第五十二話「荷馬車と、飢餓と、あと同情」
翌朝。
リアとアルドは、ギルド地下の留置場から引き出され街の東門へ連れて行かれる。
そこには、荷馬車が三台並んでいた。
二台は普通の荷馬車。
食料。備品。布袋。樽。
包帯や医療器具らしき箱。
様々な物資が所せましと積まれている。
戦場へ送る支援物資だそうだ。
それはいい。
問題は三台目。
これは少し違った。
荷台の周囲が、鉄格子で囲まれている。
まるで牢屋。
いや、牢屋そのものだ。
その中へ、リアとアルドは入れられた。
「よう」
先客がいた。
ジェイルである。
鉄格子の中で、片膝を立てて座っていた。
こんな時でもクールにカッコつけている。
「ジェイルさん!」
リアの顔が明るくなる。
「本当に一緒に来てくれたんですね!」
「ああ。言っただろ。確かめたいことがあるって」
「私への気持ち?」
「違う」
即答だった。
あまりにも無慈悲。
リアが少しだけ不満そうに頬を膨らませる。
アルドは鼻を鳴らした。
どうでもいい。
それより飯はないのか。
昨夜、留置場に入れられてから、ろくに食っていない。
たった一人前。
硬いパン。
干し肉。
以上。
リアが気を使ったらしく、半分ほどもらえた。
それでも足りない。
オークを何だと思っている。
オーク一匹分の食料すら用意していない時点で、人間社会は根本から間違っている。
改善を要求する。
「出発だ!」
兵士の声が響き、荷馬車が動き出した。
ガラガラと車輪が石畳を転がる。
街の門を抜けると、ヴェルニードの街並みが遠ざかっていく。
こうして、リアとアルドとジェイルは、東方戦線ガルディアス砦へ向かうことになった。
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出発してから、八時間。
荷馬車は山道を進んでいた。
左右には森。
遠くには山。
道は一応整備されているが、とても人が利用するべきものではない。
鉄格子の中で、リアは完全に暇を持て余していた。
「ひまー」
ごろり。
「ひーまー」
ころり。
「ねえ、ジェイルさん。まだ着かないの?」
「まだまだだな」
「あとどれくらい?」
「数日はかかる」
「数日!?」
リアは絶望した。
「えぇ……私たち……ずっとここなの……?」
「そうだな。逃げられないように、な」
ジェイルは目を閉じていた。
精神集中。
修行だろうか。
わかりにくい。
アルドはというと。
死にかけていた。
「ぶひ……」
腹が減った。
それだけである。
だが、アルドにとっては重大な問題。
昼も少ししか食べていない。
硬いパンと干し肉だけ。
しかも量が少ない。
リアの分を少し分けてもらって、ようやく命をつないでいる状態だ。
命をつなぐ?
大げさではない。
オークの燃費の悪さは筋金入りだ。
腹が減ると、世界が灰色になる。
鳥の声も憎い。
風の音も腹立たしい。
ジェイルの呼吸音すら、動物の息づかいに聞こえる。
いっそジェイルを少し齧ってみるか?
やがて、日が落ちた。
荷馬車が止まると、兵士たちが野営の準備を始めた。
十人ほどの護衛団。
火を起こす者。
馬の世話をする者。
荷台の確認をする者。
周囲を見回る者。
手際は悪くない。
さすが補給部隊だ。
戦うのが得意には見えないが、規律はしっかりしている。
皆慌ただしく動いているが、鉄格子の中の三人はやることがない。
「ねー出してー」
リアが格子を掴む。
「ちょっとだけでいいからー」
「だめだ」
見張りの兵士が即答する。
「じゃあ、散歩だけ」
「だめ」
「じゃあ、トンソクだけでも」
「もっとだめ」
「じゃあ、ジェイルさんだけ」
「何でだよ!お前に関係ないだろ!」
「けちー!」
リアが喚いていると、別の兵士が食事を運んできた。
木皿に硬いパンと干し肉。
そして、薄いスープ。
を三人分。
「夕食だ」
「やったーありがとうございます!」
リアは素直に受け取る。
ジェイルも軽く礼を言った。
アルドは受け取った瞬間にむさぼり食った。
パン。
一口。
干し肉。
丸飲み。
スープ。
一気。
終わり。
「ぶひ?」
終わり?
今、始まったばかりでは?
アルドは空になった木皿を見た。
次に、リアの皿を見る。
「……トンソク、まだ食べたいの?」
「ぶひ」
当たり前だ。
「私の分もあげるね」
リアは自分のパンと干し肉をアルドへ渡した。
意外と優しい。
だが、少ない。
優しさで腹は膨れない。
実態の伴わない優しさは意味なし。
同情するなら飯をくれ。
アルドはリアの分も食べたが、それでもぐったりしている。
見張りの兵士が、その様子を見て苦笑した。
「よく食うオークだな」
「トンソクは成長期なんですよっ!」
「おいおい、何に成長する気なんだ?」
兵士が笑う。
成長期。
アルド自身も、今の体がどの段階なのかよく分かっていない。
食えば強くなる。
だから食う。
それだけ。
見張りの兵士は、ジェイルの方へ目を向けた。
「それにしても、ジェイル殿が強制労働とは。何かの間違いかと思いましたよ」
「殿はやめてくれ」
ジェイルが苦笑する。
「好きでついてきただけさ」
「好きで鉄格子に?」
「たまには変わった旅も悪くないと思ってな」
「変わってるにも、ほどがありますよ」
兵士は笑った。
若いが、先ほどの警備兵たちよりは落ち着いている。
旅に慣れているのだろう。
「あなたほどの人が、なぜそこまで?」
ジェイルはしばらく沈黙した。
そして、不敵に笑う。
「強さとは何か。それを掴めそうなんだ……」
兵士は、少し感心したようだった。
「なるほど。さすがは双天のジェイル……」
そこで兵士は、ちらりとリアを見る。
「少女趣味が高じた、という噂で持ちきりでしたが」
「ごふほっ!」
ジェイルがパンを喉に詰まらせた。
「ち、違う!まったく違う!だれがそんな事をっ!」
「ははっ。冗談ですよ」
「冗談にしては質が悪いぞ」
「失礼しました。ですが、火のないところに煙は立たないそうで」
「誰が放火してるんだ……」
ジェイルは頭を抱えた。
リアは不思議そうに首を傾げる。
「ジェイルさん、少女趣味って何ですか?」
「知らなくていい!」
「私と関係ありますか?」
「ない。絶対にない!」
お前も大変だな。
少しだけ同情してやる。




