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オーク進化論~勇者がブタに?~  作者: 東雲 寛則


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第五十話「平行線と、両成敗と、あと駄々っ子」

「これをやるから付き合ってくれって言われました!」


 リアは、最大級の爆弾を投下した。


 アルド。

 ロウガン。

 ドレイク。

 ロガード。

 全員の視線が、一斉にグレンへ向いた。


 赤錆の牙の剣士グレン。

 マジックソードの持ち主。

 昨日、アルドに鳩尾を潰され、後頭部に手刀を入れられ気絶した男。


 当の本人は、真っ青になっていた。


「……お前」

 ドレイクが、引きつった顔でグレンを見る。

「そういう趣味だったのか?」


「違うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 グレンが叫んだ。

 声が裏返っている。


「お、お、お、お前!嘘をつくな!俺はそんなこと言ってねぇだろ!」

「言ったもんっ!」


 リアは即座に言い返した。

「付き合うって約束したもんっ!」


 さらにもう一発投下。


 ロウガンの眉間に深い皺が刻まれる。


 グレンの顔が、絶望に染まった。

「違う!違う違う違う!そうじゃねぇ!いや、そもそも何も言ってねぇ!」

「そうじゃねぇとは、どういう意味だ?」


 ロウガンが尋ねる。


「違うんです!何もないんです!俺は無実です!」


 ドレイクが思わず一歩引いた。

「お前、まさか本当に……」


「そんなわけないでしょう!」

 グレンが泣きそうな顔で叫んだ。

「そもそも俺たちは、そこのオークにやられたんでしょう!思い出してくださいよ、リーダー!」


「……あ」


 ドレイクが我に返る。


 そうだった。

 オークに後ろから襲われた被害者という設定だった。


 危ない。

 あまりの爆弾発言に、設定を忘れかけていた。


 ドレイクは慌ててリアを睨む。


「嘘をつくんじゃねぇ そんな苦し紛れの嘘が通ると思ってんのか!」


「嘘をついてるのはそっちじゃない!」

 リアも負けずに言い返した。

「絡んできたのも、追いかけてきたのも、金貨を奪おうとしたのも、そっちですー!」

「証拠が揃ってるのにいいわけできるかっ!」

「揃ってないですー!」

「金貨と剣があるじゃねぇか!」

「金貨はジェイルさんからもらいました!剣は……結婚指輪の代わりだって!あの人がっ!」


「言ってねぇぇぇぇぇ!」

 グレンがまた叫ぶ。


 完全に平行線だった。

 ロウガンは黙って見ていた。


 ドレイクは嘘をついている。

 リアも、すべてを正直に話しているわけではない。

 少なくともマジックソードについては、かなり怪しい。


 だが。


 決定的な証拠がない。


 金貨五枚。

 マジックソード。

 怪我。

 証言。


 どれも怪しい。

 どれも決定打にはならない。


 面倒な案件だった。


「話は聞こえてたぜ」


 その時、扉の向こうから声がした。


 その声を聞いて、リアの顔がぱっと明るくなる。


 扉が開き、そこに立っていたのは……。

 ジェイルだった。


 いつもの軽い笑みを浮かべている。


「ジェイルさん!」


 リアの声が弾む。


「リア。無事か?」


「はい!でも、トンソクが……」


 リアが縄で縛られたアルドを見る。


 アルドは猿ぐつわをされたまま、無造作に転がされていた。

 それでもふんぞり返っている。


 遅い。

 もっと早く来んかい。


 そう言いたかった。


 その様子にジェイルは苦笑する。

「悪い。さすがに寝てたわ。これでも急いで来たつもりなんだぜ?」


 ロウガンがジェイルを見る。


「ジェイル。お前に確認したいことがある」

「金貨のことだろ?」

「ああ」

「それなら、間違いなく俺がリアに渡した。今朝、酒場でな」


 リアが勢いよく頷く。

「ほら!ほら!」


 だが、ドレイクは慌ててはいない。


「そうだな」


 ドレイクには余裕があった。

 ここまでは想定内。


「ジェイルが嬢ちゃんに金貨五枚を渡した。それは本当かもしれねぇな」

「……」

「だがよ」


 ドレイクは机の上の革袋を見る。


「その金貨が、そこにある金貨と同じだと証明できるのか?」

「どういう意味だ?」

「簡単だろ。ジェイルが金貨五枚を渡した。これは本当。俺たちがその後、金貨五枚を奪われた。これも本当。なら、その金貨をどこかに隠して、ジェイルからもらった金貨だけを持ってたとしても矛盾はねぇ。違うか?」


