第四十八話「包囲と、警備兵と、あと申し立て」
あれから、リアとアルドは死んだように眠っていた。
当然だ。
徹夜でダンジョンに潜り。
大百足と戦い。
そのままギルドへ報告。
酒場で揉め。
路地裏で盗賊を返り討ちにした。
疲れない方がおかしい。
リアは宿の部屋で。
アルドは馬小屋で。
それぞれ泥のように眠った。
いつの間にか馬小屋生活にも慣れた。
むしろ熟睡できるようになっている。
もっともダンジョンに何週間も潜ることがあったアルドにとっては、この程度造作もない。
藁は悪くない。
匂いも、まあ慣れればどうにかなる。
馬は隣で寝ている。
たまに鼻息がうるさいが。
ミノタウロスに比べれば、涼風のようなもの。
しかし。
アルドは、目を覚ました。
「……ぶひ」
違和感があった。
匂い。
馬小屋の外に人の気配がある。
一人ではない。
……五。
……十。
いや、もっとか。
馬小屋を完全に囲んでいる。
アルドは、藁の上でゆっくり体を起こした。
最初に頭に浮かんだのは、ドレイクだった。
昨日、完膚なきまでに叩き潰してやったハゲ男。
復讐か。
そう思った。
だが、すぐに違うと分かる。
匂いが違う。
もっと整っている。
磨かれた金属。
規則正しい足音。
緊張した呼吸。
悪党の臭いではない。
これは、むしろ——
厄介だな。
アルドは鼻を鳴らした。
悪党なら潰せばいいだけ。
だが、憲兵となると面倒だ。
公権力は別。
勇者時代なら、向こうが頭を下げてきたものだが。
今はただのオークだ。
最悪、討伐対象となる。
その時。
「きゃあっ!」
リアの悲鳴が聞こえた。
アルドの体が跳ねた。
しまった。
そっちか。
「ぶひっ!」
アルドは藁を蹴り、納屋へ飛び出す。
外はすでに日が沈んでいた。
「動くな!」
案の定、馬小屋の周囲に兵がいた。
槍。
短剣。
革鎧。
盾。
二十人以上がアルドを取り囲んでいる。
意味が分からん。
何なんだこれは。
何の祭りだ?
豊穣祭にでも使う気じゃねーだろうな!
「動くなと言っている!」
先頭の若い兵士が槍を向ける。
装備はそこそこ。
隊列も、一応組めている。
それにしても全員若い。
十代。
せいぜい二十代前半。
訓練は受けているだろう。
しかし、戦場を知っているとは思えない。
手に汗。
肩に力。
視線が揺れているし、呼吸も浅い。
素人過ぎる。
才能も。
経験も。
アルドと対峙するには未熟すぎる。
こういう連中を見ると、国がAランクやSランク冒険者を優遇する理由がよく分かる。
兵士は便利だ。
数も揃えられる。
命令も聞く。
だが、モンスター相手の戦場では別だ。
上位冒険者は、一人で戦局を変える。
だから国は、彼らを金と名誉で囲う。
昔のアルドも、尊敬を向けられていた筆頭だ。
もっとも今は槍を向けられているが。
落差が酷い。
「ぶひっ」
アルドは一歩踏み出した。
「動くなと言った!言葉が分からないのかっ!」
兵士が叫ぶ。
動くなと言われて止まるモンスターがどこにいる。
判断の遅さは死を招くぞ?
「構わん!捕らえろ!」
号令が飛んだ。
警備兵たちが一斉に動く。
網。
縄。
先端が丸められている槍。
どうやら殺すつもりはないらしい。
捕獲か……。
甘すぎっちょん!
それで俺を捕まえるってか!
面倒だが売られたケンカは高値で買ってやるっ!
アルドは最初の槍を素手で払った。
「うわっ!?」
兵士の体勢が崩れる。
次の兵士が縄を投げるが、身を低くしてかわし、その足元へ潜り込む。
軽く腹に肘を入れる。
それだけで、兵士が後ろへすっ飛んだ。
「なっ、速い!」
「囲め! 囲め!」
「こっちだ!」
遅いって。
元気だけは認めてやる。
アルドはため息をつきたくなった。
まるで素人、相手にならない。
これが憲兵だって?
そら強制労働に頼りたくもなるわ……。
槍を避ける。
足を払う。
手首を捻る。
盾の内側へ潜り込む。
膝裏を押す。
ばたばたと兵士が転がっていく。
骨も折らない。
内臓も潰さない。
なんと優しいことか。
もっと評価されるしかるべきだろう!
「くそっ、何だこのオーク!」
「ただの雑魚モンスターじゃない!気をつけろっ」
「囲め!一人で戦うな!」
無理である。
捕獲用の装備でアルドに挑むなど。
このままでは、全員ノックアウト。
そう思った瞬間。
「トンソク、やめて!」
「ぷぎっ!?」
リアの声。
その瞬間、アルドの全身に電流が走った。
痛い。
体が勝手に跳ねる。
神経を直接掴まれたような衝撃。
テイマーの命令。
それは命令というか強制。
リアの力が、アルドの体を抑えつけた。
アルドは地面にひれ伏す。
動けないんですけど……。
何じゃこれは!
