思う?賢くて綺麗で」
推しモンスターなぞおらんだろ、普通。
「テイマーになったのはね、おじいちゃんの影響なんだ。おじいちゃんが昔テイマーだったの。私もおじいちゃんみたくなりたくて、一人で勉強して、今日まで一回もテイムできなくて——でもやっとできた!」
で、初めての相手が俺ですか。
「村にね、ミケって猫がいるんだけど、私に懐いてるんだよ。きっとテイマーとしての才能がある証拠だと思うんだ。でも昨日急に逃げちゃって。なんでかな。私、何かした?」
アルドは歩きながら聞き流していた。
が、耳はしっかり機能させていた。
くだらない話の中に、重要な情報が混じっているかもしれないからだ。
「——ファスタってさ、魔王城から遠いでしょ。だからモンスターも弱いし、冒険者も来ないし、正直つまんないんだよね」
アルドの記憶が呼び起こされた。
ファスタ。
確かにそういう国があった。
魔王城から最も離れた辺境の小国。
俺たち勇者パーティが立ち寄ったことすらない、本当の僻地だ。
(ここまで飛ばしたのか、デモンレイア。油断ならんヤツ)
でもなぜだ?
わざわざ最果ての国の、さらに奥の森に。
魔王側にとって、俺をここに飛ばす意味は何だ——
「——あ、見えてきた。ウルムの村だよ」
リアが指差した先に、小さな集落が見えた。
---
森を抜けると、視界が開ける。
畑が広がっており、麦と思われる作物が、風に揺れていた。
その向こうに、素朴な木造の家々が並んでいる。
村の外れには牛が数頭、のんびりと草を食んでいた。
ウルムの村。
小さい。
質素だ。
だが、生きている匂いがする。
土の匂い、家畜の匂い、炊事の匂い、人の匂い。
(こんな田舎があったのか)
勇者パーティの行軍ルートには一度も候補入らなかった場所だ。
魔王城へのルートから外れているし、強いモンスターも出ない。
立ち寄る理由がなかった。
しかし今、こうして見ると——悪くない場所だ。
静かで、穏やかで。
「ただいまー!」
リアが大声で叫んだ。
村人が振り向いた。
最初は笑顔だった。
が。
次の瞬間、全員の視線がアルドに集中した。
静寂。
それから——
「オークだーーー!!」
「逃げろ!!」
「リア!後ろ!後ろ!!」
村中が騒然とした。
老人が農具を構えた。
女性が子どもを抱えて走った。
男たちがそれぞれの手に道具を持って集まってきた。
そりゃあそうなる。
リアが両手を上げて静止する。
「違います!違うんです!落ち着いてください!」
誰も聞いちゃいねー。
目が血走っとる。
よく見ろ、この愛らしいピンクのお姿を。
「私のモンスターです!テイムしました!!」
ざわめきが潮が引くようにおさまっていった。
「……テイムした?」「あのオークを?」「リアが?」
今度はざわざわとした声が広がっていく。
アルドは村人たちの視線を一身に受けながら、胸を張りそこに立っていた。
どことなく偉そうに。
ピンクのオークが、田舎の村に仁王立ち。
なかなか、先が読めない展開だ。




