第四十九話「証言と、金貨と、あと爆弾」
ギルドマスターの部屋。
重い空気。
縄で縛られたアルド。
不安そうなリア。
腕を吊ったドレイク。
警備隊長ロガード。
そして、ギルドマスターのロウガン。
誰も笑っていない。
いや。
一人だけ、薄笑いしている男がいた。
ドレイクだ。
「ドレイク。もう一度、説明してくれるか」
「あぁ……」
ドレイクはわざとらしく痛そうに顔を歪めた。
「今朝、酒場でこいつらと少し揉めたんですよ。まあ、こっちも言い方が悪かったかもしれねぇ。それは認める」
コイツ……。
急に殊勝な態度を取りやがった。
いい子ぶりやがって。
ムカつく野郎だな。
「けど、それだけですよ。ちょっとした口論だ。こっちは手を出してねぇ」
絡んできただろうが。
たっぷりと。
どの口が言ってやがる!
「そのあと、俺たちは酒場を出た。しばらく歩いてたら、路地裏で突然、後ろから襲われましてね」
「後ろから?」
「ええ。そこのオークです」
ドレイクがアルドを指す。
「いきなり飛びかかってきた。俺たちは不意を突かれた。手も足も出ねぇうちに、仲間二人がのされて、俺は腕を折られちまった」
ドレイクは包帯で吊った両腕を見せる。
「見てくださいよ、この腕。両方ですよ?普通、揉め事で、ここまでやりますか?」
リアの口が、ぽかんと開いていた。
何を言っているのか、理解できない。
そんな顔だった。
アルドも同感である。
ただし、理解はできた。
こいつ、平然と嘘をついてやがる。
「それだけじゃねぇ」
ドレイクは続ける。
「命が惜しけりゃ金を出せ、と脅された。だから金貨五枚を差し出した。それに飽き足らず、仲間の一人はマジックソードまで奪われた」
「金貨五枚と、マジックソードか?」
「あぁ。仕方なかった。殺されると思った。俺たちも、ろくでもねぇ冒険者かもしれねぇ。評判がいいとは言わねぇよ?だが、ここまでの悪党を放っておくわけにはいかないね」
ドレイクは神妙な顔を作る。
「ただ酒場でちょっと揉めただけで、襲い、脅し、金と武器を奪う。そんなテイマーとモンスターを街に置いていいんですかい?」
リアが、ようやく声を出した。
「ち、違います……」
小さな声だった。
ドレイクがちらりと舌を出す。
「違う? じゃあ、この腕は何だ?転んでこうなったとでも?」
「それは……」
「そこのオークがやったんだろ?」
「それは……でも!」
「ほら見ろ。認めた」
「違います!」
リアの声が少し大きくなる。
「先に襲ってきたのは、あなたたちです!」
「はーん?そうやって立場を入れ替える気だ。やるねぇ」
ドレイクは即座に返した。
慣れている。
こういうやり取りに、圧倒的に慣れている。
アルドは内心で舌打ちした。
小悪党ほど、こういうところは妙に手際がいい。
「ロガード隊長」
ロガードは頷き、机の上に革袋を置いた。
ちゃりん、と音が鳴る。
さらに、一本の剣。
柄に小さな魔石。
昨日、アルドが戦利品として持ち帰ったマジックソードだ。
「宿の馬小屋にて、オークが所有していたものと思われます。あと、リアの部屋からは金貨の入った革袋。証拠品として提出します」
俺の剣!
戦利品だぞ!
勝手に持ち出すんじゃない!
「金貨は何枚ある?」
「九枚です」
「九枚……」
ロウガンの目が鋭くなる。
「四枚は、ギルドの支払い履歴と一致する。先日、ジャイアントゴブリンの素材を売った分だ。つまり、残り五枚……」
ドレイクの証言とピッタリ。
金貨五枚。
リアたちが持っている理由を説明しなければならない金貨。
「それと、マジックソード」
ロウガンは剣を手に取った。
刃を眺め、柄の魔石を確認する。
「これは赤錆の牙がギルドに登録していた装備品と合致する。所有者は、赤錆の牙の剣士、グレンで間違いない」
ドレイクの顔が、ほんの一瞬変わった。
金貨と剣。
証拠が揃った。
そう思ったのだろう。
口元がわずかに上がる。
こいつ。
最初からこれを狙っていた。
金貨五枚にマジックソード。
どちらも事実として、こちらが持っていたものだ。
だが経緯が違う。
それをひっくり返して、被害者面をしている。
評価を改めてやる。
お前らは盗賊じゃない……。
詐欺師だっ!
「ギルドマスター。俺たちだって、これ以上大事にしたいわけじゃねぇんですよ」
ドレイクが口を開く。
「……ほう」
「子供に本気になっちまった。俺たちも大人げなかった。それは認める。このまま話が大きくなりゃ、俺たちだって恥さらしだ」
何を今さら。
お前はもう十分恥さらしたろうが。
漏らしておいて、何カッコつけてやがる!
恥さらし!
恥サラサー!
恥サラシスト!
ゴッドオブ恥!
恥の四段活用!
