第四十七話「巨斧と、関節と、あと戦利品」
「完全にだまされたぜ……」
ドレイクが低く呟いた。
さっきまでの下品な笑みは消えている。
代わりに浮かんでいるのは、警戒。
Cランク冒険者として、決して弱くはない二人。
それが一瞬で潰された。
ただのブタ。
ただのオーク。
明らかに違う。
「そのオーク。ただのブタじゃねぇようだな」
今さら気づいたか。
遅すぎる。
ドレイクは距離を取る。
ワイルドダッシュを警戒している。
見たものに対策する頭はあるようだ。
盗賊のくせに生意気な奴だ。
アルドはドレイクを観察した。
スキンヘッド。
太い首。
広い肩幅。
分厚い胸板。
腕の筋肉。
この禿げ方から見て、戦士系のはず。
いや、スキンヘッドは禿げているわけではないのだが。
そもそも、禿げ方とジョブは関係ない。
ドレイクは腰にぶら下げていた短い棒を手に取る。
金属製のロッドだった。
黒く鈍い光沢。
柄には小さな魔石が埋め込まれている。
ドレイクが手首を振った。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン。
四段式。
一瞬でロッドが伸び、棒となった。
長さはドレイクの身長ほど。
棍。
そう見えた。
(なわけねぇだろうな)
アルドは即座に否定。
棍を使うような筋肉の付き方ではない。
サブウェポンという可能性もある。
だが、変幻自在の棍は、扱いが難しい。
間合い。回転。重心移動。連続打撃。足さばき。
長年の修練が必要だ。
目の前の小悪党が使いこなせる武器ではない。
ならば、これは別のもの。
ドレイクが棒に魔力を注ぐ。
空気が震えた。
石畳の埃が、わずかに浮く。
(……やっぱな)
アルドの目が細くなる。
なかなかの魔力量。
制御は粗いが、力強い。
さっきの二人とはモノが違う。
といっても、鶏肉と豚肉くらいの違いだが。
どちらも美味い。
ドレイクのロッドを中心に、黒い魔力が集まる。
ギュイィィィィン。
魔力が物質化した。
棒の先端に巨大な刃が形成されていく。
両刃。
斧。
いや、巨斧と呼ぶべきか。
棒状のロッドは、柄の部分だったのだ。
魔力で刃を生成する武器。
重魔斧。
ドレイクはそれを肩に担ぐ。
それだけで、足元の石畳がわずかに沈んだ。
恐ろしいほどの質量。
それを支える筋肉。
なるほど。
見た目通りの脳筋かと思ったが、見た目以上の脳筋だった。
「こいつが俺の得物だ」
ドレイクが牙を剥く。
「重魔斧グラムバルド。ブタを解体するには、少々過剰だがなぁ!」
ドレイクが踏み込んだ。
「おらぁ!」
巨斧が頭上から降ってくる。
速い。
重い。
そして、正確。
アルドはバックステップで避けた。
次の瞬間。
ズガァァン!
巨斧が石畳を穿った。
砕けた石が跳ねる。
衝撃が路地の壁を震わせる。
「きゃっ!」
リアが悲鳴を上げた。
当たれば木っ端みじん。
アルドのスライムボディとは相性最悪だ。
斬撃。刺突。貫通。
その辺りなら、余裕でどうにかなる。
だが、超質量で叩き潰されるのはまずい。
スライムだろうがオークだろうが、核ごと潰されれば終わる。
とはいえ。
当たる気はしない。
ドレイクにも、それは分かっているはずだ。
なのに、余裕がある。
「へっ」
ドレイクは巨斧を再び頭上へ担ぐ。
また振り下ろしの構え。
「潰れろ!」
アルドは再びバックステップ。
ズガァァン!
石畳が砕ける。
またドレイクは巨斧を担ぐ。
同じことの繰り返し。
アルドは、少し飽きてきた。
何じゃこれは?
餅つきか?
さっさと終わらせたいんだが。
だが、ドレイクは意外と慎重だった。
この顔で。
この態度で。
慎重。
面倒な男だった。
「逃げるしかねぇか、このブタ野郎!」
ドレイクが吠える。
「狭い通路に逃げ込んだのが運の尽きよ!俺のグラムバルドから逃れる術はねぇ!」
(わざとだっつーのっ!)
アルドは呆れた。
こちらが誘い込んだのだ。
この狭い路地に。
だが、ドレイクもドレイクで狭い路地を利用している。
左右に逃げられない。
回避方向は後ろに限定される。
アルドはもう一度回避しようとした。
バックステッ——
「きゃっ」
背中に、柔らかい感触。
リア。
アルドの後ろに、リアがいた。
「これを待ってたぜ!」
ドレイクの目がぎらりと光る。
逃げ道を削り、後ろにリアを背負わせる。
そして、逃げられなくなった瞬間に潰す。
悪くない。
ただ。
それを狙っていたのは、アルドも同じだ。
ドレイクが巨斧を高く掲げる。
黒い魔力が刃に集まる。
空気が重くなる。
石畳が、びりびりと震える。
「終わりだ、ブタァ!」
ドレイクが叫ぶ。
「グラビトン・ブレイク!」
超重量の魔力斧が振り下ろされる。
真上から、一直線に。
そこだ。
ワイルドダッシュ。
ドレイクの眼前へ、神速で間合いを詰める。
「なっ!?」
ドレイクの目が見開かれる。
だが、もう巨斧は止まらない。
超重量。
大振り。
勢いの乗った必殺技。
一度振り下ろせば、簡単には止められない。
それでいい。
アルドが狙ったのは、斧ではない。
ドレイクの肘。
全体重と魔力と武器の質量が乗った瞬間。
そこへ、全力の掌底を叩き込む!
