第五十三話「補給と、野営と、あと見なかったこと」
「あの……すみません。もう少し食料を分けてもらえませんか?」
リアが見張りの兵士に声をかけた。
「食料?」
「はい。トンソク、お腹が空いてるみたいで」
兵士はアルドを見る。
アルドは、すでにリアの分も食べ終えて、ぐったりしていた。
「食べたばかりだろう?」
「でも、全然足りないみたいなんです」
「すまないが、予備はないんだ」
その言葉に、アルドの耳がぴくりと動いた。
予備はない?
嘘をつけ。
こちとら匂いで分かるんだ。
後ろの荷馬車。
食料が満載だ。
小麦。豆。干し肉。塩漬け肉。乾燥野菜。芋。干し魚。
山ほどある。
「ぶひっ!ぶひぶひっ!」
アルドは鉄格子を掴んで抗議した。
嘘つきが。
食料はいくらでもあるだろうが。
今すぐ出せ!献上しろ!
大百足から街を救ってやったろうっ!
「トンソクが、食料はあるって言ってます!」
リアが通訳する。
兵士は呆れた顔。
「いや、確かにあるにはあるが、あれは前線に届ける補給物資だ」
「補給物資?」
「ああ。ガルディアス砦に届ける食料や備品。あれが届かないと、砦の兵や冒険者が困る。いわば生命線だな」
兵士は荷馬車を指さす。
「食料だけじゃない。装備、医薬品、包帯、ポーション、魔道具。各地から分担して送ってる」
「大事なものなんですね」
「そうだ。だから、勝手に分けるわけにはいかない」
アルドは不満だった。
理屈は分かる。
前線の生命線。
補給の重要性は身に染みて知っている。
戦場では補給が命。
だが。
俺の命は?
俺の生命線は?
ここに腹を空かせたオークがいるのだが。
命の危機なんだが。
兵士は肩をすくめた。
「俺たちだって同じものを食べてるんだ。ほら、見てみろ」
少し離れた焚き火の近く。
兵士たちも、パン、干し肉、薄いスープを食べていた。
確かに、リアたちと同じだ。
豪華な食事などではない。
正論だ。
だが正論が何の役に立つ?
腹の足しになるか?
腹が立つだけだろうがっ!
「悪いな」
兵士はそう言って、仲間の元へ戻っていった。
彼の名はカイル。
補給部隊に配属されて三年目の若い兵士だった。
彼は焚き火のそばに座り、薄いスープを飲みながら、ちらりと鉄格子の荷馬車を見る。
小さな少女。
奇妙なオーク。
そして有名な冒険者。
変な取り合わせだ。
しかし、あんな小さな子を前線に送るのは、正直気が重い。
ガルディアス砦。
東方戦線の重要拠点。
そこは、街とはまったく違う。
魔王軍に占拠された城を取り返すために建造された砦。
毎日がモンスターとの闘い。
襲撃を受けることも珍しくないと聞く。
常に人手が足りない。
強制労働者は、なんでもやらされる。
食料の調達。
壊れた壁の修理。
塹壕掘り。
モンスターとの戦闘。
……そして遺体処理。
運が良ければ、モンスターになぶり殺し。
運が悪ければ、荒くれどもの慰み者。
それが現実だ。
モンスターへのヘイトもすごい。
憎しみに満ちている。
命を狙われ、命を奪われ、殺し、殺され。
おそらく、あのオークも砦に着けば処分されるだろう。
ジェイルがついてきた理由も、たぶんそこにある。
弱い者を放っておけない。
双天のジェイルは、そういう男だと聞いている。
少女趣味という噂は、まあ……。
おそらく違う。
カイルは、もう一度オークのことを考える。
鉄格子の中で、ぐったりしている。
変なオークだ。
オークらしくない。
食い意地の張っている、見た目も完全にオーク。
だが、どこか違う。
まるで、人の言葉を理解しているような。
そんなわけはない。
モンスターなのだから。
ただ、リアという少女は、あのオークと意思疎通しているように見えた。
……だとすれば。
あの子は、意外と優秀なテイマーなのかもしれない。
カイルは、そんなことを考えながら食事を終えた。
夜が深くなる。
食事が終わり、片付けも終わった。
火は小さく保たれ、見張りが交代する。
最後に、カイルは鉄格子の荷馬車を確認することにした。
念のため。
強制労働者。
有名冒険者。
テイムモンスター。
どれも目を離すには危うい。
カイルは槍を持ち、荷馬車へ近づいた。
「様子は……と」
中を覗く。
暗い。
月明かりが、鉄格子の隙間から差し込んでいる。
リアは横になって眠っていた。
ジェイルも壁にもたれて目を閉じている。
オークも丸くなって寝ている。
一見、問題はない。
だが。
「……ん?」
カイルは目を凝らした。
何かがおかしい。
床に、何かが散らばっている。
布袋。骨。干し肉の切れ端。乾燥野菜の屑。
まるで。
宴会の後。
「……」
カイルは無言になった。
ありえない。
ここは鉄格子の中だ。
鍵もかかっている。
荷馬車の食料は隣にある。
なのに。
なぜか、牢屋の中に食料を食べた跡がある。
しかも大量に。
カイルの視線が、ゆっくりオークへ向かう。
アルドは、満足そうに寝ていた。
腹が膨れている。
鼻ちょうちんまで作って幸せそうだ。
カイルは、しばらくその場に立ち尽くした。
そして、立ち去った。
「……見なかったことにしよう」




