表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/70

第五十六話「城と、砦と、あと足りない食料」

 遠くに、城が見えた。

 山の稜線を背に、灰色の石壁がそびえている。


 高い城壁。

 角ばった塔。

 無骨な門。

 弓兵用の狭間。

 外壁に刻まれた傷跡。


 朝日に照らされているというのに、華やかさはない。


 美しい。


 というより。


 立ちはだかる圧力。


 そんな印象だった。


「わー!お城だっ!」


 鉄格子の中で、リアの目が輝いた。


「すごい!トンソク、見てっお城だよ!お城!」


 見れば分かる。

 アルドは鼻を鳴らした。


 リアにとっては、城は特別らしい。

 ヴェルニードでもはしゃいでいた。


 無理もない。

 ウルム村には、立派な建物などほとんどなかった。

 村長の家ですら、少し大きな木造家屋である。


 城など物語の中の存在なのだろう。


 だが、アルドの反応は違った。


 小さい。


 それが第一印象だった。


 王都の城などに比べれば、まるで見張り台。

 勇者時代に訪れた聖都の大聖壁と比べれば、ただの石積み。

 魔王領の黒鉄要塞と比べれば、子供の積み木。


 こんなものか?

 これで戦線の要?


 少し不安になる。


 そもそも、この城は造りが違う。

 貴族や王族が住むための城ではない。


 優雅な庭園もなければ、来客を迎えるための広場もない。


 あるのは、防衛のための壁。

 敵を撃つための穴が開いているだけ。

 機能性だけを重視した、物騒な建造物。


 防衛拠点。

 そう呼ぶ方が正しい。


「……」

 ジェイルは城を見たまま黙っていた。


 その目つきは、いつになく厳しい。


 軽口もない。


 何かを考えているようだった。


「ジェイルさん?どうかした?」

 リアが首を傾げる。


「……いや、別に」

 ジェイルは短く答えただけだった。


 こいつ。

 何か知っているな。


 そんな気配がした。


 だが、追及するつもりはない。

 追及する口もないが。


 知ったところで何が変わる訳ではないのだ。

 知りたいことは、どこにモンスターがいるかだけ。




 やがて、馬車は分かれ道に差しかかった。

 リアは当然、城へ向かう道に進むと思っていた。


 だが。


 馬車は城へ向かわなかった。


 むしろ遠ざかっていく。


「え?」


 リアが格子にしがみつく。


「ちょっと! 道、間違ってますよー!お城、あっちー!」


 誰も答えない。

 補給部隊の兵士たちは、黙って馬車を進める。


「ねえ!間違ってるってばー!」


 やはり、誰も答えない。


 ジェイルも黙っている。


 リアだけが騒いでいた。


「もしかして、迷子?」


「違う」

 ジェイルがようやく口を開いた。


「じゃあ、なんでお城に行かないの?」

「俺たちの目的地は、あの城じゃないからだ」

「え?」

「ある意味では目的地、といえなくはない……か」


 リアの顔から、少しずつ笑みが消えていく。


 馬車は森へ入った。


 道は細くなる。


 木々は深く、枝葉が空を覆う。


 昼間だというのに薄暗い。


 湿った土の匂い。苔の匂い。獣の匂い。

 そして、かすかな血の匂い。


 アルドの鼻が動く。


 いかにもモンスターが出てきそうな森。

 実際、出るだろう。

 それも大量に。


 リアもさすがに異常を感じたらしい。


「……ねえ」

 声が小さくなる。

「本当に、ここなの?」


「ああ、ここだ」


 しばらく進むと、木の塀が見えてきた。

 城壁ではない。


 太い丸太を並べ、土で補強しただけの塀。


 ところどころ雑に修理されている。


 焼け焦げた跡。

 爪痕。

 矢が刺さったままの場所。


 門も木でできていた。


 分厚いが、城門と呼ぶには、あまりに貧相。


 砦、と呼ぶには心もとない。


 簡易宿泊所に毛が生えた程度。

 いや。

 毛が生えているだけ、まだマシなのだろう。


「……ここ?」


 リアが呆然とする。


「ここが、ガルディアス砦?」

「そうだ」


 先ほど見えた立派な城。

 あれが敵に奪われた城。

 そして、ここはそれを取り返すために集められた仮拠点。


 そういうことだ。


 砦という名の前線基地。

 消耗品を集める場所。


 兵を留め、物資を設置し、死地へ送り出すための。


 嫌な匂いがする。


 汗と血と腐った肉。


 安い酒。薬。


 怒り。


 そして……諦め。


 戦場の匂いだった。



「止まれ!」


 塀の上から、怒声が飛んだ。

 いかつい男が二人、弓を構えている。


 片方は革鎧。

 もう片方は鎖帷子。

 装備はバラバラ。



「ヴェルニードからだ!支援物資を運んできた!」


 補給部隊の隊長が馬を止め、声を張る。


「灰の鐘は鳴った!」


 塀の上の男が叫ぶ。

 合言葉だ。


「ならば剣を掲げよ。我が魂は折れていない!」

 隊長が答えた。


「よし!」


 合言葉が通ったらしい。


 木の門が、重い音を立てて開く。


 ぎぎぎぎぎ、と嫌な音。


 馬車が中へ入る。


 次の瞬間、兵たちがあっという間に取り囲んだ。