理不尽すぎる!
この勇者アルドを止めるとは……。
なかなかやるようになった。
とでもいうと思ってんのか!このガキっ!
いい加減にせーよっ!
もう少しデカくなったら尻パンしてやるからなっ!
覚えてろ!
「トンソク!」
リアが駆け寄ろうとするも制止される。
その横に一人の男。
四十代ほどの戦士で、がっしりした体格。
口ひげ。
少し偉そうな顔。
どこかで見たような気がする。
「おお。止まったか。オークのくせに、とんでもない動きだな。ジャイアントゴブリン討伐の話も本当かもしれん」
男は感心したように言った。
思い出した。
城門を警備していたおっさんだ。
たしか、ウルム村の村長の息子だとか言っていた男。
警備隊長ロガード。
偉そうな態度だったので、顔だけは覚えている。
「ぶひっ!」
何の用だ、おっさん。
そう言いたかったが、体が動かない。
リアの命令がまだ効いている。
理不尽ここに極まれり。
その間に、兵たちが一斉にアルドへ飛びかかる。
「今だ!」
「縛れ!縛れ!」
「押さえろ!」
縄が体に巻きつく。
一本。
二本。
三本。
アルドは抵抗しようとしたが力が入らない。
「トンソク、大丈夫!?ごめんね。暴れたら立場が悪くなるって」
リアが泣きそうな顔で言う。
「ロガードさん、これでいいですか?」
「ああ、助かったよ。悪いがギルドから出頭の命令が出ている。抵抗するなら捕縛命令もだ。最悪モンスターの討伐も可能だ。」
「討伐って、トンソクを?何でっ!」
「それは聞いていない。我々の受けた命令はリアとテイムモンスターをギルドに連行してほしい、というものだ。リアに聞きたいことがあるそうだ」
「聞きたいこと……?」
リアは不安そうにアルドを見る。
アルドは縄でぐるぐる巻きにされていた。
おまけに猿ぐつわ。
屈辱。
ここまで辱められたことは今だ……ない。
いや、あった!
脳裏に元勇者パーティのニヤけた四人の顔が浮かぶ。
「一緒についてきてもらうぞ」
リアは少し迷ったが、すぐに頷いた。
「分かりました。ギルドで話をすればいいんですよね?」
ばか。
やめろ。
どう考えても、それで済むわけないだろ!
面倒事だって。
いや、面倒事どころか、罠の匂いしかしない!
「ふもっふもっ!」
アルドは猿ぐつわされながら、必死に訴えた。
「大丈夫だよ、トンソク。ちゃんと話せば分かってもらえるよ」
なわけないだろうが。
甘く見るなっ。
世間知らずが!
だが、リアはもうそれしか選択肢はない。
身元が割れている以上、今逃げたところでウルム村まで手配書が回るだけだ。
今度は犯罪者として。
非がないなら弁明するしかない。
アルドは縄で縛られたまま、荷物のように引かれていくことになった。
まるで、さらし者。
いや、さらし物。
いや、ブタだ。
ギルドへ向かう道中、街の人々がちらちらとこちらを見た。
が、みんな異様な光景に見て見ぬふり。
アルドが睨むが、誰も目を合わせようとしない。
そしてギルドに到着。
夜だというのに、ギルドはすでに騒がしかった。
縄で縛られたオークを担いで運ぶ兵士たち。
リアを連れて歩くロガード。
非常に目立つ。
受付の男が気まずそうにこちらを見る。
そして、奥の部屋へ案内された。
朝に通された部屋。
ギルドマスターの部屋だ。
そこには、ギルドマスターのロウガンがいた。
腕を組み、険しい顔をしている。
その横には、包帯だらけの男がいた。
両腕を吊っている。
額には包帯。
そしてスキンヘッド。
赤錆の牙のリーダー、ドレイクだ。
マジか……。
こいつ。
ギルドにチクりやがった!
強盗まがいのことをしておいてっ!
返り討ちにされたら被害者面かっ!
盗賊としてのプライドはないのかよ。
最低だな。
盗賊なら盗賊らしく公的機関に頼るなよ。
「モンスターテイマー、リアよ」
ロウガンが低い声で言うと、リアがびくりと肩を震わせる。
「はい……」
「赤錆の牙から申し立てがあった。話を聞かせてもらう」
明らかに部屋の空気が重くなる。
「今朝、ドレイクが、お前たちに襲われたということだが?」
リアの顔が青ざめた。
アルドは、縛られたままドレイクを睨んだ。
ドレイクは包帯だらけの顔で、わずかに口元を歪めている。
やっぱり……こいつは殺しておくべきだったぜ!