狙いは関節。
「ぶひっ!」
掌底が、ドレイクの両肘へ入った。
腕は止まった。
だが……。
超重量の巨斧は止まらない。
物理は正直だ。
上から下へ落ちる力。
魔力で増した質量。
振り下ろしの勢い。
それらが、止められた肘へ集中する。
ばきぃ。
「ぎゃああああああああああああっ!」
ドレイクの絶叫が路地に響いた。
両腕。
肘関節が曲がってはいけない方向へ曲がっていた。
「お、お、おれの腕がぁぁぁぁぁぁっ!折れたぁああああ!!」
ドレイクが巨斧を取り落とす。
魔力で作られた刃が霧散し、ロッドだけが石畳に転がった。
ドレイクは地面に膝をつき、転げ回る。
粉砕骨折。勝負あり。
アルドは鼻を鳴らした。
「ぶひっ」
狭い通路。
振り下ろし限定。
逃げ場をなくした瞬間に、必殺技で潰しに来る。
来るタイミングも分かっていた。
リアを背負った瞬間だ。
横薙ぎ。
振り上げ。
突進。
フェイント。
足払い。
多彩な攻撃をされていれば厄介だった。
だが、ドレイクは振り下ろしに固執した。
狭い通路で、できることは限定されるから。
そこまで分かれば、アホでも勝てる。
「ちょ……ト、トンソク……」
リアが呆然としている。
「その人の腕……ダメな方向に曲がってない?」
(知らん。自分で曲げたんだから趣味じゃないか?)
まあ、自業自得である。
アルドは、転がっている剣を拾った。
さっき倒した剣使いのものだ。
柄には小さな魔石。
刃は薄く青みがかっている。
重さも悪くない。
マジックソード。
思わぬ戦利品である。
アルドはにやりと笑った。
顔はオークなので分かりにくいが、その笑顔は駄目だったらしい。
腕を押さえていたドレイクの顔が、見る見る青ざめる。
「ひっ……」
股の辺りが、じわりと濡れた。
「こ、殺される……!」
ドレイクが悲鳴を上げる。
「殺されるぅぅぅぅぅっ!」
次の瞬間、ドレイクは立ち上がった。
折れた腕をだらりと揺らしながら、よろよろと走り出す。
逃走本能。
痛みより恐怖が勝ったらしい。
「待って!仲間の人たちはーーー!?」
リアが叫ぶがドレイクは振り返らなかった。
仲間二人を置いて一目散に逃げていく。
「……行っちゃった」
まあ、いい。
追うほどでもない。
殺す気もないしな。
それより重要なのは、これ。
アルドはマジックソードを掲げた。
戦利品。
素晴らしい響き。
武器がない問題が一気に解決した。
問題は所有権である。
もちろん、アルドとしては拾ったから自分のものだと思っている。
戦場での落とし物は、拾った人のもの。
少なくとも、冒険者の間ではそういう常識。
「トンソク、それ……持って帰るの?」
当然だ。
「でも、人の剣じゃない?」
落ちていた。
「落ちてたからって、自分の物にしちゃダメなんじゃ……」
何を言うか。
俺たちを襲った盗賊の武器だぞ。
むしろ証拠品兼慰謝料だ。
アルドは剣を抱えた。
絶対に離しそうにない。
リアは困ったように眉を下げた。
そして、ふと倒れている二人を見る。
「この人たち、どうしよ……」
確かに。
剣使いと弓使いは、石畳に転がったまま気絶している。
ここに放置すれば、そのうち誰かが見つけるだろう。
だが、面倒事になる可能性がある。
その時、路地の隅に酒瓶が転がっているのが見えた。
おそらく、酔っ払いが捨てたものだ。
アルドはそれを拾った。
「?」
アルドは酒瓶を剣使いの手に握らせる。
もう一本を弓使いの近くに置く。
さらに、二人の体を少し雑に転がし、向かい合うようにした。
よし。
完璧。
完全に酔っ払いのケンカだ。
これで問題ない。
「そうかなー?」
リアが疑わしそうに見る。
「これで何とかなるのかなー?」
大事なのは、真実ではない。
第一印象だ。
酒瓶。
倒れた男二人。
朝の路地。
喧嘩。
十分。
「でも、ちょっと無理があるような……」
いいから行くぞ。
アルドはマジックソードを抱え、すたすた歩き出した。
「あっ、待ってよトンソク!」
リアは慌てて追いかける。
背後では、倒れた男二人がまだ気絶している。
遠くから、人の声が聞こえ始めた。
「おい、今の音なんだ?」
「こっちじゃないか?」
「誰か叫んでたぞ」
人が集まってくる。
アルドは歩く速度を上げた。
「トンソク、早いってば!」
リアが小走りで追う。
マジックソードゲット!
悪くない結果だ。
いや、かなり良い。
今日は良い日だ。




