表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/69

第五十五話「盗み食いと、共犯と、あとパン」

 豚が鉄格子をすり抜けた。

 衝撃の映像に、カイルは完全に固まっていた。


 意味が分からない。

 理解が追いつかない。


 鉄格子をすり抜けた?

 ぷるんと。


 そんな馬鹿な。


 夢か。


 これは夢なのか。


 しかし、頬をつねる勇気はなかった。

 あのオークがこちらを見たら終わる気がしたから。


 対して、アルドは平然としている。


 檻など、今のアルドにとっては大した意味を持たない。


 長時間ならともかく、短時間なら、自由に体の形を変えられる。


 胸を矢で貫かれても死なないし、鉄格子の隙間を通ることもできる。


 スライムオーク。

 便利な体である。


 アルドは何事もなかったように、物資を積んだ荷馬車へ向かった。


 昨日と同じ。

 干し肉。塩漬け肉。豆。乾燥野菜。小麦。芋。干し魚。


 保存食ばかり。

 長期間使用するためとはいえ、不味い。


 旨味はない。

 硬いし、塩気が強い。


 全く食欲など湧かない。


 嘘。


 腹はすでに鳴っていた。


 背に腹は代えられぬ、とはまさにこのこと。


 アルドは目の前の袋を開けた。


 そして、貪った。


 干し肉。まるでゴム。

 芋。粉っぽくパサパサしている。

 豆。炒ってあるが味はない。

 塩漬け肉。しょっぱい。


 それでも食う。

 結局食う。

 いくらでも食う。


 アルドは音を立てないようにしているつもりだった。

 だが、実際にはそこそこ音がしていた。


 もぐもぐ。

 むしゃむしゃ。

 ごりごり。


 夜の野営地に、咀嚼音が響く。


 カイルは陰から見ていた。


 見てしまった。


 犯人はオークだ。


 ジェイルではない。


 オークが檻を抜け出し、堂々と食料を盗み食いしている。


 しかも、やたらと楽しそうだ。



 アルドは、ふと鼻を動かす。


 誰かが見ているな。

 兵士か。

 昨日の若い男だな。

 カイル、確かそんな名前だった。


 匂いで感情が伝わる。


 恐怖。困惑。

 汗から匂うアドレナリン。


 敵意はない。

 襲ってくる気もないだろう。


 ただ、見ている。


 ならば、今は放っておいていい。

 やるべきことをやる。


 アルドは一通り食べると、残りを両腕に抱えた。


 パン。干し肉。豆袋。塩漬け肉。


 持てるだけ持つ。


 そして、鉄格子の荷馬車へ戻った。


 アルドを見て、ジェイルが小さくため息をついた。


 起きていた。

 当然か。

 こんな状況で本当に眠るほど、ジェイルの神経は太くない。


 一方、リアの目は輝いていた。

「トンソク、すごい!ごはんがいっぱいだっ!」


 食料とは、食うためにあるのだ。

 飾っておく物ではない。


 補給物資?


 知らん。

 俺にこそ補給が必要だ。


 アルドは鉄格子の隙間から、食料をねじ入れた。


 リアはさっそくパンを手に取った。


「いただきますっ!」

「食うのかよ!」


 ジェイルが呆れる。


「だって、お腹空いたし」

「それ補給物資なんだぞ」

「でも、もうここにあるよ?じゃあ私たちの食事でしょ?」

「絶対違うだろ!」


 しかし、リアはもぐもぐとパンを食べ始めていた。


 罪悪感はどこかに出張中らしい。


 一方ジェイルは食べなかった。


「ジェイルさんもどうぞ!」

「いや、俺は遠慮しとくよ」


 好きにしろ。

 どうせ全部俺のだ。


 アルドは食料を檻の中へ押し込み終えると、パンを一つ手に取った。


 そして、再び歩き出す。


「もご……トンソク、どこ行くの?」


 リアが口いっぱいにパンを詰めたまま聞く。

 アルドはちらりとリアを見た。


「ぶひっ」


 すぐ戻る。

 と言ったつもりだった。

 伝わったかは知らないが。


 アルドが向かった先は、カイルが隠れている場所だった。

 カイルは毛布をかぶっていた。

 寝たふり。


 だが、起きているのは一目瞭然だった。


 毛布が小刻みに震えている。

 寝ている人間は、そんなに震えない。


 アルドはさらに近づいた。

 カイルは息を殺して、決死の寝たふり。


 アルドは毛布の上から肩を叩いた。


 ぽん。

 反応なし。


 ぽんぽん。

 反応なし。


 寝たふりを決め込むつもりらしい。


 むかっ。


 アルドは毛布を掴んだ。


 そして、一気に引き剥がす。


 ばさっ。


 いない!?


