第五十四話「減った食料と、補給兵と、あとぽよん」
翌朝、補給部隊は、日の出と同時に動き始める。
馬の世話。火の始末。朝食の準備。荷の確認。
そして見回り。
とにかく朝は忙しい。
誰が命令しなくても、それぞれが各々の仕事をこなしていく。
カイルも、その一人だった。
彼は、昨夜の焚き火跡の近くで、ごみの処理をしていた。
集め、まとめる。
まとめる。
さらにまとめる。
「……多くないか?」
カイルは眉をひそめた。
使い終わった麻袋。
空になった小箱。
野菜くず。
骨。
昨日の夕食は、いつも通りだった。
兵士たちは硬いパン。
干し肉。
薄いスープ。
ジェイルたちにも同じものを出した。
それだけのはずだ。
なのに、ごみが多い。
明らかに多い。
普段の十倍の量はある。
カイルの脳裏に、昨夜見た光景がよみがえる。
鉄格子の中。
満足そうに眠るオーク。
「……まさか!」
カイルは、ごみ袋をその場に置いて、鉄格子のされた荷馬車へ向かう。
中を覗くと、リアは壁にもたれて、ぼんやり空を見ていた。
ジェイルは目を閉じて座っている。
オークは横になっている。
特に変わった様子はない。
変わった様子はない、が。
怪しい。
怪しすぎる。
カイルは、別の荷馬車へ回った。
支援物資の確認をするためだ。
昨日、自分が確認した食料袋。
干し肉の樽。
乾燥野菜の袋。
塩漬け肉の箱。
順に確認。
そして。
「……減ってる」
思いっきり減っていた。
誰が見ても、確実に。
かなりの量が消えている。
カイルは背筋に嫌な汗をかいた。
絶対にあいつらだ。
鉄格子の中の三人。
それ以外に考えられない。
補給部隊の兵士たちは、何度もこの任務をこなしてきた仲間だ。
一度もこんなことはなかった。
そもそも、補給物資を盗むなど正気の沙汰ではない。
現地に到着すれば、すべてが明らかになるのだから。
責任問題だ。
ただでは済まない。
異様なのは、食料だけが盗まれている点だった。
金目の物には手を付けられていない。
ポーションも無事。
魔道具も大丈夫。
武器の数も合っている。
食料。
それだけ。
盗めるのなら逃げるなど容易なはずだ。
その時点で鉄格子を抜けている。
なら、そのまま逃げればいい。
ジェイルたちが犯人なら、食料を持って檻へと戻っていることになる。
意味が分からない。
カイルは、もう一度鉄格子の荷馬車を見た。
相変わらず無害そうだ。
減った食料について、カイルは問いただそうと思った。
だが、足が止まる。
ジェイルに聞いてどうする?
食料が減っているが、犯人はお前なのか、と聞くのか。
もしジェイルが、『それがどうした?食料を盗んで何が悪い?』
なんて答えたら?
どうする?
双天のジェイル。
不遇職とはいえ、Cランクの中でも名の知れた冒険者。
しかも、先日の大百足の件も耳にしている。
街を救った英雄。
ボスモンスターを一人で倒した武勇。
どう低く見積もっても、単体の実力はBランク冒険者に匹敵。
ここにジェイルを抑えられる戦力はない。
鉄格子の扉を開けた瞬間、終わる。
逆に、知らないとシラを切られたら?
尋問するのか?
誰が。
どうやって。
結局、扉を開けたら終わり。
隊長に報告する?
当然、調査を命じられる。
いや、だから聞いたら終わりなんだって。
カイルは頭を抱えた。
できることは何か。
食事を与えない。
それくらいだ。
だが。
勝手に食べているのだ。
食事を与えなくても意味がない。
何なんだこれは。
どうすればいい。
正直、関わらないのが一番だった。
この部隊の任務は輸送である。
支援物資をガルディアス砦へ届ける。
それだけ。
問題が起きたとしても、責任を取るのは隊長だ。
少なくとも、カイルではない。
そういうことにしたい。
嫌なら、首にでも何でもすればいい。
カイルは、疲れたように息を吐いた。
補給部隊は最前線を知っている。
だからこそ、分かっている。
この国はもう終わりだ。
いや。
人類が、かもしれない。
勇者が魔王に下った。
その日に終わったのだ。
王族は王都に引きこもった。
強力な兵とSランク、Aランクの冒険者。
魔道具、結界、食料。
すべてを王都へ集めて。
巨大な籠城戦。
地方のことは地方でやれ。
そういうことだ。
勇者がいたなら、それも一つの手だったのかもしれない。
王都を守りながら、勇者が魔王を討つまで粘る。
人類は、勇者という希望に賭ける。
しかし、その希望は断たれた。
なら。
今は何のために粘っている?
時間が解決するとでも?
魔王軍が飽きて帰るとでも?
モンスターが急に優しくなるとでも?
カイルは、ごみ袋を握りしめた。
自分も、冒険者になればよかったのかもしれない。
兵士ではなく。
補給部隊でもなく。
自分の身だけ守り、自分の稼ぎだけ考える冒険者。
それも悪くない。
もちろん危険はある。
だが、少なくとも、滅びゆく国の荷物を運び続け、死ぬよりは多少はマシだ。
そう妄想することはある。
しかし、そう簡単に冒険者を逃がさないための制度もできた。
本当に、こういうところだけは王族はちゃっかりしている。
国を守る気概は見えない。
だが、自分たちだけを守る仕組みだけはやたら整っている。
だから、知らん顔をしよう。
見なかったことにしよう。
そうやって、今日も生き残る。
カイルはそう決めた。
ただ……どうやって盗んでいるのか。
それだけは、気になった。
その日も馬車は順調に進んだ。
山道。森。小さな川。
空気は少しずつ冷たくなっている。
東方戦線が近づいているのだろう。
鉄格子の中では、相変わらずリアが退屈そうにしていた。
「ねえ、お風呂どうするの?入らないの?」
「そんなのあるわけない。そもそも身体浄化の魔法陣があるだろ」
ジェイルが答える。
「トイレで使ってるやつ?」
「そうだ。あれで体内の排泄物、老廃物は浄化されてる。トイレに行く必要も風呂に入る必要もない。それで最低限事足りる」
「……最低限」
リアが、荷台の隅に刻まれた小さな魔法陣を見る。
円形の紋様。
簡素な魔石が置かれ、薄い光を放っていた。
「そこの上にしばらくいればいい。楽なもんだ」
リアの顔が固まる。
「え、やだ」
「嫌でもそれしかない」
「やだやだやだ!お風呂入りたい!」
ジェイルはため息をついた。
リアに比べてアルドは平然としていた。
ダンジョン攻略では珍しくない。
長期探索用の生活魔法陣。
完璧、というわけにはいかないが、それでもないより全然まし。
服の汚れ。
排せつ。
消臭。
最低限の処理はしてくれる。
しかし、リアにとっては初めて。
「こんなの絶対いやー!私女の子なんだよっ」
鉄格子の中で叫んでいる。
「お風呂がいい!ちゃんとしたお風呂出して!」
「強制労働者が何言ってんだか」
「やだーーー!きぃーーー!」
カイルは荷馬車の外から、その叫びを聞いていた。
山にいる猿を思い出した。
田舎の山で、木の上から鳴いていたサル。
懐かしい。
母は元気にしているだろうか?
やはり、食料を盗んでいるのはジェイルだろう。
カイルはそう考えていた。
オークごときが、あの鉄格子を何とかできるはずがない。
少女も無理だろう。
となれば、ジェイルしかいない。
何らかのスキルかアイテム。
あるいは、その両方の組み合わせ。
不遇と言われているストレンジャーだが、その身体能力は他の職を圧倒する。
鉄檻など、彼にかかれば飴細工も同然。
夜のうちに抜け、食料を持ち出し、また戻る。
そう考えるのが自然だった。
自然でないのは、鉄檻が自然なこと。
ひん曲げて、元に戻せば痕跡は残るはず。
そのような跡はない。
なら、どうやって?
純粋な好奇心。
昨日と同じ時刻。
兵士たちは食事を終え、交代で眠りにつく。
火が小さくなり、山の冷気が野営地を包む。
だが、カイルは眠らなかった。
見張りの当番ではない。
それでも、鉄格子の荷馬車が見える位置に陣取っていた。
盗み方を確かめるためだ。
カイルは目を凝らす。
月明かりの中、鉄格子の中で三つの影が動いている。
リア。
ジェイル。
オーク。
最初に立ち上がったのは、オークだった。
カイルは息を潜める。
やはり、何か始まる。
鉄格子の中で、何やら言い争っているようだった。
小声。
だが、夜の静けさの中では十分聞こえる。
「おい!今日はやめとけって!」
抑えた声だったが、間違いなくジェイルのものだ。
やはりジェイルが関わっている。
カイルは直感的にそう思った。
だが、次に聞こえたのはリアの声だった。
「でも、トンソクがお腹が空いて死んじゃうって」
「1日、2日食わなくたって死なねぇよ」
「死ぬよ?トンソクだもん」
「だからって補給物資に手を出すのはまずい。砦の戦力が落ちる」
「でも、俺が飢え死にしたら、もっと戦力が落ちるだろうがってトンソクが」
ジェイルが言葉に詰まる。
「いや、実際そうなのかもしれないけど」
カイルは眉をひそめた。
何の話だ。
まったく意味が分からん。
「補給物資がなくなれば、餓死者が出る。争いが起きて内部から崩壊する」
ジェイルが言う。
「じゃあ、現地で調達するって。モンスターなら嫌っていうほどいるだろう、って言ってるよ?」
「それは……そうだが」
ジェイルがまた黙る。
あのジェイルが、少女に言い負かされている。
どういうことだ?
犯人はジェイルではないのか。
いや、そもそも会話の中心は、あのオークのようだ。
カイルは混乱した。
そんなカイルの混乱など他所に、アルドがのそのそと鉄格子へ近づく。
何をする気だ。
カイルは身を乗り出した。
オークは鉄格子の前に立つ。
そして。
自分の体を、無理やり格子に押しつけた。
「……は?」
カイルは思わず声を漏らしかけた。
即座に自分で自分の口をふさぐ。
何をしている。
鉄格子の間隔は狭い。
オークの体どころか、一緒にいる少女ですら無理。
そんな隙間はない。
当たり前だ。
だから檻なのだ。
しかし。
オークの体が、ぐにゃりと歪んだ。
粘土が押し込まれるように。
鉄格子の隙間へ、体がめり込んでいく。
ありえない。
どうなっている。
次の瞬間。
ぽよん。
オークは鉄格子の外に出ていた。
カイルは、完全に固まった。
犯人はジェイルではなかった。
オークだ。
鉄格子を、すり抜けた。




