第五十一話「拒否と、最前線と、あと同行者」
「嫌!嫌嫌嫌嫌嫌! いーーーやーーーっ!!!」
ロウガンが耳を押さえる。
ドレイクの眉間にしわが寄る。
ジェイルは苦笑している。
アルドは猿ぐつわのまま目を瞑った。
「うわっ……出た」
小さく呟いたのは、ロガードだった。
誰にも聞こえないくらいの声。
だが、アルドの耳には届いていた。
出た?
何がだ?
ロガードは、どこか遠い目をしていた。
思い出しているのは、リアの祖父だ。
ウルム村のモンスターテイマー。
あの頑固者。
正しいと思ったことは絶対に曲げず、損得を見失い、周囲がどれだけ説得しても聞かない男。
そして、いったん癇癪を起こせば、手がつけられなかった。
村のため。
家族のため。
正義のため。
理由は毎回それらしいことではある。
だが、やっていることはただの暴走。
ロガードは、昔からそれを見てきた。
リアにも、確実にその血が流れている。
いや。
血だけではない。
もしかすると、これはがンスターテイマーの資質なのかもしれない。
理屈より本能。
損得より感情。
自分が納得できないものには、徹底して牙を剥く。
動物に近い。
いや、モンスターに近い精神構造。
あるいは逆。
モンスターと深く関わることで、精神がそちらに引っ張られているのか。
そうだったら、恐怖としかいいようがない。
真偽は定かではない。
定かではないが……。
今のリアは、かなりまずい。
「リアよ……」
ロウガンが興奮させないように語りかける。
「このまま拒否するなら、両成敗にするしかなくなるぞ。いいのか?」
「いいです!」
即答だった。
「意味は分かっているな?冒険者資格の剥奪。強制労働、あるいは違約金だ」
「それでいいです!」
「本当にいいのか?」
「いいです!だって、あのハゲも降格になるんですよね!」
リアがドレイクを指さした。
全員の視線がドレイクへ向く。
ドレイクの顔が引きつった。
「お前……ハゲって……」
そこか。
今そこを気にするのか。
だから禿げ上がんだよ!
ロウガンは慎重に説明した。
「両成敗となれば、確かに赤錆の牙はDランクへ降格する」
リアは涙目のまま叫んだ。
「あのハゲも罰を受けるなら、それでいいです!」
「よくねぇよ!」
今度はドレイクが慌てて声を上げた。
当然である。
このまま両成敗になれば、どうなるか。
ドレイクは腕を折られた。
マジックソードもぶんどられた。
金貨五枚は手に入らない。
さらに、CランクからDランクへ降格。
踏んだり蹴ったりである。
いや、自分から踏まれにいって、蹴っ飛ばされているので自業自得だが。
ドレイクの目に、うっすら涙が浮かんでいた。
アルドは、それを見てニヤついていた。
いいぞ。
もっとやれ。
泣け。
泣きながらハゲろ。
もう手遅れだ。
「待て、待て待て!」
ドレイクは必死に縋る。
「分かった!じゃあ剣だけでいい!剣だけ返してくれりゃ訴えは取り下げる!」
「やです!」
「即答かよ!?」
ドレイクの声が裏返る。
「お、おい、嬢ちゃん。冷静になれ。こっちは譲歩してるんだぞ!そっちに損はないだろ?」
「嫌です!」
「な、なら、多少こっちが金を払ってもいい!剣を返してくれ!それで終わりだ!な?」
「や!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「降格降格さっさと降格!」
話が通じない。
アルドは笑った。
いい。
非常にいい。
あのツラを見ろ!