 リアが息を呑む。


 ジェイルが金貨五枚を渡した。

 それは証明できた。

 だが、その五枚が今ここにある五枚と同一か。

 それは証明できない。


 ドレイクは、そこを突いてきた。


 ジェイルは内心で舌打ちした。

 やはりこいつは面倒だ。

 しかも相当厄介なタイプ。


 嘘に事実を混ぜる。

 事実を盾にする。

 矛盾しない形へ話をずらす。


 こういう手合いは、剣で斬るより面倒だ。


「確かに」

 ジェイルは静かに言った。

「俺が渡した金貨が、そこにある金貨と同一だと証明するのは不可能だ」


「だろ?」


「だが」

 ジェイルの声が低くなる。

「だからといって、お前たちが奪われた金貨だという証明にもならない」


 ドレイクのニヤつきが止まる。


「俺たちは奪われたと言ってる」

「お前が言ってるだけだ」

「これを見ろ!腕を折られてる」

「だからどうした?それが何の証明になる」

「ならば剣は?」

「それは確かにお前たちのものだろうな」


 ジェイルはマジックソードを見る。


「だが、それも奪われた証明にはならない。リアは結婚を前提にプレゼントされた、と言っている」


「言ってねぇえええええええ!適当なことを言うな!」


「なら、そっちも証明しろ。後ろから襲われて奪われたってな」


 また、空気が重くなった。

 話は振り出しに戻った。

 金貨と剣、双方の主張とも完全ではない。


 ドレイク側は怪しい。

 リア側も怪しい。

 アルドは危険。

 赤錆の牙も評判が悪い。


 頭が痛い。


 ロウガンは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。


 そして。


「決着はつけられない」

「……」

「証拠不十分。双方の証言は食い違い、決定的な証拠はない。ならば、訴えは棄却する」


 リアの表情が明るくなった。


「じゃあ……!」


 対してジェイルとロガードの表情は歪む。


「ただし……」


 ロウガンの声で、リアが止まる。


「冒険者同士の揉め事があったことは事実だ。ギルドとしては看過できん」


 ロウガンは続ける。


「両成敗だ。双方に処分を下す。金銭や物品の返還、賠償については、確証がないため認めない。だが、ギルドを騒がせた責任は取ってもらう」


「責任って……?」


「冒険者ランクの降格だ」


 リアの顔が固まる。

 ドレイクは笑った。

 その笑みは、勝ち誇ったものだった。


「赤錆の牙は、CランクからDランクへ降格」


「そして、リア。お前は現在Gランクだな」

「……はい」

「Gランクは最低ランクだ。降格先はない」


 リアの唇が震える。


「したがって、冒険者資格の剥奪」


「え……」


「さらに規定により、罰則として強制労働または違約金、金貨十枚となる」



「なあ、お嬢ちゃん」

 ドレイクの声が急に優しくなった。

 気持ち悪いほどに。


「俺も降格は嫌なんだ。CからDに落ちるのは、正直きつい」

 ドレイクは痛そうに腕を揺らす。

「けど、お前はもっと大変だろう?資格剥奪に強制労働。そんなことになったら、生きて帰れなくなるかもしれねぇ。だからよ……」


 ドレイクは柔らかく言った。

「今なら、手を打ってやろうか?」


「……」


「金貨五枚と、マジックソード。それだけ返してくれればいい。慰謝料の四枚はいらねぇよ」


 ドレイクは、いかにも寛大そうに言った。


「俺たちは訴えを取り下げる。ギルドも大事にはしない。お前は資格を失わずに済む。強制労働にも行かなくていい」


 アルドは睨んだ。


 こいつ。


 最初から……。


 最初から、ここが落としどころだったのだ!


 金貨五枚。


 慰謝料など、最初から本気ではない。

 全額取れれば儲けもの。

 だが、最低でも五枚取れれば勝ち。


 赤錆の牙にとっては、それで十分。


 一方、リアはどうか。


 もともと、ジャイアントゴブリンの素材を売りに来ただけ。

 ランク落ちを避けるために依頼へ同行しただけ。

 その目的は達成している。


 ジェイルからもらった金貨五枚を失う。

 奪ったマジックソードを失う。


 痛い。

 だが、元に戻るだけとも言える。


 資格剥奪や強制労働に比べれば、ずっといい。


 周囲から見れば。


 受けるべき好条件。


 そう見える。


「リア」

 ジェイルが静かに言った。

「……悔しいが、ここは飲んだ方がいいかもしれねぇ」


「ジェイルさん……」


「金はまた稼げる。強制労働はまずい。最前線で魔王軍と戦うことになる」


 ジェイルは拳を握っていた。

 納得していない。

 それでも、リアを守るためにそう言っている。


 ロガードも黙っている。


 部屋の空気は、ほとんど決まっていた。


 金貨五枚とマジックソードを渡す。


 それで終わり。


 誰もが、そう思っていた。


 だが。


「……や」


 リアの声だった。

 小さな声。

 けれど、不思議とはっきり聞こえた。


 ドレイクが眉をひそめる。


「あ?よく聞こえなかったが?俺の聞き間違いか?」


 リアは顔を上げた。

 目に涙が滲んでいる。

 それでも、まっすぐ前を見ていた。


「嫌です!」


 もう一度、言った。

 今度ははっきりと。


「私は、悪いことしてません。なのに、どうして悪いことしたみたいに言われなきゃいけないんですか!!」


「しかし、このままでは……」

 ロガードが、何とかこの場を収めようと説得を試みる。


 しかし。


「嫌!嫌嫌嫌嫌嫌!いーーーやーーーっ!!!」


 駄々っ子が爆誕した。

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