 いや。


 これは兵と言っていいのか。


 装備はばらばら。

 統率も取れていない。

 列も乱れている。


 だが、やたらと殺気立っている。


 まるで落ち武者の集団。

 いや、野盗に近い。


 リアが息を呑んだ。


「……ここ、どこ?」


 ジェイルが答える。


「言っただろ。ここが目的地だって」

「でも、砦って……」

「奪われた城を取り返すための前線拠点。命令で送られた兵、ランク落ちした冒険者、徴用された労働者。そういう連中が集められた場所だ」


 ジェイルの声は淡々としていた。

「ここでは、人の命は消耗品さ」


 リアの顔が青ざめる。


 アルドは黙って周囲を見た。


 なるほど、ジェイルの言う通りだ。


 ここにいる連中の目は普通ではない。


 飢え。恐怖。苛立ち。諦め。


 死への慣れ。


 全部が混ざっている。


 まともな場所ではない。


「道を開けなさい!」


 その時、凛とした声が響いた。


 ざわついていた兵たちが左右へ割れる。


 現れたのは、場違いな美女だった。


 二十代は後半だろうか。


 長い金髪。

 青い瞳。

 整った顔立ち。


 纏っているのは白銀の鎧。


 泥と傷で汚れてはいるが、作りは良い。

 かなりの高級品だ。


 腰には細身の剣。

 肩には青いマント。


 おそらく、貴族か、それに近い身分。

 だが、ただの飾りではない。


 歩き方。

 姿勢。

 視線。


 戦い慣れている。

 女騎士は、馬車の前で足を止めた。


「ヴェルニードからの補給部隊ですね」

「はっ!」


 補給部隊の隊長が、露骨にほっとした顔で敬礼した。


 さすがに肝を冷やしていたのだろう。


 この殺気立った連中に囲まれて、平然としていられる者は少ない。


「ご苦労でした」

 女騎士は静かに言った。


 セレスティア・ヴァレンシュタイン。

 このガルディアス臨時砦の指揮を預かっている騎士だった。

 

 セレスティアの凛とした声に、周囲の兵たちが少しだけ姿勢を正す。


 隊長は慌てて書類を取り出した。


「こちらが補給物資一覧です!」

「確認します」


 セレスティアは書類を受け取り、目を通した。


 そして、部下に渡す。


「物資確認を。食料、医薬品、矢、ポーションは優先して数えなさい」


「はっ!」


 数人の兵が荷馬車へ向かう。


 木箱を下ろし、中を確認する。


 その横で、セレスティアはもう一枚の書類を見ていた。


 護送者の名簿。


 その中の一つで、彼女の目が止まる。


「……ジェイル。双天のジェイル?」


 セレスティアの視線が、鉄格子の荷馬車へ向いた。


 ジェイルは、格子の中で片膝を立てて座っている。

 いつもの軽い笑み。


 だが、目は笑っていない。


 セレスティアは檻の前まで歩いてきた。


「あなたがジェイルですね?」


「そうだが」


 ジェイルは肩をすくめる。


「俺の顔に、何かついてるか?」


 その態度に、周囲の兵たちが殺気立つ。


「口の利き方に気をつけろ!」

「セレスティア様に無礼は許さんぞ」


 だが、ジェイルは動じない。

 むしろ、目つきが鋭くなる。


 空気が張り詰めた。


 その眼光に、周囲の兵たちが、わずかに気圧される。

 鉄格子の中にいるはずの男が、外にいる兵たちを威圧している。


 だが、セレスティアは平然と受け流す。


「どうやら、本当に双天のジェイルのようですね」

「なぜ俺のことを?」

「あなたが思っているより、あなたは有名なのですよ」

「不本意だな」

「でしょうね」


 セレスティアは淡々と返す。


「こんな場所に、何の用ですか」

「ちょいと野暮用でな」

「こんな死地に?強制労働者に混じって野暮用ですか?」

「変わった旅も、たまにはいいもんだろ」

「趣味がいい、とは言えませんね」

「よく言われる」


 二人の視線がぶつかる。

 火花が散るような沈黙。


 リアはその間で、きょろきょろしていた。


「ジェイルさん、有名人なんだ……」


「ぶひ」


 今さらか。


 アルドは鼻を鳴らした。


 アルドの注意はセレスティアにも向いていた。


 この女。


 弱くはない。

 少なくとも、周囲の連中とは違う。


 剣を抜く前から分かる。


 隙が少なく、立ち位置もいい。


 俺を気配だけで把握している。


 ふむ。


 面白い。


 そう思った時だった。


「セレスティア様!」


 荷馬車の方から、慌てた声が上がった。

 物資確認をしていた兵の一人だ。


 顔が真っ青だ。


「どうしましたか」


「補給物資が……!」


 兵は書類と荷台を見比べながら叫んだ。


「足りません!」


 補給部隊の隊長の顔から血の気が引く。


 カイルは露骨に目を逸らしていた。


 アルドは、何食わぬ顔で鼻をほじっている。


「何が足りないのですか」


 兵は震える声で答えた。


「食料です!食料が……足りません!」


 全員の視線が、補給部隊へ向く。


 そして。


 なぜか。


「ぶひ?」


 アルドは首を傾げた。


 何のことですか。


 そんな顔で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