「……だから、訴えを取り下げてもいい」
ドレイクはリアを見る。
「ただし、慰謝料として金貨四枚をもらいたい。もともと俺たちの金貨五枚と、マジックソードを返してもらえれば、この件は目をつぶる」
「……」
リアは言葉を失っていた。
つまり。
リアが持っていた金貨九枚のうち、五枚はドレイクのものとして返せ。
さらに四枚は慰謝料として寄越せ。
マジックソードも返せ。
全部だ。
リアのすべてが消える。
ドレイクだけが得をする。
ロウガンはリアを見た。
「リアよ。どうする?」
「ど、どうするって……」
「犯罪となれば、最終的に財産は押収される。テイムモンスターの危険性も問題になる」
ロウガンの声は冷たかった。
「だが、ここで双方の示談が成立すれば、少なくとも犯罪者として扱われることは避けられる。ドレイクのいう通り、全て差し出せばそれで終わる。結果的には、その方が得だと思うが」
「ふもっ! ふもももももっ!」
アルドは猿ぐつわ越しに叫んだ。
ふざけるな。
何が得だ。
こちらは何も悪くない。
なのに金貨を全部失い、剣も失い、相手は寛容さをアピールだと?
そんな話があるかっ!
殺気が漏れた。
アルドは縛られたまま、赤錆の牙を睨んだ。
ドレイクの顔から血の気が引く。
後ろに立っていたグレンと弓使いも、びくりと体を震わせた。
アルドの目は、はっきり言っていた。
殺す。
いつかではない。
今!この瞬間に!
「やめろ!」
ロウガンの声が落ちた。
重い。
部屋全体を押さえ込むような声。
元Aランク冒険者。
その威圧が、空気を叩きつける。
普通の冒険者なら、膝をつく。
気の弱い者なら、気絶してもおかしくない。
だが。
アルドは一ミリも怯まなかった。
縛られたままで。
猿ぐつわをされたままで。
ロウガンを睨み返す。
殺気と殺気がぶつかる。
部屋の空気が、みしりと鳴ったような気がした。
ロウガンの眉がわずかに動く。
(……何だ、この圧は)
ロウガンは内心で驚いていた。
ただのオークではない。
だが、これは……。
いくら何でも異常すぎる。
Aランク……。
いや、下手をすれば、それ以上——
「……」
ロウガンは、頭を振った。
ありえない。
オークにそんな力があるわけがない。
自分が老いたのだ。
感覚が鈍った。
そう考える方が自然だった。
「トンソク、だめ!」
「ふもっ!?」
『だめ』じゃねーだろ、ここは。
行っとかなきゃダメだ。
お前はもう少し学べ!
リアは震える手をぎゅっと握った。
そして、顔を上げる。
「証拠は……」
声は小さい。
けれど、逃げてはいない。
「証拠はあるんですか?」
ドレイクが眉を上げる。
「あぁ?」
「私たちが襲ったっていう証拠です」
「証拠ならあるだろうが」
ドレイクは机の上の革袋を顎で示した。
「お前たちが持っているはずのない金貨五枚。俺たちから奪った金だ」
「違います」
リアは首を振る。
「これはジェイルさんからもらったものです」
「ジェイル?」
ロウガンの目が少し動く。
「はい。昨日、報酬の分け前で、ジェイルさんが私に金貨五枚をくれました。だから、私たちが持っていたんです」
ドレイクが笑った。
「はっ。そりゃ便利な話だな。ジェイルと口裏合わせりゃ、何とでも言えるじゃねぇか」
「口裏じゃありません!」
「じゃあ、その金貨に書いてあんのか? 『ジェイルからもらいました』ってよ」
「書いてません」
リアはすぐに答えた。
そして、ドレイクを見る。
「でも、その金貨に『あなたから奪いました』とも書いてません」
部屋が、静かになった。
おおっ!
やるじゃないか。
意外と戦えている。
もっと言え。
もっとやれ。
その調子で畳みかけろ。
リアはまだ震えている。
それでも、必死に立っていた。
「確かにな……」
ドレイクは鼻で笑う。
「じゃあ、マジックソードはどう説明するんだ?」
その一言で、リアの表情が固まった。
ドレイクは勝ち誇ったように続ける。
「その剣は俺たちのもんだ。登録もある。お前たちが持ってた。それをどう言い訳するんだい、お嬢ちゃん?」
リアは黙った。
アルドも黙った。
それは。確かに。
拾った、というか、奪った。
だが、それは金貨とは関係ない話。
それをこの場でどう説明するか。
……難しい。
リアは、ゆっくりと剣を見た。
そして。
リアは、その男、赤錆の牙の剣士『グレン』を指さした。
「あの人にもらいました!」
部屋の空気が固まった。
「……は?」
グレンが間抜けな声を出す。
突然、自分に話が飛んできたからだ。
リアは続けた。
「そこの人が、私にくれたんです!」
「ちょ、ちょっと待て!何言ってんだ、お前!なんで俺がお前に剣やらなきゃなんねぇんだよ!」
リアは毅然として言った。
そして解き放った。
爆弾を。
「これをやるから付き合ってくれって言われましたっ!」
ロウガンが固まる。
ドレイクが口を開ける。
グレンは、真っ青になった。
「はあああああああああああああ!?」
グレンの叫びが、ギルドマスターの部屋に響いた。