それだけで飯が美味い。
五杯はいける。
肉も欲しい。
「わかった。両成敗としよう。ただ……」
ロウガンが、今度はさらに声を柔らかくした。
「ここに金貨九枚がある。そして、マジックソード。これをギルドで買い取れば、最低でも金貨一枚にはなる」
「合わせて金貨十枚。違約金として支払えば、強制労働は回避できる。それでどうだ?」
金貨十枚。
今のリアが持つ、ほぼすべて。
だが、それで強制労働を避けられる。
ロウガンの提案は現実的だった。
ロガードも小さく頷く。
「リア。悪いことは言わん。金で済むなら、その方がいい」
ジェイルも苦い顔で言う。
「俺もそう思うぜ」
部屋にいる大人たちは、全員それが最善だと分かっていた。
だが。
「いーーーやーーー!」
リアはまた叫んだ。
ロウガンはもはや狼狽していた。
「なぜだ」
「そのお金は、ウルム村のために使うの!」
リアは革袋をひっつかんで、ロガードに差し出す。
「ロガードさん!これをウルム村までよろしく!」
「は?」
ロガードが固まる。
「村長さんに渡してください!それで分かると思います!」
「いや、待て。リア、それじゃお前は……」
「私、もう決めました!」
リアは胸を張った。
「私とトンソクは、最前線でもどこへでも行きます!」
完全にヤケクソ。
ロガードは頭を抱えた。
みんな頭を抱えた。
だが。
この場に一人だけ、ほくそ笑む者がいる。
アルドである。
なるほど、なるほど。最前線ですか。
魔王軍との戦場。
普通なら、行きたくないだろうな。
絶対に。
だが、アルドにとっては違う。
元勇者パーティの連中を探すにしても、レベルアップするにしても、田舎でのんびりと生活を続けていても始まらない。
敵。
成長。
情報。
全部、戦場にある。
むしろ、どうやってリアを説得して、そこへ向かうか考えていたくらいだ。
テイムされた身では勝手に旅立つこともできない。
リアが首を縦に振らなければ、自由に動けない奴隷の身。
そこにきて、これ。
強制労働という名の前線送り。
渡りに船。
一石二鳥。
鴨がネギしょってラインダンスときたもんだ。
素晴らしい。
「本気……なんだな?」
ロウガンが問う。
「はい!」
リアは親指を立てた。
なぜ親指を立てたのかは分からない。
だが、勢いだけはあった。
アルドも心の中で親指を立てる。
よし。
行くぜ!
最前線へ!
「……ちょうど明日、支援物資を運ぶ馬車が出る。行き先は東方戦線『ガルディアス砦』だ。そこに同乗してもらう」
リアが頷く。
「いいな?」
「はい!」
即答。
ロウガンは、しばらくリアを見た。
本当は止めるべきだ。
大人として。
ギルドマスターとして。
だが、制度的に問題ない。
本人が違約金を払わず、強制労働を受け入れると言っている。
ロウガンは、最後にアルドを見た。
縄で縛られ、猿ぐつわをされているオーク。
だが、その目は妙にイキイキと輝いている。
まるで……。
玩具を見つけた野獣のように。
「……分かった。それまではギルド地下の留置場で過ごしてもらう」
ドレイクは、うなだれていた。
結局、どうなったのか。
勝ったのか負けたのか。
たぶん負けたのだろう。
ドレイクは、そう思った。
その時、ジェイルが口を開いた。
「俺も一緒に行かせてもらおうか」
「ジェイル?」
ロウガンが眉をひそめる。
「なぜだ?理由は何だ」
ジェイルは軽く肩をすくめた。
「どうしても確かめたいことがあるのさ」
そう言って、リアを見る。
そして、アルドを。
その目は、いつもの軽薄なものではなかった。
真剣な目。
アルドの正体に、近づこうとする意志。
アルドは猿ぐつわの奥で鼻を鳴らした。
面倒な奴だ。
だが、こいつは使えなくもない。
本人が行くと言っているなら、拒む理由もないだろう。
リアが目を瞬かせ、そして、少し頬を赤くした。
「ジェイルさん、確かめたい事って、もしかして……」
「ん?」
「私へのキモチ……?」
沈黙。
ドレイクが、ぼそりと言った。
「お前、やっぱり、そういう趣味だったのか?」
「違うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ジェイルの叫びが、ギルドマスターの部屋にこだました。




