第五十八話「告発と、命令と、あと実演」
「食料を盗んだのは……トンソクです!」
「ぶひっ!?」
俺かよ!
アルドの叫びが響いた。
砦の中がざわつく。
「トンソク?」
「誰だ、それ」
「もしかしてオークのことか?」
「あのブタか?」
「食料を半分食ったって?」
「いや、無理じゃないか」
兵士、冒険者、労働者。
誰もが鉄格子の中のオークを見る。
補給部隊もざわついていた。
隊長はぽかんとしている。
そして、カイルは涙目になっていた。
まさか……。
まさか、助けようとしてくれるとは。
それとも、まったく別の意図があるのか。
分からない。
分からないが。
少なくとも流れは変わった。
カイルはリアを見た。
小さな少女。
鉄格子の中で、涙目になりながらも必死に訴えている。
天使。
少なくとも、彼にはそう思えた。
直後、横のオークを見て考えを改める。
悪魔。
天使と悪魔が同居している。
そんな感じだった。
セレスティアが檻へ近づくと、周囲の兵たちが道を開けた。
その足取りは静かだった。
怒っているようには見えない。
だが、油断している空気でもない。
セレスティアは鉄格子の前で足を止め、リアを見る。
「トンソク、というのは?あなたのテイムモンスターですか?」
思ったよりも、声は優しかった。
「そうだよ」
リアはこくんと頷く。
「オークのトンソクっていうの」
「そう」
セレスティアの視線がアルドへ移る。
「では、あなたが命令したのですか?」
「違うよ。トンソクが勝手にやったの」
「ぶひっ!?」
アルドは目を剥いた。
おい。
おいおいおい。
こいつ。
お前も食ってただろうが。
さんざっぱら。
俺の分まで!
俺の分まで食っていただろうが!
いい加減にしろ、このクソガキ!
リアは真剣だった。
悪気など一切ない。
だからこそ腹が立つ。
悪気なく人に罪をなすりつける。
恐ろしい才能である。
セレスティアは、アルドをじっと見た。
そして、微かに笑った。
「ですが、あなたたちは檻に閉じ込められていますね。どうやって食料を盗んだのですか?」
当然の指摘だった。
「それは……」
「もし、そのオークが食料を盗んだのなら、檻を開けた者がいるはずです」
セレスティアの視線が補給部隊へ向いた。
隊長の顔がさらに青くなる。
カイルは震え上がった。
終わった。
結局、こっちに戻ってきた。
だが、セレスティアはすぐに視線を外した。
今度はジェイルを見る。
ジェイルは腕を組んだまま、黙っている。
表情に大きな変化はない。
落ち着いている。
セレスティアは、その目をしばらく見た。
そして、小さく息を吐く。
「あなたが主導しているようにも見えませんね」
「……ならば」
セレスティアはリアへ視線を戻す。
「やはり、あなたの話は信じがたい」
「でも、本当です!」
「お嬢さん。あなたの話は後ほど聞かせていただきます。今は補給部隊の責任問題を話さなければなりません」
そう言って、立ち去ろうとした。
アルドは内心で、ほっと息を吐いた。
よし。
助かった。
このまま行け。
面倒ごとはごめんだ。
たかが飯の話で大袈裟なんだよ。
食料が半分?
なら半分で頑張れ。
俺など、自力でモンスターを調理して食ってるぞ。
世の中、みんな大変なのだ。
お互い頑張ろうな!
「待ってください!」
リアが叫んだ。
アルドの耳がぴくりと動く。
やめろ。追撃するな。黙ってろ。
「お願いです!あの人を助けてあげてください!」
リアが檻の中から、カイルを指さした。
カイルはびくっとする。
セレスティアが振り返る。
「あなたが何を言っても、彼が助かることはありません」
「でも、本当に違うんです!」
「ならば、証拠を示しなさい」
その言葉に、リアはアルドを見た。
アルドは、全力で視線を逸らした。
知らない。
何も知らないって。
僕はただのオークだよ。
小さくて可愛い、無害なオーク。
食料?
さあ?何のことでしょう。
「トンソク!」
リアが呼ぶ。
聞こえない。
アルドは空を見上げた。
意外といい天気だ。
森の空気は湿っているが、気候は悪くない。
「トンソク、お願い!」
聞こえない。
今、耳が休暇中。
長期休暇。
復帰予定なし。
「助けて!」
その瞬間。
アルドの首に刻まれたテイムの証が、かすかに光った。
次の瞬間。
神経に電撃が落ちた。
「ぶぎゃっ!?」
アルドの体がびくんと跳ねる。
そうだった。
テイムの証『魔法の首輪』。
リアの命令に逆らうと、痛みが走る。
非常につらい。
こいつ、分かってのか?
お前のいう事を聞けば俺がどうなるのか。
食料を盗んだ犯人だと確定すればどうなるのか。
可愛いオークちゃんが、ガルディアス流で魔法弾を抱える羽目になる。
本当に分かっているのか。
アルドはリアを見る。
リアの目は変わらず真剣だった。
疑っていない。
信じている。
トンソクなら何とかしてくれる、と。
そういう目をしている。
完全にアルド任せだった。
なんという無茶振り。
丸投げもここまで来ると清々しい。
きっと……自分たちのせいで誰かが死ぬ。
それがリアには耐えられないのだろう。
目の前のカイルが、魔法弾を持たされてモンスターの群れに突っ込まされる。
それを見過ごせない。
よく言えば優しい。
悪く言えば世間知らず。
いや。
この場合は、両方だ。
アルドは、やれやれと息を吐いた。
人が犠牲になるなど、この時代では珍しくない。
当たり前の日常。
誰もが、自分の命を守るだけで精一杯なのだ。
おそらく、アルドが知っている頃より、今はもっと状況が悪いだろう。
自分の命があるだけありがたい。
アルドだって、好きで食料を食べたわけではない。
いや、好きで食べた。
だが、それだけではない。
オークだから仕方ないのだ。
食わなければ本当に死んでしまう。
誰もオークの食事量になど配慮してくれない。
自分の命は自分で守る。
それがこの世界のしきたり。
そう。
俺は悪くない。
量が少ないのが悪い。
だが、リアには逆らえない。
「ぶひ……」
仕方ない。
アルドはのそのそと立ち上がった。
周囲がざわつく。
「おい、動いたぞ」
「何かする気だ」
「あのオーク……」
兵たちが武器に手をかける。
「トンソク……!」
やめろ。
そんな期待に満ちた目で見るな。
今、俺は勇者でもなければ英雄でもない。
もっとも、人間ですらないのだが。
アルドは鉄格子の前に立った。
そして、体を押しつける。
ぎゅむ。
兵たちが眉をひそめる。
「何してるんだ?」
「馬鹿なのか……いや豚なのか?」
その言葉は、途中で止まった。
アルドの体が、ぐにゃりと歪む。
丸い腹が潰れ、肩が細く伸び、頭が妙な形に変わる。
肉が鉄格子の隙間へ押し込まれていく。
粘土のように。
「なっ……」
誰かが息を呑んだ。
次の瞬間。
にゅるん。
アルドは、鉄格子の外へ出ていた。
砦の中が静まり返る。
補給部隊も。
兵士も。
冒険者も。
……セレスティアも。
誰もが、言葉を失っていた。
アルドは、ぽっこりした腹を揺らしながら立つ。
そして。
「ぶひ」
どうも。はじめまして。
そう言いたげだった。