 ついさっきまで、確かにいたはずなのに。

 忍の類だったか!


 いや、いた。


 毛布の裏側にしがみついていた。


 両手両足で踏ん張って、毛布に張りついている。


 セミか、こいつは。


 アルドは毛布を乱暴に振った。


 ばさばさばさっ。


「わあっ!」


 カイルが落ちてきた。


 どさりと尻もちをつく。


 こうなっては、もう寝たふりはできない。


 カイルは青ざめた顔でアルドを見上げた。


 失敗した、武器を持っていない。

 槍は少し離れた場所に置いてある。


 そのことを心底後悔した。

 寝たふりをするために、武器を持っていなかったのだ。

 変なリアリティを出したのが災いした。


 カイルは改めて目の前のオークを見る。


 短い手足。

 産毛にまみれた肌。

 牙。

 丸い腹。


 雑魚モンスターに見える。


 本当に?


 カイルはモンスターとの戦闘経験が少ない。

 補給部隊なんだから当たり前のことだ。


 もちろんモンスターと遭遇することはある。

 だが、本格的な一対一戦闘など経験がない。


 雑魚といえどモンスター。

 鼻息までかかる至近距離。

 恐怖しかない。


 仲間を呼びたい。

 叫びたい。

 だが、声が出ない。


 怖い。


 先ほどの腕力を思い出す。

 人間一人を毛布ごと軽々と振り回す力。


 喉など、一掴みで潰される。


 そう想像するのは難しくなかった。


 終わりだ。


 カイルはそう思った。


 だが、アルドは攻撃しなかった。


 代わりに。


 パンを差し出した。


「……え?」


 カイルは固まる。


 まるで意味が分からない。


 殺されると思った。


 だが、差し出されたのはパン。


 もちろん盗品の。


「ぶひ」


 アルドは、さらに押しつけるようにパンを差し出す。


『受け取れ』、そう言っているように見えた。


 カイルは震える手でパンを受け取る。


 その瞬間。


 アルドが、にやりと笑った。

 顔はオークなので分かりにくいが敵意があるようには見えない。


 しかし、これは罠だった。

 アルドは心の中で笑っている。


 これでこいつも共犯だ。

 もうチクれまい。

 同じ穴のむじな。


 ふはははは。

 我ながら完璧な作戦。

 さすが俺様。


 アルドはカイルへ向けて、親指を立てた。

 サムズアップ。

 いい笑顔だ。

 不細工だが。


 カイルは青ざめたまま、パンを握りしめている。

 アルドは満足すると、鉄格子の荷馬車へ戻っていった。


 そして。


 にゅるん。


 何事もなかったように、鉄格子の中へ戻る。


 カイルは、その場にへたり込んだ。


 何だ。

 何なんだ、あれは。

 意味が分からない。


「ふごっ! ふごふごっ!」


 鉄格子の中から、アルドの不満げな声が聞こえた。

 思ったよりリアが食料を食べていたらしい。


「ちょっとくらいいいじゃない!だって、お腹空いてたんだもん!」


「ぶひぶひっ!」


「ごめんってば。残ってるよ、ほら。豆」


「ぶひーーー!」


 文句を言うオーク。

 なだめる少女。

 呆れるジェイル。


 カイルは遠くから、それを見ていた。


 これは夢なのだろうか。


 いや、夢ではない。


 なぜなら手の中にパンがあるのだから。


 カイルは無意識に、そのパンをかじった。


 硬い。


 その硬さが夢ではない証拠。


 どうする?

 隊長に報告するか?


 いや、待て。


 相手は鉄格子を自在に出入りする謎のモンスター。


 報告してどうなる。


 討伐するのか。


 出来るのか?


 これは……。


 関わらないのが吉。


 カイルはそう結論づけた。

 どうせ明後日にはガルディアス砦に到着する。

 そこで引き渡せば、自分の任務は終わりだ。


 食料が減っている?

 知るか。


 風にでも吹かれて飛んでいったのだろう。


 無理がある?


 知らない。

 知らないものは知らない。


 カイルはパンをもう一口かじった。


 そして、心の底から思った。


 冒険者になるのは、やめよう。


 あんなものと出くわして、生きて帰れる気がしない。


 兵士を首になったら故郷へ帰ろう。


 母の畑を手伝おう。


 土を耕し、豆を育て、芋を掘る。

 山の猿がうるさいくらい、今ならご愛敬だ。


 少なくとも。


 鉄格子をすり抜けてパンを渡してくるオークよりは、ずっとましなはず。


 カイルは夜空を見上げた。

 星が、やけに遠く見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